墟 AT-5・戦闘後
遺恨
三船さん、本当にご自身で鍛冶町に出向かれるおつもりですか?
これは俺と鉄斎、そして星熊の問題だ。俺がこの手でケリをつけてこそ、綺麗に事が収まるというものだろう。
ですが、今のご計画であれば、般若がなくとも鉄斎は従うはずですよ。
星熊が戻ってくるのがそこまで嫌なのか?
必要ないと思うだけです。
まあ、あいつが戻ってくればお前の仕事も増えるからな。俺の跡を継がせる以上、お前にはもう少し詳しく話しておこう。
お前は、御机でうまく生きていくには、何が一番大切だと思う?
団結でしょうか?
違うな。一番大切なのは……「美しさ」だ。
たとえば、外見を華やかに、美しく保っておけば、大衆の先入観を一瞬で変えてしまえるものだ。お前も俺も、実際にその恩恵を受けている。
昔のようにヤクザ丸出しの格好をしたままだったら、俺が初めてテレビに出た時点で放り出されていたことだろうし、金石テレビがここまで成長することもなかっただろう。
そして同じように、何かを成すには美しさ、綺麗さに気を配らねばならん。
何という名かは忘れたが、ウルサスのとある作家が言うことには――第一幕に銃が登場していたならば……
それは遅くとも第三幕までに、ラテラーノ人の手に握られていなければならないそうだ。
クルビアのBSWという組織も、銃を扱えるそうですよ。
ハハッ、俺の言いたいことが伝わってるならそれでいい。
御机はあまりにも大きく、その発展も急速すぎた。おかげで俺たちは、自分のしていることが本当に正しいのか、わからなくなることも多い……
だからこそ、一度始めたからには最後までやり遂げるしかない。あらゆる人を在るべき場所へ送り出し、あらゆる銃の引き金を引かせ幕を閉じる。それもまた、綺麗に、美しく事を収める方法だ。
それは「やり遂げる」というよりも……「徹底的にやる」という具合に聞こえますね。
どう思おうとお前の勝手だ。お前自身が四代目会長になった時に自分で試してみるといい。
とはいえ今は、休息に専念しろ。星熊とやり合う準備を整えておくんだ。
……彼女は強敵です。
だが、あいつは鬼だ。一度暴走したことのある、な。
お前は、クイロンという名を聞いたことはあるか?
遠い昔の人物ですね。鬼族と僧院に関係していると聞きましたが、それ以上はよく知りません。
鉄斎は昔、古臭い武家物語のほかに語ることと言えば、もっぱらその伝説の話だった。
真偽不明で、矛盾だらけの伝説だがな。たとえば、鉄斎はクイロンの死に関して、少なくとも三つの異説を口にしていた。
その中でも俺が一番好きだったのは、とても残忍でありながら……美しい話だ。
クイロンが真の涅槃へと至り、悟りを開く前のこと――彼は、最後の鬼族が葦原の民となるよう強いられた時の、同胞との離別を嘆く慟哭を耳にした。
だが、その時のクイロンはすでに痩せ衰えており、無憂樹(むゆうじゅ)の下を離れる気力も、同族を救うべく剣を振るう力も、己の蒼き怒りの炎を制御する力さえも残っていなかった――
そしてその後、怒りの炎に支配されたクイロンは完全に正気を失ってしまうんだ。彼は瀕死の身体で一個軍隊を壊滅させたが、守るべき同胞をもすべて斬り殺してしまったという。
その物語のクイロンが、結局力尽きたのか、自害したのか、あるいはその後もなお平然と涅槃に至れるほどに冷酷だったのかは、知る由もないことだ。
……なぜその話をなさったのですか?
鬼という連中は、自分の無力さを悟ったその時一番脆くなる。そこから先は心が折れるか、あるいは狂気に陥るか……
どうあれ、俺たちが相手取る奴には、そうなった過去が実際ある。
……
さあ、もう戻って休め。俺もそろそろ、客人に会わねばならんのでな。
三船さん……お世話になっとります。
具合はどうだ、怪我はないか?
そんなんありませんて! それどころか、この頃じゃ一番よう眠れた気がします!
それはいい。お前たちのような生業の人間は、ひょうきんで、愛想がよく……あちこち探り回るのが好きなぐらいがちょうどいいからな。
……!
星熊に電話をかけろ……「話がある」と伝えるんだ。
あー……三船さん、その、星熊さんにはよう助けてもろてまして……
「輪入道」の真相を探り当てた件か?
そうですそうです――
だが、それだけではないだろう?
お前は、屋台の前で呆然と立ち尽くしていたその時、何を考えていた? 何年も怪談を追い続けてきた努力が水泡に帰したように感じていたんじゃないのか?
……
すべては虚構だったと、もう理解したはずだろう。お前は俺と、俺の作り上げた怪談に騙されていたんだ。
何で……こんなことをしはるんです?
お前には無関係なことだ。運がなかったとでも思っておけ。だが、それでも人生は続いていくものだからな。お前が望むのなら、もっと確かな物を掴むチャンスをやってもいい。
俺を買収しよう思てはるんですか?
電話を一本かけるだけで、お前はこれからも情報屋を続けられる。だが、かけなければ――金石会が敵とみなした人間にどう対処するかは、知っての通りだ。
三船さん――
お前の右目が潰れた理由を忘れたのなら、思い出させてやってもいいんだぞ。
……もちろん覚えとります。怪談話の調査中に、三船さんがどなたかとお話ししとるとこへ割って入ってしもて……
俺がその目を潰したのは、お前が見るべきでない物を見たからだ。そして、もう片方の目を残したのは、お前の才覚を惜しんだこととに加えて、警告の意味合いもある。
さあ、今こそ俺のために働け。
ほんの数分でかまへんので、考える時間を――
三船はゆっくりと腰から刀を引き抜いた。
その切っ先が少しずつ喉元に迫ってくるのを、森内はただ見つめていた。
そうして彼はつばを飲み込む。次に口を開くか閉ざすかは、本人にも判然とせず――
なんや!?
森内が何か行動を取る前に、オフィスのドアが勢いよく開かれた。
ほ、星熊さん!?
森内、行け!
でも、そしたら君は――
奴に私は捕らえられん。聞きたいことがあって残るだけだ。
森内は星熊をじっと見つめてから、背を向けると足早に去っていった。
人質を奪われたというのに落ち着いたものだな、金兵衛。
お前をここに来させるのは骨が折れると思っていたのが、そちらから出向いてくれたんだ。何を慌てることがある?
お前はなぜ、偽の手紙で私を呼び出した?
少し複雑な話なんだが、ついさっき別の奴に語ったばかりで、もう一度語り聞かせる気分じゃないんだ。
とはいえ、あのジジイがどんなに鈍かろうと、お前を呼び出した理由の中でもわかりやすいものは……般若のことくらいは察しているはずだろう。
なんだと!?
それすら思いついていなかったのか? ハハッ、さすがは実の息子を追い詰めるあまり敵に回した「仁侠」と、そのお気に入りである「金石会の青鬼」だな!
澪、来い!
休息は足りんだろうが、奴の足止めは任せたぞ。
はっ。
私さえ足止めしておけば、お前の部下で叔父貴を仕留められるとでも? 寝言は寝て言え。
勝ち負けを刀で決める必要などあるか? そんなことに何の意味がある?
だったら何をするつもりだ?
今にわかるさ。
ではな。
待て――
あなたこそ、止まってもらうよ。
火花が散り、金属音が鳴り響く。
だが、二人の立ち回りがどんなに激しかろうと、それが繰り広げられる空間に立ち並んだ屏風は、微動だにしなかった。
三船さんは護衛と共にこの場を去られた。あなたの相手は私だよ。
さあ、刀を抜いて。
……お前相手なら抜くまでもない。
そうかな?
澪の背中から、金属が擦れ合う耳障りな音が響いたかと思えば、そこから伸びた黒い「第三の手」が、白い短刀にゆっくりと巻き付いていく。
彼女一人に、三本の腕と、三本の刀が備わっているのだ。
あなたは確かに強いけれど、だからと言って、それだけで今私から逃れることはできないし、ましてや刀を抜く気もないとなれば――
私の武器は刀だけだと誰が言った?
そう言うなり、星熊は右足を高く上げ、傍らのちゃぶ台を思い切り蹴り上げた。
するとちゃぶ台は宙に舞い、相手の視界を遮る。
蹴り上げた足を力強く踏み込むと共に、星熊は刀を鞘に納めたまま相手の頭目掛けて振り下ろした――
だが、飛ばしたちゃぶ台は三つの太刀筋によってきれいに切り裂かれ、そのまま澪は星熊の一撃を迎え撃ってきた。
黒い手とぶつかり合う鞘からは、強烈な力が伝わって――
はあっ!
……とんでもない怪力だ。
なぜ刀を抜かないの?
お前には関係のないことだ。
……怖いんだね。
なに?
刀を抜けば、望まぬ事態に繋がるのではと恐れているんじゃないかな。
クイロンの死というのは……そういうことか。
クイロンの死?
……だけど、刀を抜こうと抜くまいと、あなたの恐れていることは必ず起きてしまう。三船さんの予想通りなら、あなたが迎える結末は変わらないだろうね。
言っている意味がわからんな。
……卑怯者。
私のことを言ったのか?
ううん。あなたじゃなくて――
自分に言ったんだ。
走れ、逃げろ。
森内には、自分がどれだけ走ってきたかもわからず、ただ内臓という内臓が揺れ動くような感覚だけがあった。
はぁ……はぁ……はぁ……げほ、ごほっ!
ま……撒いたか?
お前、自力で逃げてこられたのか?
誰や!?
おいおい、もう俺のこと忘れたのかよ。
神様……!?
そんな顔すんなって、別にお前を助けに来たわけじゃねえからな。俺はただ、屋台で聞かされた怪談話の真相が気に食わなかっただけだ。
どうしてもな。
わ……わかりましたって。
とはいえ本当は、このままお前とも怪談話とも縁を切るつもりだったんだ。御机を離れて、北に気晴らしに行くのも良さそうだと思ってた。
だが、残念なことに、ある奴からお前について一つ頼みごとをされてな。
ある奴ってのは、宮司さんですか? 俺を探してほしいって言うてくれはったとか?
違う、あいつじゃない。
ほんなら、ほかに誰が?
……
まさか!?
そいつからは一つだけ、伝言を頼まれてんだ。
「吾輩は、お前がよく行くあの屋上で待っている。」だとさ。
「吾輩」? っていうと――あのお方が!?
そんじゃ、俺はもう行くぜ。
神が一輪車の向きを変え、漕ぎ出そうとした時には、森内はもう走り去っていた。
……
……あいつはお前を何年もかけて探してたってのに、それに対する仕打ちがこれか?
まあいい、俺の知ったことじゃねえからな。
タッ、タッ、タッ――
森内は階段を上がっていく。
屋上への扉が開かれた瞬間、風が彼の顔に吹きつけた。
これまで彼は幾度も、夕暮れ時にこの屋上に寝転んでは、赤い空が暗くなり、星々が微かに見え始め、やがてその光が街明かりに覆い隠されていくのを眺めていた。
本来ならまだ早いこの時刻には、屋上にこうも黄昏めいた景色が広がることはないはずだが、今の彼にそれを気にかける余裕はない――あるいは、それも神が現れる前兆と捉えていたのかもしれない。
空を見つめる森内には、今の自分の気持ちすら定かではなかった。
興奮か、感動か、願いが叶った喜びか、空虚さか、寂しさか……
いずれにせよ、彼は一人そこに転がって、永遠に来ないかもしれない客人を待ち続けた。
いつしか、生ぬるい風が彼を微睡みへ誘っていく。
おとん……祭壇の後ろになんかおる。
徹、神社はおごそかな場所なんやから、キョロキョロすな!
でも、ほんまに……
徹ちゃん、はよこっちきぃ。お参りするで。
神様、どうか家族みんなに何事もなく、一日も早う借金を返せますように……
……
……
これで……借金は完済や。そんで、手元にもなんぼか残った……
うちもやっと貧乏とおさらばやな。
あれ? 神様……なんでここにおるんですか? 神社におったら、息が詰まってまうからとか?
とにかく、ほんまにありがとうございます!
神様のおかげで、最近おとんは機嫌がよくて、おかんも遊びに連れてってくれるんです。
……
また会いに来てもいいですか?
……
――いや、絶対また会いに来ます!
神様、うちでお店をやることになったんです! めっちゃきれいなお店やから、見に来てくれませんか?
神様、ほんまにごめんなさい。この頃は家の手伝いばっかりで、会いに来られへんくて……お願いやから怒らんと、出てきてくれませんか?
神様……おりますか? もうどっか行ってしもたんでしょうか。それとも……俺に会いたないだけですか?
か、顔を見たないだけで、話は聞いてくれてると勝手に思てます。いいですよね?
最近家の様子が変わってしもて……このままやと、おとんはまたしんどい仕事に戻らなあかんかもしれないんです。
おかんはずっと服のお直しの仕事をしとって、目がどんどん悪なってきて……
でも神様のせいやなんて思てません。うちの家にこないなご加護をくれはったんやから、今更それを取り上げるようなことせえへんやろし……
……そうですよね?
神様、おとんが……
おとんが死にました。あないなこともう耐えられへんと言うて、酒を浴びるほど飲んで……
……神様、どこにいてはるんですか?
一体……どこにいてはるんですか……?
幽霊屋敷まで来てみたが、この家……
床に空洞が……下に何かあるのか!
嘘だろ……移動都市自体の地下構造に繋がっていたなんて……!
こ、こんな場所、どう探せばいいんだ? 家一軒とか、町一つの広さじゃないぞ。区画全体に繋がっているかも……
いや、諦めちゃダメだ! 奴を見つけさえすれば――
こ、これは!?
哲也は目を見開いてその場に立ち尽くした。そこには、明らかに誰かが意図してここに置いたのだろう何十もの箱が山積みにされている。
彼は何度かまばたきをすると、一歩踏み出し、その中の一箱をゆっくりと開けた……
これは……武器!?
軍刀に、クロスボウに……小型の迫撃砲……!?
この刻印は……帆足家の家紋? 北院四大名家の? ここは奴らの武器庫なのか!?
武器の詰まった箱をどけ、その下敷きになっていた箱を開けると、中には北院の軍用食糧と医療器具が入っていた。
そうして、哲也はもはや無我夢中で箱を開けていく。
その箱の中にはいずれも、北院で作られた軍事用品が入れられていた。
あの時……親父は北院の武器なんか持ってないと言い続けてた。それがどうしてこんなところに――
やりすぎだ、小僧。
あんたは?
親分の命令は、北院のスパイの証拠を見つけろというだけのものだろう。そこでお前の仕事は終わりだ。こんなふうに片っ端から開けてしまうと、後片付けが面倒になるぞ。
……今、俺の写真を撮らなかったか?
それはもちろん、大手柄だからな。あとで揉めないように証拠として残しておくのさ。
ほら、行くぞ。
行くってどこへ?
三船さんに会いに行くんだ。
ま、待った。俺をつけてたのか?
そんなことはどうだっていいだろ。大事なのは、お前も俺も三船さんのために働いてるってことだけだ。
……
それと、そのマスクも外しておけよ。
えっ?
正式な報告のために親分にお会いする以上は、マスクを着けたままじゃ失礼だろ?
ふと、哲也はなぜだか通路の奥から吹き付ける冷たい風に、背筋が凍るのを感じた。しかし、この時の彼には、他に選択肢などなかった。