聖山降臨1101 OS-1・戦闘前
悲嘆の声
第一隊は、物資を東の空地へ運んでくれ。
ペイルロッシュの増援と協力して、医療用テントを建て、負傷者の受け入れに備えるように!
了解!
第二隊は、雪かきスコップと支援用の酒を持って、被害を受けた駅周辺の生存者の捜索を続けてくれ。助けを呼ぶ声を聞き逃さないよう、注意深く進めるように。
了解! 全員、荷物を持って私に続け――
くれぐれも大きな音は立てるなよ。山上の状況がわからない以上、二度目の雪崩が起きる可能性も否定できないからな。山頂には、すでに調査隊が向かっているが……
仲間たちを、そしてイェラガンドのご加護を信じよう。
我らのイェラガンドに。
……我らのイェラガンドに。
我らのイェラガンドに。
さあ、時間は待ってはくれない。すぐに行動開始だ。
はい!
声を揃えた返事が冷たい風の中に消える前に、シルバーアッシュ家の従者たちは雪上に散らばり、各々の方向へ駆け出した。
この場にいるのは彼らだけではない。かの白き崩壊は、平穏な日常に深い傷を残すに至ったからだ。
こちらです! こちらにも生存者が一名!
おい――持ちこたえろ! イェラグ人なら、歯を食いしばって耐えるんだ! 絶対に目を閉じるな!
足が、俺の足が……
足が動かないんです……俺の足はもう……ぐっ……!
無暗に動くんじゃない! ――そこのお前ら、状況を報告しろ!
雪を掘り、中を確認しましたが、要救助者の足が鉄筋に挟まれています! この鉄筋をどかせなければ、医者を呼ぶしか――いや、落ち着け俺……もう少し掘ってみます!
ふぅ――はっ! よし……鉄筋はどかせました! あとは持ち上げるだけで引っ張り出せます!
力仕事なら任せておけ。お前たち、やるぞ!
しっかり掴めよ。せーの――はあっ!
う、ああっ……痛い……
よし、隙間ができたぞ! 急げ、引っ張り出せ!
手が届きました! ゆっくり持ち上げて……布を下に敷かないと。いいぞ、焦るな、ケガしたところを引っかけないように……
このままゆっくり引っ張れば――よし! 救助できました! 担架をお願いします!
道を開けてください! 担架が到着しました!
押し殺したような叫び声と、それに差し伸べられる救助の手、行き交う担架と、どこかにいる生存者。
白く広大な雪の上を、無数の人々が忙しなく駆け回っている。顔を火照らせ、汗を滲ませながら。
グロ、ここはお前に任せた。注意深く事に当たれよ。助けられる人間は誰一人見落とすな。
わかりました! ですが……旦那はどちらへ行かれるんです?
アークトス様……南側の救助活動は終わられたのですか?
いいや、まだだ。
向こうはグロに任せている。俺はお前に用があってきたんだ。
わかりました。こちらは比較的順調ですので、ご心配なさらず。ブラウンテイルからの増援が、毛布や食料をたくさん持って到着してくれましたから。
ラタトス様はご自分で出向きたいとお思いだったようですが、どうにも手が離せない状況のようです。
……まあ、それもやむを得んだろうな。
皆、事情はわかっている。誰もあいつを責めなどせんさ。
しかし……*イェラグスラング*、なぜこんな災害に見舞われねばならんのだ!
今回の雪崩は、何の前触れもなく唐突に起こりましたから、誰一人備えることができなかったというのが一因ですね。
ああそうだ、俺はまさにその件について話しに来たんだ!
知っての通り、イェラグの掟において、領地内の雪山の管理はその領主に任されている。この雪崩の発生地点は、ペイルロッシュ家の領地だった。
俺たちはずっと積雪量の記録を続けていたし、俺自身何度も確認していた。どこにも異常はなかったはずだ。にもかかわらず、この雪崩は発生した!
だからお前に聞こうと思ってな。お前たちのところにある、何とかいう研究所には、雪山を専門として調査している人員がいるんだろう? その連中は何と言っているんだ?
研究所というと……ライン生命のですか?
ああ。毎日山を駆け回って、何やらハイテクそうな装置をいじっているあいつらなら、何も発見していないということはないはずだろう?
理屈の上ではそのはずですが、彼らにもそれぞれの仕事がありますから、雪山の研究にのみ注力していたとは限りません。
加えて、我々は雪崩の発生後、すぐに現場へ駆けつけてきましたので、彼らが何かを発見したかどうかは現状把握していないのです。
とはいえ、エンシオディス様がデーゲンブレヒャーさんの部隊を山の調査に派遣していますので、恐らくそちらもすぐに戻ってくるかと。
そうか……
チッ、どうにも気味が悪いな。この雪崩、一体どうなっているんだ……
山風は雪を巻き込み、うなり声を上げていた。小山のような背丈の男は振り返る。山の麓に立つ彼は、沈黙する山々の前では小石のように見えた。
あれは……
崩れ落ちてきた雪がすべてを白一面に覆った光景の中、数人が山道を駆け下りてきて、ほどなく二人の前までやってきた。
マッターホルンさん!
至急、エンシオディス様にお知らせしなくてはならないことが! や、山で見つけたものがあるのです――
調査隊員は顔面蒼白で、彼のはいた毛皮のブーツの底には、踏みつけられ汚れた雪がじっとりと冷たい灰色になって固まっている。
急ぐあまりに荒げた呼吸が風に混じって、不気味なすすり泣きのように聞こえた。
合意の大枠については、代表の皆様、どなたもご異存ないようですので、これよりは具体的な内容について話し合いを行いましょう。
まずは第一項、イェラグとカジミエーシュの共同採掘場における税務についてですが――
(小声)会長、デーゲンブレヒャーさんから重要なご報告が。外でお待ちになっています。
……今すぐにか?
(小声)はい……緊急の報告だそうです。
急を要することだと聞いたが。
調査隊が、雪崩の発生した山でこれを見つけたの。
デーゲンブレヒャーが手袋をはめた手を差し出した。その手のひらには、黒い源石の欠片が乗せられている。
……イェラグの山で見つかったのか?
駅近くのあの雪山がイェラグ領内にあるとすれば、そうなるわね。
ノーシスとロドスの人員にも確認したから、ほぼ確実に……
デーゲンブレヒャーは辺りを見回し、第三者がいないことを確認してから、声を落としてこう告げた。
今回の雪崩は、天災よ。
……
それを知っている人間はどれだけいる?
調査隊はうちの部下だから、現状は口留めできる範囲だけど、麓ではもう少なくない数の感染者が見つかっているわ。
恐らく長くは隠せないでしょうね。
……
ただちに災害の起きた現場を封鎖し、物資を運ぶ民間人を近づけないようにしろと、マッターホルンに伝えてくれ。加えて、山上にも関所を設けて対応してもらいたい。
それと、ロドスにも連絡を取り、感染者の治療は秘密裡に行うように依頼してほしい。何か支援が必要であれば、カランド貿易に連絡してくれ、と伝えるんだ。
そのうえで、ラタトスとアークトスにも、一時間後に被災した駅で会おうと連絡してくれ。必ず時間通りに来てほしいと念を押しておくように。
了解。他に用件はある?
……お前自身は人手を連れて、すぐ蔓珠院に向かってくれ。
それと……ノーシスには、人員を率いてライン生命観測所へ向かってほしい。彼らの保護を頼みたい。
わかったわ。
エンシオディスは服の乱れを整えると、踵を返して会議室に入っていった。
お待たせして申し訳ありません。それでは、続けましょう。
改めて、第一項、イェラグとカジミエーシュの共同採掘場における税務についてですが――
……
バカな……こんなことが起きるはずがない!
どの経典にもこのような預言は記されてはいなかった! イェラガンドが天災を以て我らを罰されるなど、ありえぬことだ!
ですが、すでに起こってしまったではありませんか! 主はお怒りになり、我らの元を去られたのですよ!
それ以外の理屈で、今起きているこの天災を説明することなどできますまい!
蔓珠院の外に集う人々をご覧ください! 彼らは皆イェラガンドの敬虔な信徒であり、イェラグの善良な民なのですよ!
その彼らに向かって――皆が家族を失ったことも、苦難にさらされたことも……すべては理不尽に降り注いだ災いであったなどとお伝えになるおつもりですか!?
今は人心が乱れており、信仰に疑問を持つ声も後を絶たん……だがそうした時なればこそ、我らの信念はより揺るぎないものでなければならぬのだ。
これが、イェラガンドより下されし、我らの信念の強さを確かめるための試練ではないなどと、どうして断じられようか?
イェラガンドはイェラグを見捨ててなどおられぬ……主が理由もなくイェラグを罰するはずがあるまい。
しかしこれは、我らがイェラガンドに背いたがゆえに起こったのではないかと――
そう言いかけたところで、若い修道士は本堂中央に座る巫女を一瞥してから憤った様子でうつむき、一言も話さなくなった。
遠慮なさらず、思ったことをそのままお話しになってください。
巫女様……
私は、これはイェラガンドの下されたお怒りであり……警告だと思うのです……
そうなさったのは、恐らく、蔓珠院が……我らが誤った決断を下したからでしょう。
あの信仰なき者たちが、カランドに何やら建物を築こうなどというのを認めるべきではなかったのかもしれません。我らはあくまで、毅然とした態度で拒むべきだったのだと思います……
仮に、あの者たちがイェラガンドの聖域を穢したことで主がお怒りになられたのでないのなら、イェラグになぜこんなことが……
彼の声は次第に小さくなっていったが、一方で震えは徐々に収まっていた。それにつられるように、本堂全体が静まり返り、反論の声を上げる者もいなくなった。
なるほど。
あなたは、巫女である私がイェラガンドを冒涜するような決断を下したことが、イェラグにこのような天災を招いたとお考えなのですね。
い、いえ、そういう意味では……
そうではなく、あなたの意見はとても参考になるというお話しです――今は麓にいる信徒たちのみならず、ここに座る皆様の中にも、同じ考えを抱く人が少なからずいるはずですから。
これが現状なのです。人々は蔓珠院に疑いを抱き始め、皆様の心も不安に揺れつつある……
ファンゴット修道士とロノア修道士、お二人のうち一方は、「イェラガンドは今も我らをお守りくださり、神の恩寵は永遠である」と考えておられます。そしてもう一方は、イェラガンドはすでに……
少女はうつむき、しばし考え込んでいた。その真っ白な顔は氷面のような静けさをたたえている。
では、お二人とも。『イェラガンド』に記された三度の「守護」についての部分をそらんじてくださいますか。
……はい、巫女様。
『イェラガンド』七ページ九行目に記された、第一の守護。
「ゆえに主は傍らの牧童にこう語られた――」
「我は汝らの庇護者となり、汝らの支えとなろう。」
「我は森で狩りをし、地に種を撒こう。汝らが凍えて死ぬことも、飢えて死ぬこともないように、毛皮と食べ物を与えよう。」
「――まさにこの時、主は我らを寒風と飢餓からお守りくださったのである。」
『イェラガンド』二十五ページ十七行目に記された、第二の守護。
「かくして、人々の中に守護者が生まれた。彼らは七色の彩雲の中で目覚め、雪解け水に潤された土で高壁を築いた。」
「まさにこの時、主は我らの家と家族をお守りくださり、外敵を退ける術を授けられたのである。」
そして……『イェラガンド』三十九ページ二行目に記された、最後の一節。
「その日、主は人々の中でこう説かれた。」
「――我が目は汝らを見守り、我が毛皮は汝らを暖め、我が背骨は汝らを守り、我が血肉は汝らへの祝福となる。」
「汝らはすでに風雪の理を知り、いかに歩むべきかを悟った。」
「ゆえに、汝らは今やイェラグの民である。このイェラグの地は、この時を以てすべてが……イェラグ人の手に委ねられる。」
よろしい……
では、皆様に問いましょう。経典『イェラガンド』の中には、イェラガンドがイェラグを天災から永遠に守るであろうと記された一節は存在しますか?
まさかあなた方は、イェラガンドに代わって、民にそのような約束をしたというのですか?
本堂の中に座る多くの修道士はその言葉にうつむき、黙り込んだ。
針の落ちる音すら聞こえそうなほどの静寂が満ちる。香の匂いは一人一人の鼻先を漂っていたが、この対話の中では、呼吸までもが凍り付いてしまったかのようだった。
……巫女様の、おっしゃる通りだ。
イェラグに天災が降りかかったことで、命を失った者もいれば、病に伏した者も多くいる。
そして、その知らせが雪境全土に広まりつつある今、恐怖や不安、それ以上の悲しみ、果てには怒りまでもが、イェラグの民の身に沸き上がり始めている。
このような時に我らがなすべきは、解決策を探すことだ。
ええ、それが当然のことでしょう。今は争っている場合ではありません。私が述べたことも、皆様が混乱と偏見に陥ることがないよう戒めるためのものなのです。
ここにおいでの皆様は、イェラガンドの信徒たる己が口にする言葉の重みをご存知のはず。ならば今より、蔓珠院の者として、イェラガンドの罰などというものを軽々しく語らぬようにしてください。
――私は明日から蔵経閣に入り、経典を読み解いて、主のお声を聞くことに全霊を注いで参ります。
アドソ長老。
はい。
あなたはすでに、大長老の位を引き継がれた身。私が籠っている間は、蔓珠院の一切の事務をあなたにお任せいたします。
信徒の心を鎮めること、葬儀を執り行うこと、被災者の心を慰め死者を慰霊するための写経を行うこと、そのいずれも怠ってはなりません。すべてに心を尽くし、誠意を以て取り組んでください。
かしこまりました……
我らは信じねばならないのです……
……イェラグはこれまで幾度もの風雪と困難を乗り越えてきたのだから、此度もきっと乗り越えられると。そして、蔓珠院はこれからも永遠に、イェラガンドの民と共に在るのだと。
ふぅ……
よかった、幸いそこまで大きな混乱は起こさずに済みましたね……
少女は深く息を吐き出すと、机の上に身を伏せた。雪中に立つ松のようにまっすぐに伸びていた背筋から、ようやく力が抜けていく。
まったく、どうして人々はいつも、神を願いを叶える機械か何かのように扱うのやら。世の中の幸も不幸もすべて神のせいにしたがるんですから……
もちろん、巫女である私がこんなふうに考えるのは、良くないことだとはわかっているのですが……
でも、本当になぜなのでしょう。よりによってこんな時に天災が来るなんて……
はぁ……
ヤエル、やはり着替えをしようと思いますから、侍女たちを呼んできてもらえますか?
葬儀の準備は整っていますし、明日より私たちは……ヤエル?
そう呼びかけても、ただ風と炎の音ばかりが響いており、室内は静けさに満ちている。
エンヤは振り返り、そこでようやく、室内に誰もいないことに気付いた。
ヤエル……いないのですか?
常に巫女の傍らに控えているはずの侍女長は姿を消しており、暗い部屋の中には、炎に照らされて長く伸びたエンヤの影だけが揺れていた。
ヤエル……?
エンヤ……
正直に……答えておくれ……
おぬしには、まだ……イェラガンドの声が……聞こえておるのか?
薪が爆ぜるパチパチという音が、空っぽの部屋に響いている。
窓の外では風が吹き荒れており、カランドの下からは、当惑する信徒たちの嘆きの声が遠く聞こえてくるようだった。
エンヤは、初めてこの巫女の部屋に来た時の心持ちを今でも覚えていた。
初めて見る室内に、慣れ親しんだものとは異なる匂い、そしてここから見えていながら、二度と自分自身の名で戻ることはできない我が家。当時の彼女もこの部屋は雪洞のように空虚だと感じていた。
けれど、その後彼女は、ここで誰かと共に過ごすことに――心の内をためらいなく打ち明けて、頼ることのできる人がいることに慣れていった。
しかし、今は……
机の上には広げられたままの『イェラガンド』の古い巻物があり、化粧鏡には戸惑う少女の顔ばかりが映し出されている。
ヤエル……
……いつまでもそばにいるって、約束してくれたじゃないですか。
一体……何が起きているの?