テラ飯 DT-4・戦闘前
串焼きと予言
シャンシャン、シャンシャン――
突然聞こえてきた音に、チルチャックの夢は遮られた。
この見知らぬ土地へ来て以来、周りのちょっとした物音で起こされてばかりだ。
今見ていた夢の意味など考える暇もなく、彼は身を起こし、見張りをしているであろうライオスのほうを見た。
魔物が絡むと頭のネジが飛ぶことがあるこの男も、幸いこういう時は頼りになる。
彼はすでにセンシとマルシルを起こし、武器を構えていた。
チルチャック、俺たちが注意を引いている間に、敵の様子を探ってくれないか。
わかった。
敵に悟られぬよう前に出て様子をうかがうと、近づいてきたのはこれまでにも何度か遭遇した魔物の群れだった。
戻ってライオスたちにそれを伝えると、一行はわずかに安堵した。
というのも、彼らがこのテラという世界へ来てから出会うのは未知のものばかり。それが敵かどうかもわからない中で、一戦交えたことのある相手であれば少しは戦い方も見当がつくというものだ。
応戦姿勢のまま、一行は目線を交わしうなずきあう。
よし、いくぞ……!
未知の世界で身の危険を跳ね除けながら、彼は思った。例のロドスとやらに頼るにせよ、自分たちで別の方法を見つけるにせよ、絶対に元の場所へと帰るんだ、と。
ふぅ……やっと終わった。
さっきまで、せっかくいい夢見てたのに。
あの寝相の様子じゃ、よっぽど楽しい夢だったようだな。
え! 私、そんなに寝相ひどかった?
楽しげではあった。
……ところで私たち、この黒き森を何日も歩き続けてるけど。
本当にサーミの人の集落なんてあるのかな?
サーミの先住民っていうのは、妙な場所に住んでるうえに、ほとんどの奴はよそ者を歓迎しないって話だろ。
そう簡単には見つからないんじゃねえの。
そうだよね……はあ、ここまで辺鄙なところだなんて思わなかった。
雪祭司に会いに行こうと言い出したのはお前だろ……今更なに言い出すんだよ。
だって、こんなに過酷で怖い場所だなんて思わなかったんだもん!
サーミに着いたばっかりの頃は良かったな……
色々面白い話も聞いたんだ。「バスク星象」って名前の小さなテントで、占いをしてる人がいて……
後になって、あの人が水晶玉を自分で操ってインチキしてたことがわかったけど。それでも、ミノスの伝説で語られてるっていう「千の頭を持つ怪物」の話は面白かったな。
「ミノス」には、千の頭を持つ魔物がいるのか!
俺も以前、すごい魔物のうわさを聞いたんだ。なんでも、食べたものの能力をコピーして自分の物にする魔物だとか。
すごいよなあ。なんて夢のある能力だろう……
こういう話題には食いつきがいいよね。
とにかく、早いこと雪祭司を見つけなきゃ。いい加減、へとへと……
マルシル。冒険者として生きていくのであれば、環境へ適応することも学んでいかねばならんぞ。
ご心配なく。慣れなきゃいけないほど、何度もこういう環境に来るつもりはないから。
そういった思考は、お前の成長を妨げる。
わしからすれば、人の手が入った街よりもこうした場所のほうが好ましいがの。
そういう感性は否定しないけどさ……
それにしたって、あの占い師の人。 黒き森へ行けば雪祭司にはすぐに会えるって言ってたのに、ちっともそんな気配ないんだけど!
ここはジメジメしてて、暗くって、木ばっかりで、魔物がうようよいる。おまけにすぐ魔物を食べようとする人たちもいるし。
ライオス、お前はこの森をどう思う?
ううむ――珍しい魔物が見られるのではと思っていたが、黒き森の魔物は、俺たちがこれまでに遭遇してきたものとそう変わらないみたいだ。
森は往々にして多くの秘密を持つものだ。
言ったそばから、あいつらもう魔物の肉を捌き始めてるぞ。こんな場所でもご馳走にありつけるなんてありがたいな、マルシル。
ほんと最悪!
また何か来た!
って……あれ?
どうやら、来るのが遅かったみたいですね。
君は……?
ライオス、顔に返り血ついてるから! 魔物の肉を持ったまま挨拶するのもやめて――
ああ、お気になさらず。
これより刺激的な光景も、しょっちゅう見ていますから。
僕はシャーマン見習いをしている人間です。どうぞ、オークコップと呼んでください。
羽獣たちからあなた方の状況について知らされて、急いで駆けつけてきたところなんですが……
僕が来るまでもなく、対処できたようですね。
……
ええと、ご心配なさらず。僕に敵意はありませんし、ご迷惑をかけるつもりもありません。皆さんが何ともないなら、これで失礼して――
待ってくれ。今、シャーマン見習いと言ったか?
はい。
俺たちは、サーミの雪祭司に会うためにこの森へ来たんだ。その占いで帰り道か、あるいは……ロドスの場所を教えてもらえたら、と思って。
帰り道を、ですか?
ああ。訳あって、元居た場所への帰り方がわからなくなってしまったんだ。
ロドスに行けば力を貸してくれるだろうと教えてもらったんだが、これがまた見つからなくて。
……
南へ行けば、誰かを導いてあげたいと「熱心に」思っている連中はたくさんいると思いますが。
あー、それならもう会ったよ。「バスク星象」だろ。
よそから来た人は、そんなふうによくサーミの占いを誤解してるんですよね。
実のところ、僕たちは他人の未来や願いのために占いをすることはほとんどなくて、ただ自分が生き延びるためにこそ占いを使うんです。
必要な時にだけ、サーミのご意志にお導きを請うという形で。
そうして、将来の潜在的な危険を知らせていただけるよう祈り、備えることはしますが、それ以外は自然の法則に従って生活するんです。
自然の法則?
まさに今、皆さんがしているようなことですよ。
狩り、狩られること。生者は食らう側となり、死者は食われる側となる、そういった法則です。
やはり、この場所は良い。とても気に入った。
……一つ聞いていいか。
どうぞ。
お前の言うところの「サーミのご意志」は、夢でお告げをすることもあるのか?
うーん……経験したことはないですが、そういう方法で啓示を受けることもないとは言えないかもしれませんね、
だって、自分の夢の真偽なんて誰にもわからないでしょう?
予知夢でも見たの?
……いや、別に。
ほんと〜?
それで、つまり君は、俺たちを雪祭司のもとへ連れて行くのは気が進まないということか?
んー……というよりは、正直ちょっと面倒だなと思いますね……
ですが、あなた方が本当に他部族のシャーマンを訪ねたら、問答無用で追い払われるかもしれませんし。
何か時間も手間も省ける方法は――
おや?
あれ、隣の木から……樹皮が二枚落ちてきた。
何か変わった文字が刻まれてる……なんて書いてあるんだろ。
見せてもらってもいいですか?
どうぞ。
思った通り、これはサーミのお導きですね……
サーミよ、感謝いたします。おかげさまで、手間が省けました。
この樹皮は……?
それは「啓示板」と呼ばれる、まさしくサーミのご意志を示すものなんですよ。
シャーマンたちの占いにも色々な方法があるんですが、サーミ自身もこうして視線を投げかけてくださることがあるんです。
へえ、随分都合のいい偶然だな。
実のところ、僕も時々そう思ってますよ。
でも逆に、啓示板を手に入れておきながら、これを解読してくれる人がいなかったら、もっとモヤモヤしそうですよね。
……お前、シャーマン見習いを名乗る割に案外適当だな。そんな調子で大丈夫なのかよ。
僕も師匠に同じ質問をしたことがあるんですが、あの人は答えの代わりに、僕の角を二日連続でお酒のコップにしてきました。あれ以来、聞く気にはなれませんね。
……
樹皮に何と書いてあるのか、教えてもらってもいいだろうか?
もちろんです。
一つ目は……「北方」?
つまり、北へ行けと?
すでに北への道を進んでいるのに、なおも「北方」と示してくるということは……
サーミは、さらに北を目指させたいとお思いなのかもしれません。
さらに北……チルチャック、その先には何がある?
地図を見る限りじゃ……黒き森の外、サーミの中心を通って更に北上するとーー大雪に覆われた連峰と、果てなき氷原が広がってる。
おい。まさか俺たちにそんな場所へ行けと言ってるわけじゃないよな?
サーミのご意志は、漠然としたイメージだけを伝えてくることが多いんですが――
僕の直感は、あなたの言った通りだと告げています。
おいおいおい。
冗談だろ。果てなき氷原の噂はいくつか耳にしたが、どれもろくな評判じゃなかったぞ。
ですが先ほど、帰り道がわからないと言ってましたよね。
誰も生きて帰ってこないような場所にこそ、知られざる道が隠されていると言われたら、そんな気がしてきませんか?
……
さて、もう一つの啓示は……「隠者」? ははっ、これは面白いですね。
「隠者」は何を意味してるの?
この啓示が指すものは色々ありますよ。……ですが、「北方」に加えて「隠者」ときたら、答えはほとんどただ一つ――
サイクロプスのことですね。
何だって!?
あれ、ご存知なんですか?
……色々話を聞いてる中で、その名前が出てきたんだ。
一体どんな魔物なんだ?
えーと……魔物ではなく、ある特別なサルカズのことですよ。
彼らは、サーミ人の占いとはまったく異なる方法で、未来を予知することができるんです。
しかも、彼らが隠れ住んでいるのは、北の連峰なんですよ。
つまり、二つの啓示板を組み合わせた結論として、サーミが伝えたいのは恐らく――
北方へ向かい、サイクロプスに助けを求めよ。さすれば彼らは、帰り道を見つけるのを手伝ってくれるだろう、ということかと。
……
俺は試してみたい。皆はどう思う?
試す価値はあるな。
……帰れる可能性が少しでもあるのなら、私も反対しない。
チルチャックは?
……
三人が賛成してる状況で、俺の意見を聞く意味あるか?
もちろん。君の感覚はあてになる。
……なら、正直に言うが。
俺は反対だ。
オークコップの話は信じられない?
さあな。
だったら……
……
予言だの占いだのに命を賭けるってのは、俺はどうも気に入らない。
これが誰かの仕組んだイタズラじゃないって、確実に言えるか?
だけど――
君の懸念ももっともだ。だが、とりあえず北を目指すのも悪くないと思う。
行ってみれば、少なくとも真偽がわかる。そこから他の手を打つこともできる。
何しろ、俺たちがこの世界へ来てから、随分時間が経ってしまっている。どんな方法であれ、帰るチャンスがあるのならそれを逃したくないんだ。
……わかったよ。
ところで、しばらく同じ場所をぐるぐる回っている気がしないか?
さっきもここを通ったような。
……わしが目印を付けている。恐らくまっすぐ進んでいるはずだ。
……
チルチャック、どうした?
センシの言ったことは確かだが、ここの地形は不自然だ。
まるで、地形そのものが変化してるみたいな……
というと、迷宮の中みたいにか?
ああ、ちょっと似てるな。ただ、迷宮内が変化し続けるのはそういう仕組みだからであって、ここはそうじゃなく……森全体が変わり続けてるんだ。
見ろ、向こうに崖がある。先行して近くの地形を確かめてくるよ。
何の音だ?
振動を感じた方向を見ると、そこには、とてもたくましい体つきをした雄牛らしき魔物が立っていた。
――無論、今や彼らも、それが「角獣」と呼ばれていることを知っているのだが。
こうした森では、どんな生物が現れても不思議ではない。それでもこの角獣が四人の視線を引きつけたことには、他でもない理由が存在した。
それは黒い顔だった。……いや、違う。黒いのではなく、そこに果てしない虚空が広がっているのだ。
彼らが真っ先に連想したのは、夜に見上げるあの銀河だ。
牛の顔に虚空が存在する――その事実は、信じがたいものだった。
さらに彼らを驚かせたのは、その虚空の中央に円があることだ。
不安になるほど完璧な正円が。
周囲の虚空よりも、さらに暗い円形が。
闇夜よりも黒く、虚空よりも深く、そこにあるのだ。
この円は光を放っているのだろうか?
いや、そうではない。これは穴だ。すべての光を吸い込んでいるがゆえに、光を放っているように見えているだけだ。
光よりもまばゆく感じるほどに。
この魔物……とても奇妙だな。
顔についている虚空は、生物由来の物ではないようだ。
興味深いな。詳しく観察してみたい。
(咆哮)
なんか怒ってるみたいだぞ!
身体に傷を負っている。武器によるものだな……きっと、この凄まじい敵意の原因はそれだ!
おいらの斧を食らえ!
(苦しげな咆哮)
誰!? あの子、めちゃくちゃ武器を背負ってるよ!?
まずい、崖が崩れるぞ! ――チルチャック!
崖際に近付いていたチルチャックへと、ライオスは咄嗟に駆け寄ったが、それでも一歩遅かった。
チルチャックのほうも、元来た方向へ全力で駆け、飛び移ろうとしたものの――ライオスにはその手を掴むことはできず、ただ彼が崖下へ落ちていくのを見ることしかできなかった。