墟AT-5・戦闘前遺恨
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ウルサス極東炎
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墟 AT-5・戦闘前

遺恨

萌々香

そろそろ降ろしてもらって大丈夫だよ、自分で歩けるから。

星熊

わかった。

萌々香

な……なにこれ!?

どうしてうちがこんなメチャクチャにされてるの……? 本当に金兵衛の手下が来てたってこと!?

星熊

気をつけろ、まだ中に誰かが潜んでいる可能性が――

星熊の忠告も聞かず、萌々香は急いで窓辺に駆け寄っていく。

萌々香

私の……

……葉助が……

嘘、でしょ……そ、そんな……

誰が……葉助を切ったの?

星熊

なに?

萌々香の後を追い、窓辺に歩み寄った星熊が目にしたのは、そこに置かれた品々と……

一つの植木鉢だった。

その中には、半分に断ち切られた痕跡のある植物の茎だけが残っている。

星熊がゴミ箱に目を向ければ、切り取られたらしい萎れた植物の上半分がそこに放り込まれていた。

星熊

葉助というのは、この植物か?

萌々香

この子はただの苗木だったんだよ! ろくにお世話も出来てないせいで、全然大きくなれなくて……それなのに……!

どうしてこんなふうに、真っ二つにされなきゃいけないわけ!? どうして……どうして!!

星熊

萌々香、少し落ち着け――

萌々香

止めないで! 葉助の仇を討たないと!

どういうわけか、星熊が何か言うたびに、萌々香の怒りは激しさを増していく。

少し言葉を発しただけで、萌々香は怒りに目を見開き、全身を震わせ、息を荒げて、今にも死に物狂いで飛び掛かっていきそうな様子になっていた。

星熊は思わず一歩後ずさり、珍しくもつばを飲み込みたいとすら感じていた。それは、萌々香が危害を加えてくると思ったせいではなかったが……

殺気を感じたためだった。

星熊がもう一歩下がれば、やかんに手が触れる。彼女はそれを手に取って、コップに水を注ぐと、萌々香に手渡した。

星熊

水でも飲んで、落ち着くんだ。

萌々香は何も答えずに、怒りの形相で水を一気に飲み干した。星熊には、紙コップの縁に歯形がついているのが微かに見えていた。

それでも、水を口にしたおかげで、彼女は少し落ち着いたようだった。

萌々香

星熊さん、葉助を殺したのは金兵衛の手下で間違いないよね?

星熊

……恐らくな。

萌々香

でも……どうしてそんなことを?

私が家にいなかったってだけで、腹いせに葉助を切ったわけ? どうしてそんなことができるの?

星熊

見る限り、葉助の状態は元々良くはなかったようだが……

すると、萌々香は大股で一歩星熊に詰め寄ってきた。それを避けようとした星熊は、危うく背後のやかんを倒しかけた。

萌々香

そりゃあ葉助はひどい状態だったよ! アイドルとしての活動に時間を全部つぎ込んでたから、ちゃんとしたお世話なんてできるわけないもん!

星熊

あ、ああ……

萌々香

私だって、葉助にはすくすく育ってもらいたかったんだよ! 何回も何回も鉢を替えないといけないくらい、それどころか家に入りきらなくなるくらい大きくなってほしいと思ってたの!

だけど、残業しろって事務所に言われたらやらなきゃいけないし、夜中の三時とか四時とかに家に帰ってきて、最後に水をあげたのがいつだったかわかんなくなる時だってしょっちゅうだった!

それでも、手帳のメモを見れば必要な水の量はわかるけどさ……!

事務所に出張を命じられた時に、葉助を連れてってもいいか聞いたら、あの人たちバカにした目で笑うんだよ!

しょうがないからネットのブロガーが書いてた通りに、給水キャップを付けたペットボトルを土に差してみたりしたけど、大した意味なくて、結局出張のたびに葉助は枯れて死にかけてた!

そのたびに必死であの子の命を繋いできたけど、そんな状況で大きくなんてなれるわけないでしょ!

星熊

相当大切にしていたようだが、それは……

「珍しい品種だったのか」? そう聞きかけて、星熊はすぐにそうではないだろうと気付いた。

星熊

……大切な人からもらった物だとか?

萌々香

……ううん。道端で拾ったの。

星熊

拾った?

萌々香

そもそも、実家から御机に越して来たばっかりの頃は、実家から連れてきた雲獣の花丸と暮らしてたんだ。

でも、仕事が忙しくなって、お世話の時間が取れなくなっちゃったから、結局あの子は雲獣タワーごと人に譲ることになってさ。あそこにあるタワーは、花丸を忘れないように新しく買ったやつなの。

それで、ペットを飼う余裕がないなら、代わりに植物を育てるのはどうかなって思うようになって。

星熊

だから葉助を拾ったと?

萌々香

ううん、最初に育てたのは「蘭ちゃん」……

その時は何とか時間を作ってお世話を続けてたんだけど、本に書いてある通り丁寧にお世話したのに、何ヶ月かしたら、原因もわからないまま……

星熊は雲獣タワーの横に置かれた植木鉢に目を向けた。

萌々香

でも、蘭ちゃんの鉢から勝手に芽を出した植物があってね。お花屋さんに聞いたら、それはベリーの一種だから、鉢を替えて育てたほうがいいって言われて。その子は、ベリーちゃんって名付けたの。

だけど、御机に台風が来た時に、うちの窓ガラスが割れちゃって……私が帰った時には、ベリーちゃんはもう……

蘭ちゃんもベリーちゃんも松丸もトゲトゲさんも……私が育てた植物は、みんなわけわかんない理由で死んじゃうの。トゲトゲさんなんて、上の階からの水漏れで水浸しにされて死んじゃったんだよ!

だから、もしかして生まれつき植物と相性悪いんじゃないかって思い始めてるんだ。とはいっても、いつ出張に呼び出されるかわかんない以上、動物なんて絶対飼えないし……

それでも、毎日仕事から帰ってきて、空っぽの家に誰もいないどころか、素の自分として話しかけられる植物すらもいないなんて……耐えられなかった。だから、たま三郎を買ってみたの。

星熊

たま三郎というのは、この電子ペットのことか? では、こいつは……

萌々香

修理屋さんに見せてみたら、出荷された時点で基板に問題があったみたいだって言われて……

星熊

……

萌々香

葉助のことは……その修理屋さんから帰る途中で、植木鉢と一緒にゴミ箱のそばに置かれてたのを見つけて拾ったんだ。

それで私、葉助を拾った時に決めたの。この子まで枯らしちゃったら……もう植物を育てるのは諦めようって。

萌々香は瞳を潤ませて、窓辺に並んだものに一つ一つ言及していった。星熊が複雑な心境でそれを聞いていると、萌々香は最後に、スポーツバッグを開いた。

入っていたのは二つの位牌だった。それには俗名も彫り込まれており、「紫野和彦」「紫野久美子」とある。

星熊

……それは?

萌々香

私のお父さんとお母さんの位牌。

星熊

まさか金兵衛の手回しで、両親まで……!?

萌々香

ううん、そういうのじゃないよ。

私の実家は、南部国境線の後川なんだけどね。

そこは大して名前も知られてない移動都市で、金城家の領地なの。別に広いわけでもないし、これっていう特産品もなくて……しいて言うなら、合成樹脂と化学工場がちょっと知られてるくらいかな。

星熊

……

萌々香

だけど、その工場の廃液が、水の循環システムを汚染してたみたいで……みんな知らずに長いこと汚染水を飲んじゃってたんだ。それで私が生まれる少し前くらいに、事件が大きく取り上げられてさ。

私は運良くそれなりに健康に育ってこられたけど、お父さんとお母さんはそうはいかなかった。

お父さんは私が五、六歳になる頃にはもう死んじゃって、私はお母さんに育てられたんだ。

だから、お父さんのことはあんまり覚えてないんだけど、お母さんは……ずっと身体が悪くて、物が良く見えないとか、手足がしびれるとかってよく言ってたし、少し歩くとすぐ転んじゃってたなぁ。

なのに金城家はそういう問題をもみ消そうとしてた。明らかな健康被害を受けてる人にだけほんの少し補助金を出して、まだ自力で動ける人には理由をつけて汚染水のせいじゃないとかで片付けてさ。

それで、私が金兵衛の事務所にスカウトされて、半分無理やり連れてかれるような形で芸能界入りした時には、お母さんの身体には限界が来てて……私が芸能活動始めてすぐの頃に死んじゃったの。

私は後川に戻ってお葬式に出たかったんだけど、事務所がどうしても行かせてくれなかったんだ。ちょうど人気が出始めた時期だったから、今みんなに後川出身だと知られるのはまずいとか言ってさ。

わざわざ北方系っぽい印象の「羽」の字を入れた芸名をつけられたのも、「紫野」を名乗ると出身がバレやすいからなんだよね。

それで結局、お葬式のことは親戚の人たちが片付けてくれたんだけど、事務所からは、私が後川に帰れない本当の理由は言うなって言われて……

そのせいで、お母さんの位牌と遺骨が御机に届く頃には、親戚の人たちから絶縁されちゃって。

そしたら、事務所の人たちはここぞとばかりに、「芸能活動で成功してビッグになるんだ、それが亡くなられたご両親への何よりの手向けになる」って言ってきてさ。

あの人たち、そういうことを何度も何度も、洗脳するみたいに言い聞かせてくるの。アイドルになれ、御机一の、極東一の、この大地一のアイドルになれ、それだけがお前の生きる意味だ、って。

だから私は、夢中で走り続けてきたんだ。事務所の人たちの言うことが正しいんだって自分に言い聞かせながら……つい最近になるまで、ずっと。

芸能活動が私の人生のすべてなんだから、そのためならどんなに嫌なことでもしないといけないし、活動のためにならないことはどんなに魅力的でも絶対やらない。そんなふうに生きてきたの。

だけど……アイドルでいるのって、本当に疲れることなんだ。毎日妙な怪談で怖がらされてなくたって、もうくたくたなんだよ。

この仕事が嫌いなわけじゃないけど、仕事以外のことは……一体誰に話せばいいの?


萌々香

それで……それで、気が付いたらこうなってたの……育ててたものは全部死んじゃって、窓辺にどんどん並んでいって……

何を育てても死なせちゃうなんて、ほんとおかしいでしょ?

羽生萌々香の人生なんて、一人で家に帰ったら、メイク落としてお風呂に入ってすぐに寝て、朝目が覚めたら仕事に行くだけの繰り返しがお似合いなんだよ……

事務所の所長が言ってた通り、自分の人生のことなんて考えちゃダメ。だって、芸能活動だけが人生のすべてなんだから。

だけど、葉助はすごく長生きしてくれてたんだよ。ちゃんとお世話できてなかったのに、必死で生きてくれてたの。それなのに……!

星熊

萌々香――

いや、すまない。お前の本当の名は?

萌々香

遥(はるか)だよ。

多分両親は、遥か遠くまで行けますようにって願いを込めてつけてくれたんだと思う。後川から、水道を流れる致死毒から離れて、自由に生きていけますようにって。

確かに遠くまで来ることはできたけど、自由に生きられてるかっていうと……

……

星熊

この先、お前のことは何と呼べばいい?

萌々香

そのままでいいよ。私のことは、萌々香って呼んで。

星熊

すまない、こんなことを聞いて。

萌々香

ううん、両親がくれた名前が嫌いなわけじゃないし……だって、嫌いになれるわけないでしょ?

だけど……こんなに遠くまで来ちゃったからには、今更別の人生なんて選べっこない。

紫野遥には親も、親戚も、その名前を知ってる友達もいない。遥は……風のひと吹きで消えちゃいそうな存在なの。

だから私は、アイドルの羽生萌々香でしかいられないんだ。

事務所に捨てられようと、金兵衛の指示で鉱石病にさせられたり、口封じに殺されたりしそうだろうと、私はそうなるしかない。私の生き方はそれしかないの。

二人はしばらく黙り込んだ。

星熊

では……萌々香、荷物をまとめてくれ。そろそろこの場所を出なくては。

金兵衛の差し向けた忍者がいつ戻ってくるかわからない。急ぎ鍛冶町へ向かおう。

萌々香

うん。

エーギルは涙を拭うと、黙々と荷物をまとめ始めた。

しばらくして、ふと星熊を見上げた彼女の顔には、涙の痕こそ残っていたが、懸命に浮かべた笑顔もあった。

萌々香

ねえ、明日の晩にやる花火大会、一緒に見に行かない? 御机に来てから随分経つのに、一度も現地で見たことなくてさ……これまでは、そんな時間なかったから。

前は、澪さんと冗談で話してたんだ。仕事をクビになったら、河原で花火大会を見ようって。ほら、今の私って……実際……ね、だから……

彼女は途中で言葉を切り、その笑顔は消えていく。その様子は、自分でもバカげたことを言っているのを理解していて、誰かが止めてくれるのを待っていたかのようだった。

星熊には、彼女への慰めの言葉など一つも思いつかなかった。


吉星

ほらほら、かかって来な!

あんたらって、金兵衛のバカにどんだけ金積まれてるわけ? あたしがその倍出してやるから、あいつの白い尾っぽを引きちぎってきてよ! ちょうどベルトが欲しかったとこなんだよねえ――

ちょっと、ガラクタ投げんのはよしなって! そのフラッシュドライブって何が入ってんの? 金兵衛の水着写真集とか? そうやって投げ捨てるってことは相当目障りらしいね!

不意打ちしてきた忍者

貴様、口を慎め。

吉星

っしゃ、待ってたよ!

ジャムった!?

いったぁ!

右手が……言うこと聞かないっ……

あーあ、偉人の辞世の句ってどういう感じだったっけ? 確か「人間五十年」とか言ってたよーな……あたし、そんなに生きてないんだけどなぁ……

不意打ちしてきた忍者

無駄話はそこまでだ。本来なら生け捕りにして親分のもとへ連れて行くつもりだったが、お前が消えたほうが、御机も静かになるだろう。

吉星

ハッ、御大層な評価をどうも……

不意打ちしてきた忍者

あの世に行くときはおとなしくしておくんだな。余計な口を叩いていると――

っ、なんだこれは!?

……俺の刀を、将棋の駒一つで壊したのか……!?

吉星

鉄斎じいさん、気をつけて! こいつら本気だよ!

不意打ちしてきた忍者

この年寄りめ、食らえ!

忍者は鉄斎に向けてそう言いながらも、倒れこんだ吉星に向けて折れた刀を投げた。

その時、吉星は初めて、鉄斎の動きを目の当たりにした。

彼が鉄扇を振るえば、それは磁力を帯びたかのように、折れた刀を側面に吸い寄せる。そしてそこから一振りすれば、刀はくるりと向きを変え、元来たほうへと飛んで行き――

不意打ちしてきた忍者

ぐっ!

吉星

じ、じいさん……ありがとう、助かったよ……

鉄斎

ほら、起きろ。家に帰って、よく寝るんだな。明日も店番があるだろ。

吉星

はいよ……

足音がする! 連中の仲間かな?

星熊……それに萌々香も! 無事だったんだ!

って、どうしたの萌々香、泣いてるの?

萌々香

気にしないで、大丈夫だから。

星熊

吉星、お前……

吉星

鉄斎じいさんのおかげで命拾いしたよ。この人が来てくれなけりゃ今頃は死人だったね。

星熊

叔父貴、こちらの萌々香さんは金兵衛の部下に追われていまして、行く当てがないのです。ひとまず鍛冶町に匿ってやりたいのですが……

吉星

異議なーし! 鉄斎じいさんのパチンコ店は広いから、そこに――

言いかけた吉星がちらりと鉄斎の表情を伺うと、彼は決して愉快とは言えないような顔をしていた。そこで彼女は慌ててこう続けた。

吉星

じゃなくて、うちの店の二階に匿ってあげようよ!

鉄斎

ふん、好きにしな。

吉星

ありがと、じいさん! それじゃ早速――

鉄斎

待った。今その嬢ちゃんを連れて堂々と街を歩こうとしてるってこたぁ、うちのガキに見つかる可能性なんざ考えてねえんだろう。

吉星

ガキって……哲也のこと?

鉄斎

ああ。あいつは今、そこら中を探し回ってんだ。あのガキがどっかに失せるまでの間、嬢ちゃんは俺の家に匿ってやるよ。

……もうあいつがうちに戻ってくるこたぁねえだろうからな。


吉星

ふぅ、とりあえず一旦帰って――

哲也!?

「吉星」は今日お休みだよ。留守の間に勝手に入るなんて、どういうつもり?

哲也

ええと、その……

悪かった! 北院のスパイを探してたんだが、お前の家はまだ見てなかったから……

吉星

あたし一人暮らしなんだけど。あんたには、あたしがスパイに見えるわけ?

哲也

……

お前、怪我してるじゃないか。まさか北院の連中に――

吉星

何言ってんのさ、北院のスパイがあたしを狙う道理なんかないじゃん。ちょっとケンカしただけだし、一晩寝りゃ治るって。

哲也

だったら、俺が手当しようか?

吉星

そういや哲也って、金兵衛の下で働き始める前は、剣豪漫画の影響で医術の勉強してたっけ。町で誰かが転んだ時には、すぐそれを試してみようとしてたよね……

ま、そんじゃお願いしよっかな。ちょっとは上達してるかどうか、見せてもらおうじゃん。


哲也

一体、誰にここまでやられたんだ? この傷、危うく貫通しかけてるぞ。

吉星

金兵衛だって言ったら、信じる?

哲也

三船さんをそこまで敵視する必要はないだろ、吉星。あの人はみんなのためを思ってやってるんだから。

吉星

他人のことはともかくとして、問題は君のことだよ。哲也って、お母さんに不幸があった時、泣きながらこう言ってたよね。俺は剣豪になる、冤罪で傷つけられた母さんの名誉を挽回するんだって。

その冤罪のことはさておき、鍛冶町が開発されたとしたら、君はどこで剣豪やるつもりなの? 高級店のショーウインドウとか?

哲也

その時が来たら、俺は出ていく。お前ら共々補助金でぬくぬく暮らすつもりもないし、私利私欲で三船さんを手伝ってたと思われるのも御免だからな。

吉星

ほんっと信じられない! こんなボンクラが実在するとはね!

この傷は本当に金兵衛の手下にやられたもんなんだよ! 君の親父さんが助けてくれなきゃ、あたしは今頃死んでたかもしれないの!

哲也

――何だって?

吉星

痛っ!

哲也

ごめん! だけど――いや、三船さんがお前を殺して何になるっていうんだ? きっと何か誤解があるんだよ!

吉星

はぁ? あたしは神社で星熊に会ったあとからずっと、あいつの手下につけられてたんだよ。これのどこが誤解だっての?

哲也

お、俺が三船さんと話してくる! あの人が、何か理由があってお前に対して怒ってるなら、代わりに謝ってくるから!

吉星

あのさぁ、君ってあいつの息子なわけ?

哲也

……

吉星

……マジで救えないわ。その口に銃突っ込んでやりたいくらい。

残りは自分で手当てするから、顔に一発ぶち込まれたくなけりゃ、さっさと出て行って。

……ほんと、バカな奴。


鉄斎

それが例の怪談の真相だと!?

だったらお前の家で起きたことは? 島須や、佐野口……あいつらも金兵衛のクソ野郎に殺されたってのか?

星熊

厳密には、佐野口以外の証拠はありませんが。

鉄斎

そう言うが、だったら森内の若造や、萌々香や、その「神様」とやらのことには証拠があるってのか?

いや、そもそもの話、二十年前お前が議員候補を殺したっつうあの事件に、証拠なんてもんがあったか?

星熊

それは……

鉄斎

あの晩を忘れたことはねえ。

お前は全身血まみれになって、何にも言わずに玄関先に突っ立ってたな。

俺ぁてっきり、お前が金兵衛を止め損なったんだと思ったが、お前は「議員候補が死んだ」「私が殺した」と言い出した。

金兵衛を止めようとしたお前は、間違って奴の子分を――お前と仲の良かった修司を殺っちまった。それで正気を失くしたあとは、目に入った奴を片っ端から殺し回って……

我に返った時には、刀を手にしたお前の目の前で、議員候補が死んでたっつう話だったな。

だが、実際その犯人がお前だったと誰に証明できる?

星熊

……

鉄斎

島須を殺したのが三船だとは言い切れんと思うなら、議員候補を殺したのがお前だって話も、自分でそう思い込んでるだけで、納得できるような証拠は何にもねえだろう。

星熊

それは……

鉄斎

そりゃ、お前がそう思い込みたくなった理由はいくつもあった。一つには、当時金石会が跡目争いで裏で揉めてたうえに、お前も兄弟分を実際何人も手にかけてたもんで――

身内を殺した人間は上に立つ資格なんざねえし、お前自身そこに立つのは受け入れられなかった、ってことがある。

そして二つ目に、あの議員候補が死んだのは事実だったし、俺が金兵衛よりも懇意にしていたお前を極東から送り出せば、中立の立場を示すことができたからもあるな。

それから三つ目に、金兵衛は力のある幹部で、金石会の改革を進める上での中心を担ってたし、あの頃のあいつは真面目で、暴力しか知らねえお前より役に立つからだ。

今話したことは、お前が目ぇ覚ました翌日に、俺に言ってきたことだ。全部正しく聞こえるし、大局が見えてる。当時的には、無視できねえ理由ばっかり並んでたんだ。

けどな、そんなこたぁ誰が議員候補を殺したかって問題自体には関係ねえ。

だから、俺は最後に聞いたんだ。あの惟任って議員候補を殺したのは、本当にお前なのかってな。

するとお前は……「はい」と答えた。

星熊

……

鉄斎

となれば、やることは単純だ。お前に責任を被せたうえで、「星熊は行方不明になった、罪を恐れて自殺した可能性もある」って話を流して、裏で龍門に送り出した。

だが、一つ嘘をつきゃほかの嘘でそれを隠すことになる。議員候補を殺したのがお前だとしたら、金兵衛と子分どもは議員候補を守ろうとしてたことになって……そっから先は、もうめちゃくちゃだ。

もう一度聞くぞ、星熊。奴を殺したのはお前なのか?

そうだってんなら、もう言うことは何もねえ。お前が罪を犯したあと、俺は手を尽くしてきたつもりだが、金石会がこうなっちまったのは俺の責任だ。

だが、違うってんなら……

鉄斎はそこで口を閉じると、星熊の目を鋭く見つめた。

星熊

……叔父貴、私が今回極東へ戻ってきたのは、当時の選択は無駄ではなかったと、金石会は良いほうへ変化したのだと確かめたい一心でのことです。

しかし、そんな考えは間違っていました。

鉄斎

やったのはお前じゃねえって認めんのか?

星熊

いえ、私は……

わからないんです。

当時の私は、確かに理性を失って、ひたすら誰かを斬り続けていました。修司を誤って手にかけたあと、議員の死体が目の前に現れるまでの記憶がまるでないほどに。

鉄斎

だったら、どうして「はい」と答えた?

星熊

……

星熊は黙り込み、自身の旧宅があるほうに目を向けた。

鉄斎

お前の親父のせいだってのか!?


お父さん、どうしてここにいるの?

どうして……悪い人がこんなにたくさん倒れてるの? みんなお父さんが倒したの?

大丈夫だよ、鍛冶町はもう安全だから。鉄斎の叔父貴がすぐ来てくれるって――

え……あれって、節子おばさん? 絹恵おばあちゃんも倒れてる……どうして? 悪い人たちにやられちゃったの? うそ……哲也お兄ちゃんまで……!?

お父さん、行こう……! 叔父貴にこのことを伝えなきゃ――

どうして……私に刀を向けてくるの?

あっ、鉄斎の叔父貴! お父さんがなんだか変で――

お父さん!?


鉄斎

確かにあの時、お前の親父は正気を失くして、哲也を殺した。だがそれは、節子やおふくろの死とは関係のねえことだ。あいつは、二人をずっと守ってくれてたじゃねえか。

前にも言っただろう! 哲也のことは……いや、それだけじゃなくお前の親父の件だって、全部あの彷徨う悪鬼どものせいだ! 奴らさえいなけりゃ、あんなことにはならなかった!

それに、お前の親父がしでかしたことの落とし前を、お前がつけなきゃならねえなんて、俺ぁ言った覚えはねえぞ!

星熊

責任を取ろうとしたわけではありません。

ただ、私にはわかるんです。自分が、あの時の父と……まるで同じ状態だったということが。

そして、あの場の状況からして、議員候補を殺したのは、私か金兵衛のどちらかしかありえません。

さらに、それが私でないと決定づける証拠は、挙がっていないのです。

こんな日々を続けていたら、いつか私がそうなる日が必ずやってくるでしょう。

年老いた鬼は将棋の駒を摘まみ上げ、勢いよく床に投げつけた。それは風を切って床に叩きつけられ、真っ二つに割れてしまった。

鉄斎

確かに俺はお前の親父を恨んでるさ! だがお前は、俺にとっちゃ娘も同然なんだ!

俺が誰を想って般若に鬼を彫ったと思ってやがる! お前が旅立つ前に、あの盾を渡した理由がわかってるのか!?

そもそも、般若を造ったのは、お前がきっかけだ。お前に親父と同じ轍を踏ませたくなかったからそうしたんだ!

俺が盾の素材と製法を買ったあの公家は、先祖に武具を愛するあまり山ほど伝説を残した奴らがいるそうでな。

その伝説によると、奴らは僧院から奪い取った秘法を使っていたらしい。それで、奴らの造った武具は鋭利なだけじゃなく、鬼族の狂気を抑える力を持っていたそうだ。

武具が出来上がるまで、その秘法ってのが真実かどうかはわからなかったが、その技術は本物だった。当時の俺は、これが最後の一作になるだろうと思ってその盾を鍛え上げたんだ。

だが、最後の工程になって、行き詰まっちまった。

星熊

……持ち手のことですか?

鉄斎

そうだ。

その秘法ってのに則って造った武具は、どんな物だろうが絶対に、手のひらに触れる部分を所有者自身の手で磨き上げなきゃなんねえんだ。それも、素手で握ってもしっくりくるくらいにな。

そいつを買い上げた時には熱くなってた俺も、その時になって、気持ちが冷めちまってな……要するに、武器を持つ奴自身が修練を積まなきゃならねえって話だろう?

ただの鉄くずを手に馴染むほど滑らかに磨けるような精神力を持った奴に、秘法なんざ必要あると思うか!?

だから俺は、お前に般若を渡せなかった。その結果、金石会の内部で不穏な動きが出始めて、我こそはと思う連中が色々企みだしてな……

あの時期は身内での争いが絶えなかった。「上」の奴らが潰し合って、その犠牲になるのはただでさえ苦労してた下の連中だ。挙句には鍛冶町のカタギにまで被害が出て……

だから……あの夜の事件が起きた。

星熊はなおも黙り込んでいる。

鉄斎

……こいつは宿業ってやつなんだろうさ!

この道が正しかったにせよ、間違ってたにせよ、ここまで来ちまった以上後戻りはできねえ。

お前に聞きたい。龍門での暮らしはどうだった?

つらかったんなら、俺と来い。金兵衛の奴と刺し違えてやろうや。俺も、お前の親父も、一応武家の出だからな。相応の死に場所ってもんがあるだろう。

だが、楽しくやれてたんなら、今すぐ出ていけ。そんで、俺と金兵衛のことには二度と関わるな。お前の親父が俺に借りを作ったことなんざ、お前自身には関係ねえんだからな。

大局なんてもんのために、自分を偽るのはよせ。お前にそんな資格はねえぞ。

星熊

……

龍門での生活は……

……とても楽しいものでした。

鉄斎は、この夜初めて真っすぐに視線を向けてきた星熊と目を合わせた。

鉄斎

それを聞いて安心した。

星熊

……ですが、私も叔父貴にお供します。

鉄斎

どうしてそこまでする?

星熊

これが本当に宿業であり、因縁であるならば、龍門に戻る前に、この手で断ち切らねばなりませんから。

鉄斎

……そうか。

般若を寄越しな。

星熊

どう鍛え直すか、お決めになったのですか?

鉄斎

お前があの萌々香って娘と一緒に駆け回ってなけりゃ、今頃は鍛え直した般若を渡してたさ。

持ち手にテープを巻いてんのか。これは?

星熊

龍門でできた親友たちからもらったもので、ずっと使っているんです。

鉄斎

そうかい。ほらよ、返すぜ。……無理を通さず次善の策を選べるようになったなら、お前も成長したってこった。今のお前が、鍛え直した般若を持てば、今度は赤霄にも勝てるかもしれんぞ。

星熊

鍛え直していただけることは、もちろん有難いのですが……まだ救わねばならない人がいるのです。私の不手際で、森内が金兵衛に捕らえられてしまって。

鉄斎

あのおでん屋台の情報屋か?

だが、般若を鍛え直してえなら、もう時間に猶予はねえぞ。

星熊

怪談話が金兵衛の自作自演だと知っているのは、叔父貴と私、そして萌々香、それと……神様を除けば、あとは森内しかいません。となれば、金兵衛が彼を見逃すはずもないでしょう。

彼が危険に晒されたのは私の責任でもありますし、一刻も早く助けに行かなくては。

鉄斎

武器がねえなら、これを持っていけ。

老人は彼の背後の片隅から、薄く埃を被った箱を取り出した。

星熊

叔父貴、この箱は……?

鉄斎

お前が昔着てた一張羅と例の刀だ。年に何回か取り出しちゃあ、服は日干しして、刀は手入れしておいたのさ。まだ使えるはずだぜ。

星熊

……

鉄斎

そう、あの夜にお前が握ってた刀だ。いいから持っていけ。

この二十年で少しも進歩してねえってんじゃなきゃ、受け取りな。

星熊

……はい。


鉄斎

相変わらず、サマになるな。

この間から聞こうと思ってたんだが、お前は龍門で何をやってたんだ?

さっきの格好は極道にしちゃあ地味すぎるが、足を洗って真っ当に生きてるにしちゃあ、随分修羅場をくぐってきたように見えた。

星熊

その、龍門では警察官をしているんです。

鉄斎

……

今なんつった?

星熊

龍門の近衛局――警察で働いているんです。

鉄斎

お前がか!? くっ、ぶあっははははは!!

道理でな! お前が部屋にいるとどうもサツ臭えと思ったよ!