挽歌が灰に還る時 EA-7・戦闘前
灯火を燃やす者
ヒロック郡まであとどれくらい?
まだかかるわよ。
姉さんが……これを知らないはずがないよね。
正直に言うと、すべてが上手くいってると思いこんでるのは「雄弁家」たちだけね。
じゃあ、どうして私についてきてくれるの?
選択肢があれば、私だって前の野営地でゆっくり眠りたかったわ。
姉さんはどうして私を止めないんだろう?
さあね。あなたに期待してるんじゃないかしら。
だけど、姉さんがあんな眼差しを見せたことは一度もなかった。私が影になることを受け入れてから、姉さんは……
アルモニ、お願いだから……姉さんに伝えてほしい。私はこんなことは望んでないって。
ヒロック郡へ行きたくないの?
うん。それに、もし姉さんの機嫌が良かったら、もう一つ伝えてほしいことがあるんだ。今後、私は――
……
ううん、何でもない。
わかったわ。気は進まないけど、伝えておいてあげる。「雄弁家」の目を掻い潜るのは骨が折れるけどね。
うん、ありがとう。できれば急いでもらえると嬉しいな……
……姉さんの……嫌気が差してしまう前に。
死した赤き龍が横たわっている。
命ある赤き龍の背後で、はぐれ者の守人はすべてを悟るに至っていた。
……彼女はあなたを騙していたんですね。
違う、姉さんは誰も騙してなんかいない。
あなたが街の皆を道連れになどしないと見越していたからこそ、彼女はこんな芝居を打ったんですよ!
あなたに身体を貫かせることで、自分は束縛を逃れて――本来それほど脅威にならなかったはずの紫の炎を、皆を焼き尽くさんばかりに広げたんです! サウィン祭の前夜を狙って!
姉さんはサウィン祭のことなんて気にも留めていなかったはず……そんな祭りのために、どうしてこんな危険を冒したんだろう?
私も紫の炎を宿していますから、感じるんです。胸の辺りで燃え盛る死の炎が、これまでになく、感覚を失いそうなほどに冷たくなっているのを!
彼女が今、ターラー全土を手に入れようとしているのか、あるいは単に正気を失い、街の全員を道連れにしようとしているのかはわかりませんが、それはもはやどうだっていいことです!
ううん、ターラーはもう姉さんの手中に収められているし、彼女が正気を失っていたとも思えない。だとすると……
姉さんは――
……
ネモス、姉さんの遺体はまだそこにある?
確認してきます。
はぐれ者の守人は眉をひそめた。彼女はこれまでの人生において、これほどの悪意を抱いたことはなかった。そして、それゆえこれほど大きな覚悟を決めたこともなかった。
遺体は――
彼女の返答は燃え盛る炎の音にかき消された。
姉さんが何を企んでいようと、ナ・シアーシャはまだ燃え尽きてはいない。返し火の儀式は続けられる……絶対にやり遂げないと。
あなたの仰りたいことはわかりました。
街の人々に伝えてきましょう。彼らが崇めていた邪悪な赤き龍は死んだのだと。
ブリギッドはどこに?
街を離れて霊の守人の元へ向かうように頼んでおきました。
だけど、どうやってみんなにエブラナの死を伝えるの?
棺を引いて歩くんですよ。あの龍には相応しい報いです。
街には棺桶すら足りてはいませんが、彼女は道端で死んだ無名の人ではありませんから、棺に納められるだけの価値はあるでしょう。
……
気が進みませんか?
そうじゃなくて、今初めて気付いたんだ。エブラナがどんなに醜悪な道を歩いていたのかということに。その道は今ではこちらに手招きをしていて、だけど私には……ほかに選択肢なんてない。
行って、ネモス。私が時間を稼ぐから。
時間を稼ぐというのは、黒い霧を相手にということですか?
そうだよ。もし、黒い霧がサウィン祭を狙って街へやってくるのなら、私がそれを止めて見せる。
今から待ちきれないくらいだよ。どうすれば赤き龍の炎を暗闇に還せるのかを、黒い霧に尋ねるその時が。
「今から待ちきれないくらいだよ。どうすれば赤き龍の炎を暗闇に還せるのかを、黒い霧に尋ねるその時が。」
どうですか?
この展開に沿って進めれば、鏡の中の人物と赤き龍の結末にも答えが見えてきますよね。
しかし、作家はそこで勢いよく立ち上がった。
あなたは何者ですか? 何が目的なんですか?
私の目的は、あなたが最後まで語らなかった物語を補完することです。
それにあなたは、私を「真実の継ぎはぎ」を好む輩だと思っていたのでは? 今やこの通り、我々は真相に近づきつつあるのですよ。
もうやめてください。私は帰りま――
どうしてもご自分で結末を語りたくないのなら、やはり私が物語を補完することにしましょうか。
いかがでしょう?
……
先ほどからずっと、新聞ラックを気にされていますね。新聞というのは、事実だけを報道するとは限らないものですよ。
作家はちらりと酒場の入り口に目を向けた。
そうして、自分が酒場から駆け出す光景を想像してみたが、あまりの滑稽さに噴き出しそうになった。
新聞が「事実だけを報道するとは限らない」と考えれば、目の前の人物が何者なのかがようやくわかってくる。となれば、なぜ自分の元を訪れたかも明白だ。
いずれにせよ、もはや逃れようはない。
しかし同時に、彼はあることに気が付いた。
それは、もしかすると自分は本当に、望む結末に辿り着けるかもしれないということだった。
彼女が誰であれ、物語の話をしている限り、二人は対等だ。
彼は先ほどまでの消極的な考えが少しずつ薄れていくのを感じた。
お嬢さん、あなたが誰だろうと、何が目的だろうと構いませんが、物語というものはそのように綴られるべきではありません。
あなたは未完の物語を一つ先へと進めただけで、結末はいまだ見つかってはいませんから。
一つお尋ねしたいのですが、あなたは見たのですか……? 赤き龍がもう一匹の龍を殺す光景を。
これはあなたが見たという、赤き龍の彫像を広場へ引きずっていく英雄のお話と同じで、単なる「創作」ですよ。
であれば、その創作に責任を持つべきです。鏡の中の赤き龍が、もう一人の自分を誤ってかがり火の中で焼き殺してしまったとして、そのあとは? 人々は、鏡の中へ戻った龍はどうしたのですか?
あなたはどう思います? 何かアイデアはありませんか?
作家は久しぶりにポケットからペンを取り出すと、テーブルの上のトランプを一枚手に取った。彼は何かを書こうとしたが、長らく使われていなかったペンはインクが乾いてしまっていた。
もう少し……時間が欲しいところですね。
ですがもしかしたら……もしかしたら、繋げられるかもしれない。
繋げられるというのは……
あなたが最後に出版した物語のことですね?
作家がカードの上にペンを乱暴に走らせるうちに、ようやくインクが少し滲み出てきた。
「死が我々をすべての伝説と結びつけてくれますように」――ふと彼の脳裏にシェイマス・ウィリアムズの詩の一節が浮かんだ。
ウィリアムズはすでにこの世を去ったが、自分はもしかすると……本当に恐れ多いことではあるが……彼の紡いだ伝説と結びつきを得ることができるかもしれない。
彼はその詩句をカードに書き記そうとしたが、ペン先が紙面に残したのは途切れ途切れのインク跡だけだった。
もしかしたら……
どうしたのですか?
作家は再び椅子へと、先刻よりも姿勢を正して腰掛けた。
彼はふいに、ある衝動を感じていた。それは、初めてシェイマス・ウィリアムズの詩を耳にした時と似た衝動だった。
彼をこうも落ちぶれさせた原因もまたそこにあったが、それでも彼は覚えていた。あの胸と腹を締め付けられるような、思わず歌い、叫び出したくなるような――
創作に対する衝動を。
確かに、おかげさまでいくつか問題が解決したように思います。
先ほど私は、私が見たもの、信じたもの、語った言葉のすべてが食い違っていると言いましたね。ですがあなたのおかげで、それがようやく一つに結び付いたように感じるんです。
それは何よりです。
では、三つ目の物語を聞かせていただけますか?
ええ……もちろん。
しかしそれには、あなたの協力も必要になります。
私が行き詰まった時には、あなたに語ってほしいのです。
これは私の物語ですが、あなたのものでもありますから。
初めからずっと。
ええ、喜んで。
作家の息は上がり、頬には興奮で赤みが差していた。しかし、ペンをいくら走らせようと、まともに文字は書けず、彼はとうとうペンをテーブルに叩きつけた。
――確かに、そうだ。
彼はもう、あの手の出来事は十分に見てきていた。
だが、それがどうしたと言うのだろう?
彼は単なる作家であり、今は己の書いた物語に結末を与えようとしているだけなのだ。