辞歳行 TA-1・戦闘前
激石波
望日三日前
――!
……雷鳴か。
ああ、ただの雷だ。
もう晩秋だ。もし動けないまま冬に入って雪でも降ってしまえば、かなり歩きづらくなるだろう。
……ふん。
フェイゼ……君は帰るべきだ。
「帰る」だと?
どこに帰れと言うんだ? まさか龍門に?
君が知りたがっていたことは、全て話した。
もう理解できるだろう。今起きていることは、君とは無関係だ。
まったく嘆かわしいものだな……伯父さんもずいぶん年を取ったものだ。
五年前のお前なら、とっくに私に剣を向けていただろう。
君の性分も、やはり変わったようだ。
この宿場に泊まっていた数日間、君はあまり多くを聞いてこなかった。
ああ、簡単なことだ。やはりまだお前のことは信じられない。
お前が話していた……件の太師について。お前の弟であり、私の知らない「もう一人の伯父さん」について。そして先代の真龍について。
私は彼らについて意見を述べる立場にない。強いて言うなら、炎国のあらゆる決定権がお前に委ねられなくて安心したくらいだ。
その点については、私も否定できんな……
お前が百灶を離れた時に一体何を考えていたのか、私の母がなぜお前と共に龍門へ向かったのか、そしてなぜそのまま留まったのかについては、まだ知りたいと考えている。
だが、今ここでお前の口から真っ当な答えが得られるとも、過去の数々の出来事について客観的な話が聞けるとも思っていない。
だから私は、自分で調べ上げるつもりだ――ここで帰ったりするものか。
お前には、いつも肝心な時に事を台無しにする才能があるからな。特にこのような、お前自身に関わることでは尚更だ。
お前がまたバカな真似をしでかすのを防ぐため、なんならお前を守るためだと思ってもらっても構わない――何を言われても、私はここに留まるぞ。
お互い無駄な労力を割くのはよそう。
……
フェイゼ……ここ数年、君は――
変わっていない。話すほどのこともないな。
もし話す気になった時は……
チェンは窓の外に目を向けた。
遠くの移動都市の灯りが消えて、すでに数日が経った。夜の闇に滲む百灶の輪郭は、まるで身を屈めた巨獣の背中のようだ。
彼女は想像しようとした。自分にとっては実在が証明されたばかりの、古の伝説に登場する巨大な生物を。
霧のような秋雨が、無秩序に、絶えず窓を叩いている。
……まだ知らせはないか。
それ自体が何よりの知らせだ。
事ここに至っては、もはや起こりうる問題を避けることはできないだろう。
もし百灶に何か一つでも異常な動きがあれば……玉門は即座に開戦する、と言ったな。
お前の言う「歳獣」が起こすだろう動乱も、この一戦の結末も……誰も予想できない。
ああ。
これが炎国が千年以上にわたり隠し通してきた秘密か……お前たちは本当に似た者同士だな。
……だが、不可解だ。
事態が差し迫っているというのに、ここ十日間で玉門と百灶の間をトランスポーターが往復した回数は三回にも満たない。
戦時下の玉門らしからぬ状態だ。
ウェイ閣下、客人が来ました。
こんな時に……
通せ。
ご無沙汰しております、ウェイ閣下。
……
太傅もお変わりないようで。
……!
あなたが……太傅殿か?
……
これは予想外ですな、陳家のお嬢様もおられるとは。
なぜ私のことを……
チェンは、この老人と一度も会ったことがないと断言できる。
威厳とも慈愛ともつかぬ眼差しが身を掠める。その一瞥だけで、老人はこちらの正体を見抜いたのだ。
続けて、老人はその底知れない視線をウェイに向けた。
これは別件なので、話せば長くなります。
そうか。
お主は、わしの意見を聞き入れてこの宿場に留まったのだな。
太傅の言葉に従わない道理などございません。
しかし先のトランスポーターに次いで、今日は太傅自らお越しになるとは……
ウェイ閣下には綿密に説明しておかねばならぬ話なのでな。
……
フェイゼ、しばらく席を外してくれ。
その必要はない。
これから話すことについては、彼女の耳にも入れた方がよかろう。
……
……
承知した。
現在の百灶の状況は……
中秋が過ぎてから、陛下はあやつに特例として歳の陵墓に入ることを許し、歳獣の災いを平定させようとした。
だが時が過ぎ、望日を迎えようとしているが、未だ陵墓内部に動きはない。
さらに今この時、炎国周辺には五体の巨獣が居座っており、我々にその真意を知る術はない。
天機閣の天師も、選りすぐりの戦士も、すでに巨獣の所在地へと向かった。炎国はこの戦いを恐れはせぬ。
だが最悪の結果は、何も五体の巨獣と同時に戦争を始めることではない。
まさか……
「真意を知る術はない」――か。白髭の老人め、ものは言いようだな。
千年も続く血脈の仇が家の前まで来て、まさか手土産を渡しに来たとでも?
む……?
今……何と言った?
……
この期に及んでは、開戦を唱える声も少なくないでしょう。
もはや、重要なのはどちらか一派の声ではない。
おそらく、炎国にはもう選択肢が残されていないのだ。
こういった状況に対して、朝廷は無数の対応策を用意していたはずですが。
その無数の対応策をもってしても、精々辛勝が関の山だろう。
だが、これまで考えなかった手段も確かに残されている。
……!
太傅、どうか教えていただきたい。まさか我が弟が、自ら「不反」を発動させるなど――
あのお方は真龍、炎国の真龍だ。
万が一炎国が止むを得ぬ事態に直面した場合、それを行えるのはあのお方をおいて他におらん。
……バカげている!
ウェイ閣下。
事ここに至れば、もはやとぼける必要もなかろう。
龍門に送られた密書は、禁軍が動くまで誰も知らぬものだった。しかし今日わしがお主を訪ねたことは、誰の目からも隠れていない。
お主であれば理解できよう。
……
そういった過去の出来事は……四十年前のことでも、千年前のことでも……断じてそのような形で片付けられてはなりません。
……断じて、代償を払うべき者は彼ではないのです。
最悪の局面を望む者などおらん。だが、己を欺いてもならぬ。
一つ、ウェイ閣下に釘を刺しておかねばならぬことがある――炎国のため、そして天下のためにもな。
奥の手は、残しておくように。
少しいいでしょうか?
私には話が読めないのですが、太傅の言う「奥の手」とは一体何のことでしょうか?
あなたが先程おっしゃったことと、ウェイには……どのような関係が?
まだ分かっていないのか?
奥の手は奥の手、しくじった時に打つ手のことだ。
……なんだと……?
一体……何の話をしているんだ?
国は一日として君主を欠くべからず。真龍を失えば、当然別の真龍が必要となろう。
父死せば子が代わり、兄退けば弟が前に出る。何千年もそうして続いてきただろう。
そして、もし他に誰もおらんようになった時は、この小娘が真龍になる番さ。
……何をふざけたことを!?
……
……フェイゼ!
二人とも……
今の声が……聞こえなかったのか?
……一体……
ウェイ閣下。
今すぐに全ての利害を理解せよと強いるつもりはない。
行動する前には熟慮を重ねるべきだ。しかし、今は如何せん時間が逼迫している。
くれぐれも気をつけたまえ。
……太傅、お送りしましょう。
結構だ。
……
わからない……太傅は一体何を話していたんだ?
聞いた方がいいと言われたから残ったが、私にはさっぱり理解できなかった。
フェイゼ……
今にも大戦が始まろうとしている炎国で、お前は奥の手を残しておく必要がある。なぜだ?
「不反」「巨獣」……それらは一体、お前とどのような関わりがある?
……
フェイゼ。
私はこれまで、数多くの過ちを犯してきた……私自身が生み出してしまったものもあれば、力及ばず阻止できなかったものもある。
今の私の目的はただ一つ、もはや変えることのできない過ちが、君たちに害を及ぼさないよう食い止めることだけだ。
君であれば、私たちより多くのことを成し遂げられる。私はそれを一度も疑ったことがない。
……こんな時に、そういう話はよせ。
それともう一つ。
タルラは……
教えてくれ。最後に会った時、彼女は元気だったか?
ふん、こんな時に教えてやるものか。
もし本当に彼女を気にかけているとしても、こんな時に尋ねるな。
フミヅキさんは、お前がいつまでも頑固親父でいることを望んでいないんだ。あの人はお前の安否を心配しているし、私も――
……もしお前が、本当に自分以外の誰かを大事に思っているなら、その人たちを振りほどくような真似はしないでくれ。
伯父さん……
一体何をするつもりなんだ?
……
その話しぶりでは、タルラは元気にしているようだな、少なくとも悪い知らせはないようだ。
……今の返答だけで、軽々しく決めつけるな!
彼女がどんな犠牲を払って、最後はどのような目に遭ったか、何も知らないくせに――
……
もういい……
一人で過去の感傷に浸っていたいのなら、好きにすればいい。
私は外の空気を吸ってくる。
……
霧のような秋雨は止む気配もなく、とめどない思いのようにつきまとう。
ウェイ、お前とお前の街――この上っ面だけを綺麗に飾り立てて、中身の腐り切った街にはもう……
うんざりなんだ。
……
どこへ行くんだ?
北に戻る。
北の採掘場に、私たちの助けを必要とする者たちがいる。
これ以上待ってはいられない。
今すぐにか?
ならばこの農場と、ここに残る人たちはどうする?
同胞の一部はここに残る。彼らで互いに助け合えるだろう。
もしその気があるなら、お前も残ってくれて構わない。
……お前を放っておけるか。
そうか、ならば我々と共に来るといい。
できれば、お前の助力が欲しいからな。
だが――
フェイゼ。
お前の話を信じている。感染者を裁くことができる……と同時に、受け入れられる場所が本当に存在するのかもしれない。
だが、ここではない。過去にも存在しなかったし、現在もまだ存在していない。
あるとすれば未来、我々の向かう先にだ。
前に進まなければ。
私たちは前に進んだはずだ……だが、今はどうだ?
過去は結局私に追いついてきたのか……それとも、私が掘り起こしてしまったのだろうか? いや、過去が本当の意味で過ぎ去ったことなど、一度もなかったな。
タルラ、お前なら……今起こっていることを見たのがお前なら、何を思う?
ふん、慎重が過ぎて優柔不断、勇気はあっても決断力が足りないときた。
結局この娘は、先祖のようにはなれぬか。
この千年で、祖龍の血を引く者が少なくとも数万人はおったであろう。そのうち英雄は何人で、凡人は何人だ?
その数万分の一程度の血で、何が決まると言うのかね?
だが、この娘は今も状況が分かっておらず、まるで夢見心地ではないか。いかにして重責を担う?
それは老木のように頑なで、頭でっかちで、おまけに口まで固いあの老人どものせいだろう。若い世代だけを責めるのは可哀想というもの。
この娘も、ここまでの道程で不思議な体験をしてきたようだ。剣に依る蛮力の外にも、何かしら優れたところがあるのだろう。
一体何者なんだ!?
これ以上私を惑わすな!
……姿を見せろ!
どこからか、不明瞭な声が再び響く。チェンは今度こそ内容をはっきりと聞き取れた。
そこでようやく、今夜ずっと自分に付きまとっていた声が幻覚ではないと確信した。
やれやれ、なんという娘だ。見識は狭いというのに、そのくせ気だけはやたらと強い。
とはいえ、その心意気や良し。真に知りたいのであれば、己の目で確かめるとよかろう――
――!?
何がどうなっているんだ……
この音は?
……宿場の方からか?
む……?
お嬢様。
どうした? 皆してここに立って……何かあったのか?
お嬢様が最後にウェイ閣下とお会いになられたのは、いつ頃でしょうか?
半刻足らず前だな。
そうですか。ではお嬢様も、今閣下がどこにおられるかご存じではないと。
待て、それはどういう――
およそ二刻前、閣下は我々を下がらせ、部屋で休むとおっしゃいました。
しかし先程、店主が料理を運び込もうとしたところ、部屋に誰もいないことが判明したのです。
宿場を隅々まで捜索いたしましたが、閣下の姿は見つかりませんでした。
閣下は現在、所在不明です。
……
書き置きはない。
空っぽの部屋は、まるで最初から客が来ていなかったかのようだ。
まさか、またお前たちの前から姿をくらますとはな。
またか……ウェイ・イェンウ、またなのか。
お嬢様、閣下は先日、真龍からの親書で都へと招かれました。我々の引き止めも聞き入れてはいただけず、こうしてお供していた次第です。
推測ですが、閣下はお一人で都に向かわれたのではないかと。
閣下の護衛を果たせなかった我々は、到底許されるべきではありません。ですが、もし今の都に我々が押し入れば――
安心しろ。
チェンは影衛の言葉を遮った。
何にせよ、奴が誰にも知らせず去ったことは事実だ。
今回は……絶対に逃がしはしない。