命ある者の旅 MT-6・戦闘前
告解
それは聖セオドア総合学校創立以来……いや、ラテラーノの教育史でも最も盛大な卒業式だった!
十七発の花火を空に打ち上げ、十七歳の赤髪のサンクタは思うさま弦をかき鳴らして、ロックンロールのソロライブをスタートした。学校中に響き渡るその音は、近くの校舎の窓までも震わせた。
ステージ近くの長椅子に、聖像のそばに、池のほとりに……至るところに並べられた様々なアップルパイは、彼女から聴衆へのプレゼントだ。
しかし、広場には誰の姿もなく、赤髪のサンクタは一人で演奏し、一人で歌っていた。彼女の舞台に足を運ぶ者は、先生であれ生徒であれ、誰一人としていなかった。
ラテラーノにおいて、卒業式を自分で企画することは珍しくない。だが彼女はまだ卒業年齢に達しておらず、大学の予科を修了していても、すぐに卒業の許可は下りなかったのだ。
それでも、セレモニー感に欠ける卒業シーズンなど大罪に値する!
教室内の学生たちは窓を開け、最後の一曲が終わるまで、夢中で演奏し、歌う赤髪のサンクタを遠くから眺めていた。そこで、彼らは忘れられない場面を目撃した――
赤髪のサンクタが最後の音を奏で終え、深々とお辞儀をした瞬間、轟音と共に校門が開かれ、百台以上の自律式告解ロボットがぞろぞろと校内に入ってきたのだ。
そうして、本来なら観客が座っていたはずの場所で、告解ロボットたちがドアを開け放ち、それぞれ声色の違う「車載電子告解師」たちが、最大音量で彼女のライブに加わった。
この時の騒音は、ラテラーノ最大の聖歌隊も、一番騒がしいヘヴィメタルバンドでさえも発したことはないほどのものだった!
その後ようやく駆けつけた護衛隊は、校内の秩序を取り戻すべく、告解ロボットを説得したり力づくで押したりして、持ち場へ帰そうと試みた。しかしその時には、騒乱の元凶は姿を消しており……
残されていたのは、最後の花火に合わせて掲げられた、一枚の横断幕だけだった。そこにはこう書かれていた――
「レミュエルの冒険の始まりを祝して!」
ラテラーノの接続港で、レミュエルは足を止めた。
あはっ、こんなところにも聖徒像があったんだね!
おかしいな、どうして今まで気付かなかったんだろ? どれも結構綺麗なのに!
彼女がラテラーノを出るのはこれが初めてだった。光輪のない場所へ、誰かを、そして答えを求めて発つのだ。
きっとしばらく、ここに戻ることはないだろう。彼女は理由もなくそう思った。
まさか上の人たちが、姉ちゃんに尋問を許可するなんてね。
……それは、ここまでに枢機卿七人をあてがっても、あなたから何も聞き出せなかったからよ。
ほら、エル、これを開けるのを手伝って。
こんなにしっかり、何を包んで――わあ、フルーツミルフィーユタルト?
第七庁って容疑者に随分優しくしてくれるんだね!
そんなわけないじゃない。これは私の手作りよ。はい、これも。
……受け取って。
なになに?
あなたの卒業証書よ。
――
私が目を覚ましたあと、聖セオドア総合学校の責任者――つまり当時の恩師なんだけど、その人がお見舞いに来てくれてね。代わりに預かってくれって言われたの。
当時は卒業こそ認められなかったけど、あの卒業式のおかげで、あなたがそれに足る能力を持ってることは証明されてた。
だって、都市間ネットワークの防衛モードを熟知したうえで、告解ロボのプログラム構造をきちんと把握していないと、あれだけの告解ロボをライブに巻き込むことなんてできないもの。
だから、学校側は教皇庁の指示を仰いだ上で、あなたに卒業証書を授与することに決めたの。
卒業おめでとう、エル……もう何年も経っちゃったけど。
へへっ、ありがと、姉ちゃん。
どういたしまして。お姉ちゃんからの手紙、読んでくれたのよね?
えっと……うん。
実は昔、父さん母さんと賭けをしたことがあるの。二人は、あなたが大学で都市間ネットワークセキュリティを専攻して、公証人役場随一のセキュリティ専門家になるほうに賭けてたわ。
一方でお姉ちゃんは、あなたが自分の想像力を無駄にするわけがないと思ってた。だから、信仰補助機デザインを専攻して、街中を驚かせるような新型の告解ロボを開発するほうに賭けたのよ。
でも、あなたはラテラーノを去った。
言っとくけど、あたしはちっとも後悔してないよ。
姉ちゃんも知ってるでしょ。あたしは後悔なんかしないし、誰かにあたしの選択を惜しませることもないって。
そうでもなきゃ、あんなに急いで予科の履修を終わらせて、ド派手な卒業式をしたりなんてしない、ってことでしょ?
うんうん。
そうそう、モスティマからも色々聞いてるわよ。龍門での仕事や、上司や、仲間たちのこと。
あなたがシラクーザや、サルゴン、色々な場所を回って……
ギャングや警察、マフィア、首長、毎日色んな人たちと接して……あちこち駆けずり回ってるってことも……
なんでモスティマに話させるとニュアンス変わっちゃうのかなあ!
まあ、ラテラーノを出た後もまともな暮らしはできてるし、結構楽しくやってるよ。
でもさあ、姉ちゃんが病院にいた頃は、怪我の理由も、意識が戻るかどうかもわかんなかったし、モスティマのやつは一言も事情を話してくれなくて……
あたしは、何が起きたか知りたかったの!
だってあたしの姉ちゃんのことだもん!
……って言っても、あいつはずっとあたしを避けてたから、結局何も聞き出せなかったんだけどね。
モスティマを責めないであげて。
姉ちゃん……この数年で、あたし色んなことを知ったんだ。
ラテラーノにずっといたら、考えもしなかったようなことまでね。
龍門にいる時は、周りにはモスティマくらいしかサンクタがいないし、そのうえあいつは共感能力を失ってるから……
テキサスやソラ、クロワッサン、バイソン、それにボス――みんなとは初め、ラテラーノで友達作る時と同じやり方で接してたんだ。
実際親友にはなれたけど、お互い共感はできないから、ついつい色んなことを考えちゃうこともあって……
でも、そういう複雑な考え事を片付けるたびに、あたしたちの絆はさらに強くなっていったんだ。
みんなと接してる時は、今みたいに――向かい合って座ってるだけで、姉ちゃんが本当は場所を変えてあたしを抱きしめたいと思ってることが伝わってくるのとは、訳が違うからね。
……
共感は、あたしたちをどういう集団にしたんだろうね?
それを持ってる結果、あたしたちは鋭くなったのかな? あるいは鈍くなったのかも?
……超理不尽な変化でも、すんなり受け入れちゃうくらいに。
それは、あなたが戻ってきて以来していたことと関係があるの?
ラテラーノは病気になっちゃったんだよ。昔姉ちゃんがそうだったみたいに――だから、あたしたちが目を覚まさせてあげなきゃ!
……
全部詳しく説明して、エル。
でも、扉の向こうにいるのって護衛隊の人でしょ? さっき姉ちゃんが入ってきた時、声が聞こえたよ。
「これが最後のチャンスだ……」とか何とか。
……この尋問で、あなたが万国サミットを妨害した理由と、それを企てた勢力について明かさなかった場合、第七庁はあなたを引き渡さざるを得なくなる。
そうなったら、あなたがどんな罰を受けることになるかは私にもわからないわ。
ラテラーノの慈悲と寛容さは、法を犯した者には与えられないの。特に今のラテラーノは――
合言葉いうよ、「マヨネーズアップルパイは!」
えっ?
なんだ!? 下から爆発音が――何事だ!?
まさかテロか?
市内でテロを起こした容疑者なら、尋問中のはずだろ? 他に誰がそんな真似するんだ?
自律式告解ロボット、コード「ELCARO-001」、到着しました!
……
こ、告解ロボ?
発射。
クソッ、何が起きてる? こいつを中に入れたのは誰だ? 異常に気付かなかったのか?
だが、相手はただの告解ロボだぞ。
クソッ、こいつに銃を山盛り搭載しようなんて考えたのはどこのどいつだ!?
総員注意! 現在、告解ロボットと交戦中! 奴は容疑者レミュエルの救出を試みている模様!
戦闘部隊は全員、ただちに応援に来てくれ!
繰り返す!
も、もう一発!
左の階段を爆破しておけば、多少は足止めできるはず……
エル姉、聞こえますか? 助けに来ました!
ヴァニー?
あはっ、冴えてるね! 告解ロボに助けを求めるなんて!
いえ、そんな。ずっとずっと考えていて、ようやく思い出しただけです……前にエル姉がこのロボットを引き留めた時、そのコードがちらっと目に入ったのを。
告解ロボットのコードは通常なら、「LC」――「ラテラーノ自律式告解ロボット」の略称から始まりますけど、これは「ELC」から始まってたので……
彼女はラテラーノ中を駆け回り、告解ロボットを一台一台確かめていたんだ……こちらがそれに気付くまで。
さあ、エクシア。間もなく護衛隊の応援が駆け付けてくる上に、育児聖堂の警備兵も動き出している。急いで脱出しよう。
ラジャー!
護衛隊の対応は早かった。彼らはすぐさま上階への緊急通路を設置して、隊列を組み騒動の起きた地点へと集まってきた。
エクシアが扉を蹴り開けると、告解ロボットが猛スピードで彼女の元へ向かい、護衛隊の攻撃を遮った。そのままエクシアは勢いよく車内に飛び込み、車体が大きく傾く中でバランスを保ってみせた。
サンクタの赤髪が、弾幕と煙の中でなびく。
告解師さん……とかもう呼ばなくてもいいよね? バレちゃったわけだし!
キミってホント! サイッコー! イカしてるよ、リーダー! 義人のドクター様!
了解! ちょうどよかった、あたしの守護銃は第七庁の人に没収されちゃったんだよね。
じゃあ窓から行こう。なるべく派手にやったほうが注意を引き付けられるし、その分ヴァニーも逃げやすいでしょ。
キミ、まさか衝撃でバラバラになんかならないよね?
オッケー。いよいよパーティーの始まりだね、リーダー! 完璧なコンビネーションを見せてあげよう!
エクシアがいかにしてあれだけの銃をたった一人で操り、護衛隊を一部隊丸ごと制圧するほどの弾幕を張っているのか、あなたにはわからない。
加えて、これほどの高さの窓から飛び出して、現実の自分は無事で済むのかどうかという点も確信は持てなかった。
それでもあなたは彼女と共に、光に向かって突き進んだ!
ディオ・ヴォーレント!
ロックン・ロール!
バラージュ!
アップル……おっと、これはナシ! 今使うのは良くないよね。
はぁ、疲れた――
なんとか撒いたけど、簡単じゃなかったね。護衛隊っていつからこんなに対応早くなったんだろ……
やっぱり屋上に来たわね、エル。
あなたって、小さい頃から普通の道は通らない子だったもの。
ね、姉ちゃん?
あの告解ロボと、女の子はどうして来たの?
えっと、二人はあたしの友達なんだ。
……
さっきの尋問で言ってたわよね。ラテラーノを目覚めさせるためにあんなことをしたって。
あなたは理屈をこねたり、それっぽい言い回しで回りくどい説明をしたりするような子じゃないから……
「ラテラーノを目覚めさせる」っていうのはつまり、この都市にいる全員が目を覚ますべきってこと?
……それを話すと長くなるんだ。
こっちを見て、エル。
うん……
屋根の棟を挟んで、レミュアンは妹を見つめる。眩しい日差しの中でも、姉の「こっちを見て」という優しい命令を受けたエクシアは瞬き一つせずにいた。
しばらくの間、レミュアンとエクシアは口を開かずにおり、沈黙が二人を繋いでいた。
行きなさい。
姉ちゃん……逃がしてくれるの?
第七庁の枢機卿になったばっかりなんでしょ? 重要な容疑者を逃がしたなんて知られたら、責任問題になるんじゃ?
私がこの守護銃を受け取った時、製銃士から、銃につける認証番号を何にするか聞かれてたのは覚えてる?
うん。姉ちゃん、迷わず答えてたよね……父さんと母さんが姉ちゃんを引き取ってくれた日の日付にするって。
そう。あの時自分に誓ったの。あなたと父さん母さんを、絶対に守り抜くって。
ちょっと姉ちゃん、そういう発言は身内びいきだって言われちゃうよ?
それは誤解よ、エル。
誰かや何かを守ろうと決意するその前提にあるのは、信頼なの。
私たちの関係と、共感、理解、そして繋がりが……妹を信じろと、妹の判断も選択も正しいと言っているのよ。
私からすれば、これは身内びいきでしていることではなくて、この上なく確かな根拠となる信頼があってこその判断なの。
ううっ……姉ちゃん、あたしと一緒に行こうよ!
やめておくわ。
私も、あなたと同じ疑問を持ったことがあるの。
もしかすると、この立場にいたほうが何かできることがあるかも。
こっちの方向で合ってるよな?
ああ、ずっと追ってきたし間違いない――はずなんだが、妙だな。急に姿が見えなくなったぞ。
あいつやけに速いな。告解ロボのエンジンってそこまで出力高かったか?
この辺りは分かれ道が多い上に、あのロボはレミュエルと別の方向に逃げていったし……
公証人役場に連絡して、執行人に応援を頼もう。
それと、都市間ネットワーク経由で、都市内の告解ロボをすべて確認してもらおう。コード「ELC-001」の機体を探すんだ。
了解。
おい、前――
ッ……!!
(全力でペダルを漕ぐ)
脱出経路の掃討を終えて、どうにか間に合わせられたのは幸いだった。
君をラテラーノ人に解体させるわけにはいかないからな。
ああ、お疲れ様。
それにしても、君の鋭い洞察力と決断力には感服させられるよ。サンクタのオペレーター数名の診断結果に少し異常が見られたというだけで、ラテラーノに災厄が起こることを見抜くとは。
少しでも行動が遅れていたら、何一つできなかったかもしれないところだ。
真っ先に同行を決めてくれたのは君だった。
礼は不要だ。これまでなら、ここにいたのは……
……
それで、Dr.。次はどうする?
ここまで潜伏してきたことは、これで水の泡になったぞ!
確かに、あの妙な儀式は完了してしまい、「夢」から目覚めた者も幾人かいる。
恐らくあの機械はすでに対策を講じてきている。教皇庁と育児聖堂の行動が加速しているのはそのせいだろう。
あれは今なお、人々に最後まで夢を見届けさせようとしている。そして、何と言うべきか……そう、「実験」を終わらせようとしているんだ。
この場所では、私は手が打てないし、君もあれの情報統制を受けた結果、今のような姿にさせられてしまった!
エンジン出力まで制限を受け、走ったところで速度は出ないし――
君がいてくれて助かった、Mon3tr。
まあ、現状ほかに君を引っ張ってくれるものも見当たらないしな!
(歯を食いしばってペダルを漕ぐ)
……ドクター!
――?
ドアを開けてくれ!
中にドーナツが入っているはずだ――はぁっ――エネルギーを補給しなくては……!
く、ううッ……!!
(猛烈な勢いで走り、爪を振り回す)
まだ耐えられそうか!
冗談言ってる場合じゃないよ、ドクター!
この光輪をつけた怪物――育児聖堂の「夢」から生まれた連中は、なぜ現実に侵入してきているんだ?
まったく羨ましい限りだ。私の爪にぶら下がっている時ですら、それほどの観察力を維持しているとは!
君の動体視力に感謝しなくては――
まずい、追いつかれる! 仕方がない、耐えてくれ――
うわあああっ――
それで、先ほど言及していたことは何を意味しているんだ!?
……つまりラテラーノの混乱は、あの機械が暴走して引き起こされたものではなく――
初めから、あの機械は最高効率で同期演算を行い、予め設定したプログラムの結果を出力するために、人々をこの集団幻覚に引きずり込んだのか!
――確かに、出力全開で稼働すれば可能ではあるだろうな。
となれば、我々は知らねばならない……
Mon3tr、「接点」は見つかったか?
手がかりを得てラテラーノへ来て以来、「夢」に入り込むまでの間にあらゆる方法を試したが……
(思い切り首を横に振る)まだ時間が必要だな。あの機械の演算ロジックは特殊すぎる。
……
夢の中のラテラーノでも、現実のラテラーノでも、我々の正体は露見している。
この都市は、我々がウイルスであるかのように拒絶反応を起こしているんだ。
ゆえに、今の最優先事項は……はぁ……生き延びることだ!
あなたはついに、災厄はすでに訪れていたのだと確信した。
だが感慨に耽っている暇はない。あなたとMon3trは、虚構と現実の狭間を駆け回り、追手から逃げている――
いや、運命の糸口を探し求めているところなのだから。
Mon3trと共にこのラテラーノへの旅路に踏み出した当初、あなたは不安を覚えていた。しかし今、この揺れの中で、いくつかの懸念は消え去りつつあった。
知らぬ間に、あなたは己の命を心置きなく彼女に……
Mon3trに預けていたのだ。
ありがとう、Mon3tr。
えっ?
……
あれは……
てっきり見間違いかと思ったわ。
共通の友人に挨拶しに行きましょうか?
いえ、作戦を続けましょう。
ドクターが心配じゃないの?
心配です。
とはいえ、目下の最優先事項ではありません。
ドクターと共に逃げている女性に見覚えはありませんが、その外見的特徴と作戦方式には既視感があります。彼女がついていれば、ドクターはひとまず安全でしょう。
加えて、ドクターが多くの怪物を引き付けてくれているおかげで、我々には脱出のチャンスが生まれました。可及的速やかにここを離れ、教皇を探し出しましょう。
今の発言、私がちゃんとロドスの任務報告書に書いておいてあげるわね、フェディ。
自分で書けます。