辞歳行 TA-9・戦闘前
気合
次から次へと……
危ない!
この怪物ども、どこから湧いてきたんだ。どれだけいやがる!?
減るどころか、むしろどんどん増えてきているぞ。
……聞いた話じゃ、北三営はすでに半数がやられたそうだ……
なんだと!?
気づいてるか? いつの間にか、怪物どもがどんどん実体を帯びて、攻撃性も増してきてる……
*炎国スラング*、援軍は一体いつ来るんだ。
このままじゃ、すぐに矢も食糧も尽きちまうぞ――
立て。
国土を守ることは我らの使命だ。懈怠は許されぬ。
禁軍!?
総員、陣を整え敵を迎え撃て。
市中で乱を成す罪深きものどもを殲滅せよ。命ある限り退いてはならぬ。
陛下におかれましてはご機嫌麗しく。
太尉の病もすっかり快癒したようで……何よりだ。
今更、何用があって参った?
よもやお忘れではありますまい。昨日、朝議へ参じるようにとのお言葉を賜ったためです。
おおかた、病で臥せっていたので時がわからなくなっているのだろう……朝議はとうに終了した。来るのが遅かったな。
遅れてはおりませぬ。陛下……明日こそが次の望日です。
陛下がお心を決められるまで、この老骨がお傍に侍りましょう。
……やはりよく分からんな。なぜそこまで焦る。
臣たる身には、陛下が一体何をお待ちになっているのかが分かりませぬ。
そして……本日、陛下が何をなさろうとしていたのかも。
……太尉には関わりのないことだ。
陛下がお話くださらぬのであれば、僭越ながらお心を推し量る他ありません。
陛下はその何よりも尊き御身と引き換えに「不反」を起動し、今まさに歳の陵墓で起きている危機の解決を試みるおつもりではございませんか?
……
何者かの讒言をお聞きになったのやもしれませぬが……それはあまりに下策です。
そのような者はおらん。何も決められぬ真龍と思うておるのか。
四十年前……陛下が即位なされた年、私と太傅とで陛下を「不反」のもとへお連れしました。
あの幽室を出た後、陛下が三日の間朝議に出られなかったことを覚えております。しかしあの時、陛下が何を思われていたのかは、今となっても分かりません。
あの時のことは私も覚えている……今にして思えば、太尉に笑われても詮のない話だ。聞かせてもよかろう。
これほどの品が炎国に伝わって千年経った今もなお、「不反」を起動した真龍は一人もいないと、当時そう考えていた。
もし私の代で、炎国が「不反」を使わねばならぬほど落ちぶれたとしたら……炎国史上初の無能君主ということになるであろうとな。
僭越ながら、お尋ねいたします……もしも陛下が国に殉じられたとしたら、後事は如何なさるおつもりですか?
何を案ずる必要がある……私の代わりを務め得る者は、とうに百灶入りをしているだろう。
もし廃太子たるイェンウが帝位に就き、百官がこれに服さず、炎国が大乱に陥るようなことがあれば、その時は如何するのです?
……それは卿らの力が及ばぬだけだ。
私は、ただ陛下にお願い申し上げるほかございません。どうかそのようなお考えはお控えください。
思えば、おかしな話だ……
太尉も分かっているだろう。私は太尉の慕う先帝のように偉大な君主ではない……
我が兄が一日も早く太尉の志を実現しうる真龍となることを望めばいいものを……
……なぜわざわざ私を諫めに来る?
……陛下!!
目の前の老人は突如感情を昂らせた。その声は震え、嗄れている。
玉座に座す人物は、目の前の老人がこれほど激しく感情を露わにしたのがいつ以来のことかまるで思い出せなかった。
私はこれまでお傍で拝見して参りました……陛下は四十年の間、日々昼夜の別なく政務に明け暮れ……一日たりとも怠られることはありませんでした。
この四十年間……炎国は太平の世を享受し、人口は隆盛を極め、国庫は潤沢でありました。
炎国千年の歴史において……これほどの繁栄を築き……有為にして、仁徳ある君主が、他にいらしたでしょうか?
……
それなのに陛下は……炎国にとって得難き隆盛の世の光景が……
水泡に帰すのを許すおつもりなのですか?
司歳台より急報がございます。歳の陵墓に異変あり、深層にて強烈なエネルギーの波動を検知いたしました。
百二十年前と比べ、強まることはあっても弱まることはないだろうとのことです。
民草と軍の被害はいかほどか。
制御できぬほどの状況には陥っておりません。百灶の各外縁区画は、エネルギーの爆発前にすでに退避を完了いたしました。近郊の非移動集落の避難も大方完了しており、被害は軽微です。
邙山一帯は比較的被害が大きいものの、天師らが持ち場を死守しており、界園の歳鎮圧作用もいまだ健在です。
現在市中では字鬼が暴れており、禁軍がすでに巡防営と共同で防衛線を構築して不退転の覚悟で当たっております。
そうか……下がってよい。
帳の奥の人物は玉座から立ち、その足で段を降りて、老人の傍に歩み寄った。
……そろそろ刻限だ。
太尉も下がれ。百灶と玉門の両戦線が、まだ太尉の統率を待っている。
陛下……
すべては炎国のため……私がなぜこの一戦を強く訴えているのか、陛下は本当にお分かりにならないのですか?
かつて朝廷が二十八策を定めた理由を、まだ覚えておられますか?
ヴィクトリア、リターニア、カズデル……この大地は炎国を除き、どこもかしこも騒乱が渦巻いています。
大乱の世が訪れているのです……炎国は受け身であってはいけません。自ら変化を求めねばならぬのです……
陛下は、ウルサスの残した覆車の戒めを見て見ぬふりなさるおつもりですか!?
……
一体如何なる力が源石鉱脈そのものを跡形もなく消し去ったのか、天機閣はいまだ結論を出せていません……
もしも結晶時代が真にすべての主鉱脈が枯渇するという結末をもって終焉を迎えるのであれば、炎国はテラ全土を率いるという責任を背負う覚悟を決めねばなりません。
北はウルサスを征し、西はヴィクトリアを拒み、東は御机と鎖川の両院を抑え、南はレム・ビリトンを鎮め、加えてクルビアの発展にも留意し、エーギルの海からの侵略にも備える必要があります。
これらの大事を前にして……炎国は国力が最も充実している今、歳獣との一戦を機に、数十年間続いた太平の世で生じた安逸を求める気風を、目先の平穏に籠る心を一掃せねばならないのです!
それだけが……炎国がこの乱世において、次なる千年も……風雨に動じず、立ち続けるための唯一の術なのです……
老人の長い言葉は終わったものの真龍はすぐに口を開きはしなかった。それは言葉を選ぶためだけでなく、心を静めるためでもある。
そしてどれほどの時が経ったか、彼はついに言葉を発した。
太尉は生涯をかけて炎国のために南北の地に転戦を重ね、数多の戦功を立ててきた。その月日の間に傷を負い、また病を患った……
……私も太尉の炎国に対する揺るぎない忠心を疑ったことはない。
だが先ほど、太尉がウルサスの教訓について触れた時、私は問いたくなったのだ……
太尉はまだ……ガリアの教訓を覚えているか?
陛下……?
太尉の先ほどの言葉は、いずれも的確に要所を突いていた……
炎国は変化を求める必要がある。変化せねばならぬ……
しかし幾度考えても、この歳獣との一戦で失われるであろう軍や兵士の方が……
老いさらばえた真龍……そして、千年に亘り、真龍のみが握ってきた権柄などよりも、よほどこの国には必要だ……
……
どうやら炎国の将来を論じるなら、私の方が太尉よりもよほど楽観視しているようだ……
この四十年間……炎国に忠義の士が欠けたことはあったか?
太師がいる。ユー・チェンに、グー・チュエン……太傅、そして太尉、お前もいる……
文官は忠義の心で直言し、武将は勇猛にして死を恐れず、民草は大義を深く理解している……炎国のどこに「太平の世で生じた安逸を求める気風」があると言うのだ?
そして太尉が語る未来については、私に代わって見届けるといい……
やはり陛下は……
……大討伐は先祖が始めたものだ。残された歳獣の災禍、炎国を千年に亘り縛り続けた悪夢は……私の手で終わらせるべきだ。
もし炎国に流さねばならぬ血があるとしたら……
それは……真龍のものから始めるべきだ。
しばしの沈黙の後、真龍は久しく出ることのなかった宮殿の外へと歩み出した。
広大な宮殿には、ただ一人の老人だけが残された。
……陛下をお止めすることは叶わなかった。ならば、私も本分を尽くすのみだ。
玉門に通達せよ。そろそろ動く時だと。
短い命令を下し終えると、老人は通信を切り、ゆっくりと前に歩み出した。
彼は帳をくぐり抜け、玉座の傍らで足を止めると、それ以上何もせず、ただ瞼を閉じて立ち尽くした。まるで何かを待つかのように……
やがてこらえきれなくなった咳が老人の喉からこぼれ出る。
激しく咳き込むあまり、彼は腰を折り、両手で玉座の側縁に縋らずにはいられなかった。
望日前日 亥時
……やはり来たのか。
ここにいたのか。
私の姿を見ても驚かないんだな。
探していた人物があっけなく目の前に現れ、チェンは少し虚を突かれた。
相変わらずの尊大な立ち姿、そして捉えどころのない視線と読めない表情。まるでここが百灶の禁城ではなく、龍門の総督邸の裏庭であるかのようだ。
背後の建築物は彼の暗色の外套に取り込まれ、まるでその宮殿群さえも、少々華やかすぎる外套の一着に過ぎないように見えた。
……つまり、少なくとも人質として身柄を拘束されているわけではないということか。
私を人質として扱える者とはまだ出会ったことはないな。
私の行いは、すべて私自身の選択によるものだ。
お前のそういうところが昔から嫌いだ……
なぜここにいる? まさか太傅がお前に用意させた奥の手とはこれか?
太傅の言葉を鵜呑みにすべきではない……そもそも事態をあのような段階に至らせてはならないのだから。
私に別の算段がある。
いずれにせよ、お前は無事だ。それなら後のことは簡単だ。
何をするつもりだ?
お前の身の安全を確保し、まず百灶から離れてもらう。それから……
チェンは右手で握った書刀を軽く振った。簡素な刀が、空中に竹簡にも似た淡い黄色の残像を描く。
……お前たち兄弟が犯した過ちを正す。
どうやら……遺物を手に入れたようだな。
運び手が君であるのも、驚くほどのことではない。
ふっ、お前の当初の目論見では、誰がこの書刀をお前に届けるはずだったんだ?
それはもはや重要ではない……
書刀を手にしたからには、すでに承知しているはずだ。その作用も……それにまつわる因縁も。
驚かされたのは事実だがな。百灶に来てから知ったお前たちの秘密の数々はどれも本当に……目を見張るものばかりだった。
これだけ多くの事を秘めていられるとはと、少し感心した。
本当に私がかつて犯した過ちを正したいのなら、君は共に来るべきだ。
……お前と共に行く、か。
どこへ?
禁城の地下、最初の源石のもとへ。
君の持つ書刀は本来の役割を果たし、炎国の危機は避けられ、すべては正しき道筋に戻ることになる。
無論、君がその書刀を今すぐ私に渡すなら、そちらの方が話は早いし、君の手間もかなり省けるだろう。
だが君は、私の言葉を信じはしないだろう。自分の目ですべてを見なければ気が済まないはずだ。それについて、私は特に反対するつもりもない。
まだ自己陶酔に浸っているのか? 死にに行くという事実を、そうして誤魔化すつもりか。
大難の只中にあっては……これは炎国が許容し得る最小の犠牲だ。
この事件には、被害者はいない。君の仕事はここまでだ、チェン警司。
耄碌したのか? 五年前、私はお前の目の前で辞職しているぞ。
だが今のお前は、私が「ウェイ長官」と呼ぶには値しないな。
……
お前は、私に自分の死を見届けろと言っている。しかもそれがお前の言葉の中で、もっとも怒るに値しない部分だ。
そんな自己犠牲に感動する者などいない。お前自身を除いてはな。
死ぬだけ死んで、他のこと全てを放り出す資格は、今のお前にはない。
フェイゼ、これは意地の張り合いではないのだ。事は炎国という国と民草に関わる!
当たり前だ……
だが思い上がるな。炎国という国と民草は、お前一人が背負わなければ滅ぶものではない。独りよがりに死にに行くよりも、他にやるべきことがあるはずだ。
……いいだろう。
どうやら君が私と共に来る必要はなくなったようだ。
書刀を渡せ。それから龍門へ帰れ。
悪いが、私の持つ二振りの剣は、どちらもお前には渡せないな。
事態は切迫している。ここでも独りよがりを貫くつもりか、チェン警司?
独りよがりの権化はどこの誰だろうな。
どうしても私に手を出させる気か……
いいだろう。ではかかってくるがいい。この五年で、君の剣術がどこまで成長したか、見せてみろ!
……望むところだ。
チェン・フェイゼは剣の柄を握り締めた。
赤霄を受け取ったあの瞬間から、いずれこの時が来ることは分かっていた。
彼女は剣を抜くと、ウェイ・イェンウとの間に吹く秋風に切っ先を向けた。
絶影の剣……
……棄つるに当たりて即ち棄つ。