墟AT-ST-2・幕間対称
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ウルサス極東炎
ウルサス極東炎

名前

墟 AT-ST-2・幕間

対称

萌々香

鉄斎さんが奥の部屋にこもってからずいぶん経つよね? ちょっと心配なんだけど……

吉星

大丈夫だって。じいさんにとっての鍛冶仕事は、君にとっての歌とか、星熊にとってのケンカとか、あたしにとってのパチンコみたいなもんだから。

萌々香

吉星さんってパチンコも得意なの?

吉星

そりゃまあ――あっははは……

話題を逸らそうと、吉星は菓子皿からクッキーを一枚取って口に放り込んだ。

吉星

あーあ、もうクッキーがなくなっちゃいそう。

萌々香

この家のクッキーって、なんで全部二之宮のプレーンミルク味なんだろ? 鉄斎さん、この味が好きなのかな?

吉星

哲也が昔、この味が好きだったからだと思うよ。

萌々香

哲也さんが金兵衛の本当の顔に気付いてくれたら……

吉星

気付ける奴なら、とっくに気付いてるって。

それに、公平な言い方をすれば、哲也が金兵衛と一緒になってバカなことしてんのはあくまで結果の話であって、本当の原因はやっぱり鉄斎じいさんに――

???

鉄斎に、お前の半分でも洞察力があればよかったんだがな。

吉星

金兵衛!?

萌々香は部屋に隠れてな。こいつはあたしが抑えるから!

三船

そう早まるな、若者よ。

鉄斎

……

三船

おっと失礼。会長自らお出迎え頂けるとは幸甚の至りに存じます。

鉄斎

星熊の奴はどうした?

三船

うちの人間が丁重にもてなしてるさ。あんたを助けに来られないようにな。

吉星

その隙に付け込んだわけ!? この卑怯者!

三船

状況を読み違えたのはお前たちのほうだ。森内を使ってどうおびき寄せるかを考えていたが、奴のほうから突っ込んでくるとはな。

とはいえ、俺も手荒な真似はしたくない。そんな時代はもう終わったからな。

俺がここへ来たのは、礼を尽くして鉄斎会長を俺の継承式にお招きするためだ。

萌々香

継承式?

三船

そうだ。

おやっさんがどうしても鍛冶町は渡せないというのなら、仕方がない。俺も失礼は承知の上で、金石会の会長という有名無実の座を受け継がせてもらうことにしたのさ。

メンツを思うと出席できんというのなら、般若を渡してもらうだけでも構わんぞ。それさえあれば、儀式は成立するからな。

鉄斎

今も昔も、般若は跡継ぎの証なんかじゃねえ!

三船

皆がそう信じれば、そうなるものなんだよ。

それにあんたは、星熊を贔屓しすぎている。自分でも自覚してないらしいがな。

あるいは、星熊が龍門に発つ前に般若を渡したのは、俺を辱めるためだったのか? 俺の何がそんなに気に食わない?

鉄斎

……てめえは自分を買い被りすぎだ。

三船

そう来なくちゃな。俺はその言葉が聞きたかったんだ!

自分を買い被ってんのは俺じゃなくあんたのほうだ。なんせあんたは、お気に入りの星熊以外まともに見ようともしていない!

三船は一人玄関に立ったまま、大声で笑った。

萌々香と吉星はゆっくりと鉄斎の後ろに下がっていく。

三船

もっと早くこのことを教えてやれば、あんたも息子と仲違いせずに済んだのかもな。

鉄斎

哲也の話なんざ持ち出してどうする? 俺は何も、あのガキに跡を継がせたいからお前が気に食わないってんじゃねえんだぞ。あいつには、そもそも金石会をまとめ上げるような度量がねえからな。

三船

わかってるさ。あいつも、あんたにとっちゃ気に食わない奴の一人だろう。

鉄斎

無駄口利くのはやめろ。俺がお前に後れを取っちまうとしても、星熊が戻るまで持ちこたえるくらいは訳のねえことだ。ここは俺の家だしな。

ちょうどいい、鍛え直した般若をお前で試してやろう。

三船

試し斬りか、それはいい。

だがその前に、これを見てもらおうか。

三船は懐に手を入れた。

鉄斎はその動きをじっと見据えていたが、三船が取り出したのは数枚の写真であり、彼はそれをぞんざいに床へと投げ捨てた。

そのうちの一枚が、偶然表向きのまま、鉄斎の目の前に落ちた。彼の視界の端に映ったのは――

鉄斎

哲也!?

三船

そうさ。

あいつは実にいい子だった。俺の頼みなら、自分にできることだろうとそうでなかろうと、全力でやり遂げようとするんだ。

ちょうど今も、北院のスパイを見つけ出したそうでな……と言ってもあいつが見つけ出した「スパイ」は自分自身だったわけだが。

鉄斎

て――てめえ!!

三船

俺も最初にこの写真を見た時は驚いたが、考えてみれば納得だ。

――あの当時、哲也の母親は、北にいる親族を懐かしんでいただけだった。向こうは彼女をスパイにしようとしていたが、彼女自身はそれを頑なに拒んでいた。

しかし、金石会が秘密裡に仕入れていた武器には帆足の家紋がはっきりと刻まれていた。

これは俺の落ち度でもあるが――あの頃、金石会傘下のテレビ局に今ほどの影響力はなかった。それで、その話が流出したあと、金石会を潰そうとする連中が一気に群がってきてしまった。

結局、武器の処分先は俺が見つけ出してきたが、それ以外の始末はあんた自身が付ける必要があった。だからあんたは、哲也の母親を差し出したんだ。かつて星熊を差し出したのと同じようにな。

あんたからすれば、金石会は将棋盤上の「王将」も同然だ。

その存続のためなら、星熊のような「金将」も、どこまでも気に食わない俺のような「成金」も、切るべき時にはためらわない。

そこで、俺は気になってたんだが……哲也はあんたにとって何なんだ?

「飛車」か? 「角行」か? あるいは、どうしようもない役立たずで、いくら切っても惜しくないような「歩兵」に過ぎんのか?

そうだとしたら、俺たちは今日あんたと一戦交えるしかあるまい。だが、そうではないんだろう?

あいつが役立たずなのは事実だが、あんたにとっちゃ、盤上の駒なんかじゃない。あんたという棋士自身の、大事な息子だ。駒なんぞと比べられるような存在じゃ――

鉄斎

黙れ!!

老人は全身を強くこわばらせ、今にも盾を手に三船目掛けて突撃しようとしていた。

だが三船には、般若が老人の手の中でわずかに震えているのが見えていた。

三船

あいつの母親の容疑が晴れることは永遠にない。残された一人息子まで同じ末路を辿ることになれば……

鉄斎

黙れっつってんだろうが!

三船

あんたは迷っているんだろう。もし、鍛え直した般若の一撃で俺を打ち倒すことができれば、そのまま俺を殺すと脅して言うことを聞かせ、哲也を守ることもできるかもしれない、と思っているな?

「もし」というのは、実に嫌な言葉だ。

鉄斎

ビビってんのか?

三船

残念だが、俺のそばについてる奴は一人じゃない。

とはいえ、数の暴力で勝つ気はないが……あんたが般若を俺に突きつけた瞬間、うちの部下がボタンを押し、金石テレビにその写真が流れることになるぞ。

解放されたいのなら、哲也を完全に失望させてやるといい。「思った通り、親父からすれば、俺も母さんも初めからどうでもいい存在だったんだ」とあいつに気付かせてやるんだ。

さあどうする、おやっさん?


テレビの声

さあどうする、おやっさん?

哲也

そんな……

こんなのドラマに決まってる!

なあ、嘘だって言ってくれよ!

哲也は、自分を連れてきた忍者の肩を必死で揺さぶった。だがその相手は、こちらを見ているかどうかすら定かではなかった。

三船の声

長い歳月を経て、あんたはようやく般若を真の持ち主へと手渡すに至ったわけだ。

だが、まだ頼まれた仕事が残っていてな。鍛冶町の権利書はどこにある? ああ、急ぐことはないぞ。依頼主からはなるべく綺麗に事を片付けてほしいと言われていてな。まずは俺と来てもらおう。

鉄斎の声

この二人は……

三船の声

ああ、その娘二人のことか。あんたに協力してもらった礼として、おとなしくついてくるなら命だけは助けてやる。

吉星の声

ふざけんな、金兵衛! あんたのしっぽをちぎってやんなきゃこっちの気が――

鉄斎の声

吉星!

父の怒号がテレビのスピーカー越しに響いてくる。電波が悪いせいか、音が歪んだその声は現実味のないものだった。

哲也

親父……親父!

お前らは親父をどこへ連れて行く気なんだ!? 親父を放せ! 手を出すなら俺にすればいいだろ! どうしてわざわざ親父を!?

隠れていた忍者

澪さん。青鬼はどうなりました?

澪

三船さんからは、時が来たら彼女を解放し、鍛冶町に戻らせるように言われたよ。

この子については何か聞いている? いつ解放すればいいのかな。あるいは別の処分があるの?

隠れていた忍者

俺にもわかりません。上からは、こいつが部屋から出ないように、それと室内の物を壊さないように見張っておけと言われて、それ以外は何も聞いていないんです。

澪

そう。

隠れていた忍者

すみません、澪さん……お願いが。その……いつまで見張ればいいのかもわかりませんし、昨日は徹夜だったもので、眠くて眠くて……

澪

……

わかった。行っていいよ。

隠れていた忍者

ありがとうございます!

澪

……テレビ? 何を流しているの?

哲也

……

俺をここから出せ。

澪

私の質問に答えて。

哲也

ここから出せって言ってんだろ!

澪

三船さんからは、君を逃がすなと言われているんだ。

哲也

親父はお前らに連れてかれたんだぞ! もう降参したんだ! なのにこれ以上何をしようって言うんだ!?

澪

さあ。私は命令に従っているだけだから。

若き鬼は腰から木刀を抜こうとしたが、それを握るより前に、リーベリの背後から伸びた第三の手で床へと押さえ込まれてしまった。

澪

無駄な抵抗はよしなよ。

三船の声

鉄斎会長、何か言ったらどうなんだ?

俺とは口を利きたくないらしいな。まあいい、俺が口を利けと言った時に話してくれたら十分だ。

カメラは鉄斎の後を追い続ける。

彼は屋敷を離れ、玄関先に停められた車に乗り込んだ。

その後ほどなくしてカメラが切り替わり、その車が到着し、扉が開いた。目立たない扉の向こうに、豪華な会場が広がっていた。

哲也

あれはどこなんだ?

澪

オークション会場だよ。

哲也

何を売る気なんだ? 鍛冶町か? まさか親父の……

澪

いいや。


オークショニアの声

続いてご紹介しますのは、本日急遽追加されましたため、リストには掲載されていない一品です。

こちらは、金石グループが初めて生産したテレビ……その最初の一台となっております!

このテレビ、スタート価格は……七百万文ですか?

ごく普通のテレビに見えますが、これが二千両近い高額商品だとは……きっと何か特別なものなのでしょうね。

三船の声

七百五十万。

オークショニアの声

三船さん? 本気ですか!?

三船の声

当然だ。

それに、このテレビの価値を認識しているのは、俺一人ではないと思うがな。

オークショニアの声

ほ、本当ですか……?

とにかく、三船さんが七百五十万でご入札されました!

七百五十万、七百五十万です、ほかにご入札は――

鉄斎の声

……一千万。

画面の中央に映る年老いた鬼が、そう数字を告げた後、ゆっくりと札を掲げた。

ひどくしわがれた声が、テレビから響いてくる。

オークショニアの声

そちらは……金石会の鉄斎会長!?

哲也

三船がまた何か……一千五百万? 値段を吊り上げやがって、借金で親父を潰す気なのか?

リーベリは何も言わなかったが、その瞳の奥には、一千五百万という数字がかきたてるような感情よりも深く、しかしどこかありふれた憐れみを含んだ何かがあった。

オークショニアの声

二億ですか!? 鉄斎さん、入札価格二億でよろしいのですね?

哲也

二……

澪

二億!?

オークショニアの声

二億、二億です、ほかにご入札はございますか? では……落札です。

鉄斎はゆっくりと座席から立ち上がり、着飾った買い手たちの間を抜けて、かつて自分の物だったそのテレビの前へと向かっていく。哲也はそれをただじっと見つめていた。

オークショニアの声

お待ちください、鉄斎さん……まだ手続きが……

そんな声など鉄斎は気にも留めず、大昔にそれを抱えてあちこちで売り歩いていた頃のように、ただそっとテレビを抱きかかえた。

その映像が流れる中、テレビの前で哲也は木刀を構えた。

彼は絶望のあまり、部屋の扉の前に立つ澪に向かって突撃し、またもや床に叩きつけられた。

何度も、何度も、何度も……

その間にも、テレビは容赦なく、歪んだ音声を室内に流し続けている。

カメラのシャッター音や、暗黙の了解があるかのように鳴り響く拍手の音、続けて足音が、署名のためペンを走らせる音がして、車のドアが開き、閉まる音、その後は車の走行音が続く。


そうして、かつてはこの上なく聞き慣れていた、けれど今ではどこかよそよそしく聞こえる、父の屋敷の扉が開く音が聞こえた。

哲也には、自分が何度立ち上がり、そしてそのたび澪に打ち倒されてきたのかわからなかった。それでも、もう一度木刀を手に澪へと突撃した瞬間、背後のテレビからついに人の声が聞こえてきた。

一人の声は幽霊のようで、もう一人の声は人食いの悪鬼のようであり――

それは、もはや人の声には聞こえないようにすら思われた。

三船の声

さあ、権利書を渡せ。

ここに署名し、拇印を押せば、すべて片が付く。

……

三船の声

まだ決められんのか?

だが、わかっているだろう。あんたが手形を押すまで、すべては終わらないんだ。

鉄斎の声

押したあとはどうなる?

三船の声

担保として鍛冶町の土地の権利書を受け取ったうえで、俺はあんたに二億を貸す。そいつをオークション会場へ持って行けば、あのテレビはあんたの――

鉄斎の声

俺が聞いてんのは哲也のことだ!

三船の声

あいつか? 今と同じさ。あの写真は永久に葬られる。

二億の返済はどのみち不可能だろうし、あんたのために、あいつには秘密にしておいても構わん。そうすれば、哲也は何も知らない青二才のままでいられるからな。

テレビの前の二人は、同時に固まった。

それまで動じる様子を見せなかったリーベリでさえも、その一言に思わず一歩後ずさる。

哲也

嘘だ!

あいつは、三船は嘘つきだ!! 押すな親父、押しちゃダメだ!!

三船の声

わかっているとも。息子を捨てても鍛冶町を取るか、あるいは息子を救うべく鍛冶町を手放し、借金を背負うか……実に難しい決断だろう。

鉄斎の声

金なんぞが……そんなに大事か?

財産、シノギ、肩書、土地、そんなもんは全部どうでもいい。

だが、お前みてえな頭のてっぺんから足の先まで腐り切った野郎に頭を下げることだけは……

三船の声

それでも、あんたは頭を下げることになる。

かつて悪鬼の刃から救ってやれなかった哲也のために――そして、危うく裏切り者にされかけている哲也のためにな。

鉄斎の声

……

約束しろ。哲也だけじゃなく、星熊と、吉星、萌々香の命を奪いはしないと。

三船の声

もちろん、そんなことはしないさ。

哲也

親父! 俺はそいつに――そいつに騙されたんだ! あんたまで騙されるんじゃねえよ!

あんたは、天下に知られた金石会の鉄斎会長で、俺の親父だろ! なあ親父! 親父!!

こんなの間違ってる! あんたはそんな奴じゃないはずだ!

俺の親父は冷酷で、手振り一つで御机の裏社会をひっくり返せるような大悪党で、母さんを死なせた張本人なんだぞ! そんな奴が、こんな……!

親父――

朱肉に染まったその手が、静かに書類に押し当てられる。老人はその瞬間、魂が抜けてしまったように見えた。

三船の声

ああ、これでいい。

ところで、ここまでのあんたの様子は、最初からずっと息子のもとへ映像として届けておいたからな。あいつはきっと、あんたに感謝していることだろう。おっと、礼はいらんぞ。

鉄斎の声

なんだと!?

三船の声

あいつはいつも、無意識に俺を自分の同類と見なしていた。俺もまた、あんたに見放された無価値な人間で、誰かの代わりにすぎないのだとな。

今日、あいつがこの経験から学んでくれるよう願おう。自分がこの世で一番憐れな人間だなどと思ってはいけない、ということをな。

自分のために最後の尊厳すら投げ捨ててくれる人がいることが、どれほど幸運かを理解してくれるといいが。

すると、鉄扇が振り下ろされ、先ほど拇印が押されたばかりの紙が両断された。それでも、三船はただ冷ややかに笑うばかりだ。

撮影機材が動かされているらしく、画面が揺れ始めた。


三船の声

カメラはここだぞ。

鉄斎の声

てめえ……騙しやがったな? 哲也にこれを見せたってこたぁ、初めから……あいつの命を救う気なんざなかったのか?

星熊を騙して、哲也を騙して、てめえに何の得があるんだ!?

三船の声

騙したなどと言われるのは心外だな。

星熊は、かつての自分の選択が独りよがりの願望に過ぎなかったとようやく知ることができた。

哲也は、あんたに愛されていることをようやく知ることができた。

それに、あんたもわかっただろう?

今となっては、この御机にはあんたの偽善に満ちた金石会なんぞ必要ない。あんたのしてきたことはすべて、自分を欺いていただけで――


突然、スピーカーから耳をつんざくようなノイズが響いた。それはカメラが床に叩きつけられた音だ。画面は真っ暗になり、ただ音だけが冷淡に伝わってくる。

鉄斎の扇と、三船の刀がぶつかり合い――

かろうじて足を動かす音が聞こえて――

刀が身体を貫く音がした。

哲也

……親父?

床に、血が滴り落ちる音が響く。

哲也

親父――

そして、誰かが倒れこむ音が聞こえた。

哲也

親父!!!

哲也

こんな死に方していいはずないだろ! あんたは抗争や、サツの包囲の中や、母さんの仇討ちで――俺の刃で死ぬべきだったんだ! こんな――

こんなっ――

お、俺のために……こんなふうに、いいように弄ばれて……死んじまうなんて……!!

あんたは親父失格だけど、俺だって……あんたに命を投げ捨ててもらうほどの価値なんかない!

どうして俺のためにこんなことしたんだ!? なんで、俺みたいな役立たずのために……!!

親父……!


澪

三船……さん?

ええ、あの忍者と交代しました。

彼の反応ですか? ……言いたくありません。あなたなら、想像がつくはずです。

もう……用済み、ですか?

――わかりました。ほかには何かございますか?

はい。では、萌々香を捕らえておく場所を手配します。

お待ちください、もう一人いたはずでは? あの吉星という娘は――

……

哲也

あんた、澪、だったよな?

澪

……

哲也

俺を殺せって三船から命じられたんだろ?

あいつは、綺麗さっぱり始末したいと思ってるんだろ!?

なら、さっさとやれよ。早く殺してくれ。

さもないと、俺は爪でも歯でも何でも使って、お前を殺してここを出て行ってやるぞ。

澪

……

行って。

哲也

……なに?

澪

私の気が変わる前に、出て行って。

二度と戻って来ないでね。


もう陽は沈んだのだろうか?

鉄斎にはわからなかった。

彼はもはや、時間の感覚を失っていたのだ。

それでも、三船に斬られ倒れたことと、腕を掴まれ、新たな書類の上に拇印を押させられたことまでは覚えていた。

その後、足音が遠ざかり、視界が徐々にかすんでいき、目の前が次第に真っ暗になって……

このすべてから一刻も早く離れてしまいたいと、彼が願ったその時――


???

叔父貴!?

馴染み深い声が聞こえた。老人は、罪悪感からか、未練からか、あるいは単に、自分の無様な死に様を星熊に見せたくないと思ったからか、よろよろと立ち上がる。

鉄斎

……星熊……

星熊

誰にやられたのですか!? もしや金兵衛に!?

鉄斎

俺は、鍛冶町を守れなかった……般若も、お前に……残してやれなかった。

星熊

萌々香と吉星はどこに?

鉄斎

……

金兵衛の奴が、言ったことには……一つだけ、正しいもんがあった……俺は、会長の座に就いてから……いつからか、全部を将棋に、見立てるように、なっていた……

駒を進めて、取り合って……また駒を持ち、打ち込んで……

だが、そのうちに……忘れちまってたんだ。ほかの奴から、すれば……俺も、駒の一つでしかない、ってことを……

逃げろ、星熊……金兵衛には、敵わん……ここから、このどうしようもない土地から離れて……帰るんだ……龍門に……

星熊

そんなことはできません!

叔父貴、まずは座ってください。すぐに医者を呼びますから、意識を強く保って――

鉄斎

げほ、げほっ……医者なんざいらねえ! 俺はもう終わりだ……まだわかんねえのか……

星熊

叔父貴――

叔父貴、私はここにいます。最後までそばにいますから。

ですから……そちらにかけてください。しばらく、一緒に過ごしましょう。昔みたいに……

星熊は死にゆく老人を支えて、彼をゆっくりと座らせた。

彼女は遠く、屋敷の高い塀を見やる。すると外で警告灯が交互に点滅するのが見え、履帯が地面に轍を刻む音が聞こえてきた。

しかし、鍛冶町が死したあと、その跡地がどうなるにせよ、今の彼女にそれを考える余裕はなかった。

彼女の頭にあるのは、今にも息を引き取ろうとしているその人のそばについていなくては、ということだけだった。

老人の呼吸はますます低く、弱くなっていたが、それでも彼はついに、履帯の振動を感じ取ってしまった。

彼は恐怖を感じたように顔を上げ、遠くを見やったが、何も見えてはいなかった。彼の耳にはただ、何かの轟音だけが聞こえている。

鉄斎

外から……何かが聞こえる……よく、聞き取れねえが……

星熊……あれは、なんだ……?

星熊

……

あれは――

星熊は言葉を詰まらせた。

そしてしばらくして、喉の奥から小さな声を絞り出した。

星熊

花火大会の……合図ですよ。

鉄斎

花火大会……? もう始まったのか?

星熊

ええ、みんな準備を始めているようです。ほら、ますます賑やかになってきていますよね?

鉄斎

そうか……そうか……鍛冶町が、こうも賑やかなのは、久しぶりだな……

老人の顔に笑みが浮かんだ。

ショベルカーが屋敷の高い塀を突き崩し、家屋の梁が揺れ始める。

そう遠くない場所で、パチンコ屋の機械が次々と踏みつぶされていく。パチンコ玉がその中から飛び出して、宙を舞っていた。

星熊

花火の音ですよ……叔父貴……聞こえますか?

鉄斎

ああ……


花火が弾け、太鼓が打ち鳴らされ、人々がざわめく声が聞こえる。

鉄斎は、大地の震動を感じては、それを祭りの賑わいが地面を震わせているのだろうと思った。

そして、かすかなクラクションの音を聞いては、それを街の外にひしめく客らの車から聞こえるものだろうと思った。

彼は、自分の鼓動が次第に遅く、遅くなっていくのを感じ……

鉄斎

ダメだ……

俺は……まだ……

最期の瞬間、彼は幻覚を見ていた。血が激しく流れ、鼓動は再び早くなり、死にゆく老人は彼方の落日を登る朝日と思い込んで――


そのしわだらけの両手が、力なく落ちた。


星熊

……

疲れた警察官

通報通り、遺体を発見しました。そばには……星熊と見られる人物がいます! 奴が容疑者かと!

星熊

……

これも金兵衛の筋書きか?

疲れた警察官

無駄口を叩くな。我々と共に来い。

星熊

答えろ。警察に通報し、死にゆく叔父貴と一緒にいる私を目撃させて、再び殺人の罪を着せる……

これも金兵衛の筋書きなのか?

通報したのは奴の手下なんだな?

疲れた警察官

……

星熊

……そうか。

先頭の警官が口を開くよりも早く、高く跳び上がった星熊は、見慣れた相手を目の当たりにした。

そこにいたのは、ヤクザと忍者だ。

星熊

お前たちもグルなんだな?

警官は足元に視線を落としていた。一方で星熊は、なおも鞘に納めたままの刀を振るい、薄くも避けがたく訪れる夕暮れの中に、一筋の切れ間を作ろうとしていた。