辞歳行TA-9・戦闘後気合
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ウルサス極東炎カジミエーシュリターニアヴィクトリアカズデルシラクーザレム・ビリトン
ウルサス極東炎リターニアカズデルシラクーザレム・ビリトン

名前

辞歳行 TA-9・戦闘後

気合

チェン

ハァ、ハァ……

ウェイ

まさか……天瞠の剣を使うつもりか?

チェン

……怖気づいたか?

ウェイ

かの宗師はかつて、君の剣術を熟練の域ではあるが、それまでだと評した。

この五年で、君は少なからず腕を上げた。赤霄剣法をこの境地まで悟るとは、予想していなかった。

だが天瞠にはあと一歩至らぬ。まだ越えるべき壁がある。

チェン

……天瞠の剣、絶つに当たりて即ち絶つ。

破らずんば立たず、破らばしかる後立つ。雲裂の後、ようやく能く蒼穹の怒目を見る。

心と共に剣は出でて、振るった後に後悔なし。少しでも後ろを見ることが頭をよぎれば、剣は鋭さを失い、むしろその身を損なう。

ウェイ

あの時は天瞠の剣意を語っただけだが……よく覚えているな。

しかし、胸中の迷いが晴れていないことも君が一番よく分かっているはずだ。であれば天瞠の剣は、君に振るうことはできない。

剣を棄てろ。君とだけは再び赤霄を向け合うことを避けたい。

チェン

もし書刀を渡さなければ、お前はあの一剣を振るうつもりか?

……三十五年前のあの時のように?

ウェイ

……フェイゼ、私にその選択をさせるな。

チェン

四十年前に禁城に踏み入った時、タルラと彼女の父の生死を決めた時にも、お前は剣意の語る通り……「振るった後に後悔なし」だったのか?

ウェイ

フェイゼ!

チェン

もし赤霄の最後の一剣がそういうものだと言うなら、私は永遠にそれを振るうことはできないだろうな。

審判。公義。

是非善悪は天秤の両端に乗せれば、勝手に優劣が決まる類いのものではない……棺を蓋いて論を定むと言うが、最終的な評価は終わった後に決まるなんて戯けた言葉だ。

まして人ならば……なおさらだ。切り捨てられてもいい人間など、一人もいない。

ヴィクトリアの包囲戦の最中の労働者も、ウルサスの凍土に立つ戦士も、ドッソレスのカジノのオーナーでさえ、その道理を理解していた。

だから、お前の言う通りだ。私は天瞠を使わない。私には学べぬ精神だ。あれは私の剣ではない。

ウェイ

何が言いたい?

チェン

断ち切り、棄てるくらいなら、私は為すべきでないと知りながらあえて為す道を選ぶ。

ウェイ

……

フェイゼ……まだ分からないのか!

チェン

ああ。分からないな。

あの夜に一体何が起きたのか、私は分からない。お前の父が果たして赤霄の刃で倒れたのか、それとも別の真実があるのか。

お前があの時どんな気持ちで選択を下したのかも分からない。エドワードとタルラが血筋の呪いを背負っていたことは知っているが、私には口出しできないし傍観することしかできなかった。

母が亡くなった時になぜあれほどの恨みをお前や、父、そして私に向けていたのか、それすらも私には分からない。

私が分かっているのは、一つだけだ。これはタルちゃんも分かっていることだ。

――死者の謝罪は、何の意味もないんだ。謝りたい相手がいるのなら、生きたまま会いに行け。

さもなくば、お前はただ罪悪感に首元まで呑まれながら、面子なんてふざけたもののために、血も涙もない振りをしているだけの臆病者だ。

これ以上、お前が過ちを重ねるのを見逃すつもりはない。

ウェイ

……口先の勝敗など無意味だ。

もし天瞠を超える剣を繰り出せるというのなら、君は間違いなく炎国において稀代の剣客となるだろう。

見せてみろ。私の血で、君が正しいことを証明するがいい。

チェン

ああ、やってみせるさ……

チェンは静かに赤霄を左手に持ち替え、空いた右手で書刀を握り締めた。

チェン

今お前の前に並んでいる選び難い道――選択肢そのものが誤っているなら、どちらを選ぼうが決して正しい答えは出せない。それを証明してやる。

……避けられぬ敗勢が決する前に、一歩退けば、私たちにはまだ別の道があるんだ。

何かを犠牲にすることなく、すべてのものを生かす道が。

ウェイ

その書刀で、赤霄剣法を使うつもりか?

チェン

赤霄剣法の要は心の有り様にある。何を剣としても、本質は変わりない。かつて、そう言ったな?

伯父さん……

私が龍門を去る時に言われた最後の一言を今も覚えている。

ウェイ

……

ウェイは指を何度も曲げては伸ばした後、それを鋭い形で留めた。

強風が彼の周囲に渦巻き、簡素な衣袍の袖をはためかせる。

ウェイ

フェイゼ、君の覚悟を侮るつもりはない。

この一剣、手加減はしない。

天瞠。蒼穹の怒目を見、振るった後に後悔なし。

ウェイが構えるのは己の指だ。たとえ刃がなくとも鋭い剣意は無情な陽光の如く、ひとたび放たれれば二度と戻ることはない。

悔いは指先にも、剣気にも宿ってはいない。だがその気配は、まるで晩秋にうず高く積もる枯れ葉のように色濃く漂っていた。

チェン

……

躊躇、後悔、自責。

目の前の年老いた龍が何のために剣を振るうのか、彼女は分かっている。その剣に乗った鬱積した感情は、言葉で説明されるまでもなく我が身のことのように感じた。

であるから、彼女は嘆息を吐くようにして、右手で書刀を突き出した。

真相が白日の下にさらされた後、審判者が発する深い嘆息は、往々にして判決よりも重く圧し掛かる。

ウェイ

!?

溜息の後、男が纏っていた鋭い覇気は、まるで夢であったかのように消え去った。後にはただ、孤独な宮殿と、荒涼とした広場、そして広場の前に無言で立ち尽くす二人だけが残された。


ウェイ

そのような剣技が……あったとはな。

チェン

百灶に来てから、母にまつわる話をいくらか聞いたんだ。

お前が百灶を去った後、彼女もお前の後を追って龍門に向かった。昔は理由が分からなかったが、今にして思えば、答えは単純なものだろう……

彼女は恐らく二人の兄を、血を分けた兄弟を、和解させたかったんだ。

……当時の母は、私よりも甘ちゃんだったのかもしれないな。

ウェイ

陳家の者に会ったのか……

……私は君の両親に申し訳ないことをした。すべき謝罪すらできていない。

チェン

確かに、この世には血で証明する他ないこともあるだろう。だがお前の人生を縛り、私にも何十年かへばり付いていた家族の事情は、本来そんな方法を使う必要のないものだ。

結局のところ、お前は後悔したんだ。

ウェイ

……

チェン

天瞠の形を得ようとするだけで、その意(おも)いまで得ようとはしなかった。後悔のもたらす結果が何かを、知っているからだ。

数十年前のあの天瞠、まだお前が後悔していなかった頃に振るった剣は、絶つに当たりて即ち絶ち、振るった後に悔いのない一撃だった。

だがついに後悔した瞬間から、それは絶えずお前自身の心を苛むものとなった。

ウェイ

……君は勝った。であれば、正しいのは自ずから君の方だ。

だが君の理では、すべてを制御不能な戦争に託すことになる。私たちのみならず、炎国の無数の軍民のすべてをだ。

チェン

高い場所に座っている者は、やたら大きな数字と恐ろしい結果で自分の私心を隠そうとする。だがお前が死ぬこと以外にも、道はまだ数多く残されているんだ。

私たちと共に立つ者もたくさんいる。炎国と心を同じくする代理人が、お前の血を分けた弟が、そして、どうしても責任を背負わねばならぬ時が来るのであれば、私もいる。

ウェイ

……

チェン

さっきの話を続けるとしよう。

……「道は険しく長い。だが、お前ならできるはずだ。」

私は一時ずっと、この言葉について考えていた。お前は何ができるはずだと言いたかったのかとな。それから答えは見つけたが、背後にある結論を信じたくはなかった。

だが今、目の前の哀れなお前を見て、自分の出した結論を信じるしかなくなった……

あの時、お前が果たせなかったことを一切合切私の身に託した時から、お前の老いが始まっていたんだ。

お前は老いた。壮年の頃のように冷酷であることすらできなくなった。お前は償いたいと、報いたいと願った。だからお前は……死ぬことを選んだんだ。

死は何の償いにもなりはしない。お前の最後の面子を守ることもできない。死はただ、お前たちの関係に決して解けぬ結び目を作り出すだけだ。

そんなことは……タルラのような真似はやめるんだ。

ウェイ

彼女は……!?

チェン

「彼女はつつがなくやっているか」と問いたいのならば、答えは否だ。

だが幸運に思うことだ。私はまだ他の者と……お前と、彼女のことを語る気があるのだから。

この音は?

ウェイ

……進攻開始を告げる角笛の音だ。百灶ではなく、百灶の外に来ている……玉門のな。

チェン

玉門は歳の陵墓に攻撃を仕掛けるつもりなのか?

ウェイ

太尉の命はすでに下った。動くか否かはズオ・シュアンリャオの一念次第だ。

だが、彼が静観を選んだところで、いずれは動かねばならないだろう。玉門守備軍はズオ・シュアンリャオの私兵ではないからな。

チェン

……私も行かねば。

ウェイ

何をしに行く?

チェン

我が家の事情には、何らかの形で決着をつけねばならないが、あの巨獣の化身たちも同じだ。彼ら一家は総力で立ち向かうだろうと、私は信じている。

それに、あの太尉……

あの類の人間が何を考えているかは、大方想像がつく。私心はなく自分が下す判断はすべて事実に基づき、合理的だと考えているだろう。

そういう人物が引き起こす災厄が、往々にして最も恐ろしいんだ。

龍門のことや、残されたわずか数人の陳家の者のことを考えても、私は炎国のために平和の可能性を勝ち取らねばならない。

ウェイ

……君なら、できるはずだ。

チェン

ああ。

そうだ。もしよければ、去る前に、さっきの一剣に名前をつけてくれないか。天瞠のように、昔の私が憧れていたような名前を。

ウェイ

……天に嘆息する。天喟(てんき)。

チェン

天喟か。少し年寄り臭いんじゃないか?

ウェイ

そう何度も繰り返し指摘する必要はないだろう。

老いたとしても、為すべきことは、全うする。

チェン

例えば?

ウェイ

今度こそ、悔いることのない選択をしよう。


ズオ・ラウは目の前の禍々しい気配を纏った「人」を知っている。

玉門を大混乱に陥れた元凶であり、本物の巨獣の一柱である。


彼は刀の柄を握り締め、思わず唾を飲み込んだ。

相手は彼にあまり注意を払っていないらしく、モー・イーの方を振り向いた。

睚

我のものはどこにある?

モー・イー

その……見つからなかったの……

睚

……

ならばお前の命を残す必要もない――

それが脅しではないことを示すように、言葉と同時に細長い刃が睚の手の中に現れた。刀身が反射する銀色の光が、二人の目を眩ませる。

モー・イー

ま、待って!

私を殺せば、「不反」の所在は永遠に分からなくなるわよ!

ズオ・ラウ

何ですって!?

モー・イー、あなたは一体――

青年の怒りの視線を浴び、モー・イーは顔を背けるしかなかった。

モー・イー

先に聞かせてちょうだい……あなたは「不反」を手に入れて、一体何をするつもりなの?

ただ歳を殺すためにほしいの? それともこの百灶、ひいては炎国そのものを、あなたたちの恩讐の副葬品にするつもり?

睚

お前如きの知るべき話ではない。

モー・イー

私はただ、歳獣への復讐に力を貸すと言っただけよ……でもブツを渡す前に、一つ約束してもらわないといけないの。

あなたの怒りは歳獣だけに向けて……復讐を終えたら、炎国を離れてちょうだい。

睚

戯言を。

我に約定を求めることができる立場か?

モー・イー

そんなの知ったこっちゃないわ……ただ、約束してくれなければ、ブツは絶対に渡せない。

睚

……お前は己の卑小な命で、我の忍耐を使い潰している。

その時、ズオ・ラウは反射的に動き、モー・イーに向けられた睚の刀を止めた。彼は改めて思い知った。巨獣という存在が、いかに恐ろしい力を有しているかを。

内臓が一斉に煮え立ち、血が彼の口元から流れ落ちる。

モー・イー

ズオ・ラウ――

ズオ・ラウ

……司歳台は、巨獣が誰かを傷つけることを見過ごしはしません。たとえ相手が山海衆であろうと――

睚

笑止。

昔から、こうした人間の茶番には反吐が出る――

睚が長刀を軽く一振りすると、持燭人はあっさりと刀を取り落とした。長刀の刃先が彼の喉元に突きつけられる。

睚

「不反」の所在か、此奴の命か。

モー・イー

――!

ズオ・ラウ

絶対に……渡しては……

モー・イー

私は……

……彼を傷つけないで! 渡すわ!

睚

……

山海衆の少女は懐から精巧な小箱を取り出すと、それを開いた。中には、巻かれた古い地図が一枚収められている。

ズオ・ラウ

それは天鏡閣所蔵のものです。いつの間に――

モー・イー

……ごめんなさい……

ズオ公子……これまで幾度も騙してきたことを謝るわ……

信じてほしいのだけど……もし機会があれば、私だって、一度は世を救い民に味方する善人になりたいと願っているのよ。

ズオ・ラウ

やめなさい――!

持燭人の制止もむなしく、モー・イーは地図を睚に手渡した。睚はただの一瞥で地図を灰にした。

モー・イー

もういいでしょう。約束は果たしたわ……とっとと消えて。

睚

……

一度約束を反故にした匹婦がもう一度信じろというのか?

「不反」が我が目の前に現れるまで、お前は我の目の届くところに置く。

睚は再び刀を掲げた。今回は二人に向けるのではなく空間を斜めに切り裂き、裂け目を作り出す……

モー・イー

ボサッとしてないで、早く逃げなさい――

そう言うモー・イーは突如として裂けた空間に呑み込まれ、ズオ・ラウの周囲には一面の枯れた木の葉だけが残された。

ズオ・ラウ

何を……したのですか……?

睚

……

ズオ・ラウ

……止まりなさい。

どこへ行くつもりですか……?

睚

お前が立っているのは、盤外の輩に手を出すほど我は暇ではないからだ。

命が惜しくば、どこへなりと立ち去れ。

ズオ・ラウ

……

ズオ・ラウは一言も発さず、地面から刀を拾い上げると、再び構えを正し、一歩前に出た。

かつて幾度となく、勝てぬはずの強敵に立ち向かった時と同じように。

睚

……自ら滅びを求めるか。

まるで代理人の殺意に呼応するかのように、荒涼とした秋風が吹き抜け、無数の枯れ葉が刃のようにズオ・ラウの身体に数え切れないほどの小さな傷口を残した。

だがその直後、ズオ・ラウはまたしても信じがたい一幕を目の当たりにした――枯れ葉が緑葉と花びらに変わり、骨を刺す秋風が徐々に止み、柔らかな春風へと移ろっていったのだ。

睚

……誰だ!?

質素な身なりの老人

なぜ我らが相見えるのは、刀を交える頃合ばかりなのだろうな?

この邂逅では、千年前と何ら変わらん。

奇怪な容貌の職人

昔日の強敵は古と作り、親しき友も亦た古と作る……

貴殿がこのように刀をもって仇を問うのは、まさに舟に刻みて剣を求む行いではないか?

睚

なんだ、お前たちだったのか……!

代理人は人が与えた名で同族を呼ぶことを嫌う。だが睚は思う。それを避ければ、互いを何と呼び合えばいいのか?

彼れは、これほどまでにこれらの名を憎んでいるのだ。

後。

矩。

……生きていたのか!?

後

ここにいる我らは夢幻でも、歩く屍でもない。生きているに決まっておろう。

しかしここは語らう場ではないな……お主が蓄えている天地に、客として招き入れてはくれんかね?


睚

この土地に残った最後の同類は、我と、彼れだけだと思っていた。

お前たちは如何にして千年の時を永らえ……なぜ今日になってここへやって来た?

お前たちも邪魔立てをする気か!?

後

お主を難儀させるつもりはないさ……だが知っているか? お主が目覚め、炎国に戻ってから立てた波風の数々が、我らにどれほどの迷惑をかけているかを。

あれ以来、私が暇潰しに夕江で銀鱗を釣ろうとするだけで、どこからともなく山ほどの目が付きまとうのだ。

睚

死に損ないのお前の身をわざわざ見張るとは。ふっ、あの虫けらども、随分と暇を持て余しているな。

矩

残山剰水、病身に朽ちた躯。今の我らは、皆同じようなものよ。

睚

病身に、朽ちた躯か……

だがそれでも、彼れの身に永劫癒えぬ傷口をもう一つ刻んでやるには十分だ!

後

……それがお主が今回の長旅で求める収穫か?

千年の旅路の果てに、お主の頭にあるのは、彼れに一矢報いることだけなのか?

どうやら本当におつむが足りておらんらしい……

睚

……

矩

怒り、屈辱、悔い、困惑。それが貴殿が帰還した理由であり、同族へ刃を向ける口実でもあろう。

人の言葉では、その怒りにより生じる執念を、「復讐」と呼ぶ。

自らを「巨獣」と傲り、「人の心」を蔑んできた睚よ……

貴殿はいつから、対局と遊戯に耽るだけの生命と成り果てたのだ?

睚

始源の存在たるお前らこそ、いつから粗野な虫けらどもの語彙を用いるようになったのだ?

人を弄び、同族を狩り……我らのような存在が、かつてこれほどの屈辱を受けたことがあったか?

かつてこれほどの……裏切りに遭ったことがあったか?

復讐? 対局? 遊戯?

これは我と彼れの間の、未だ終わらぬ戦いだ!

矩

芟夷(さんい)斬り伐れば、草木は頽(くず)れ萎(しお)れ、山陵崩(くず)れ坼(さ)け、川江淤(にご)りて赤し……混沌より始めた戦争など、我が懐旧には値せぬ。

睚

遥か昔、お前が虫けらどもにカラクリを授けた時から、奴らは誤った道を歩み始めた。

見よ、虫けらどもを模して捏ね上げた形骸を――滑稽で、醜く、歪で、およそ見るに堪えん……笑いが込み上げるだけだ!

そして後、お前もだ。まさか太古の後獣が、古の「自然」――天地を漂うお前までもが、虫けらの生き方を学ぶとはな。

後

世の生き方は無数にあるものよ。槎(いかだ)に乗り、川の流れに逆らい、羽獣を探し、鱗獣を釣る。お主は我に非ず、安んぞ我が楽しみを知らんや?

睚

尾を泥に曳いて生きることに楽しみがあるとでも!?

後

春秋は更迭し、死生は存毀す……その憂楽は私にとって夕江に点々と浮かぶ草に過ぎん。風の吹くところへ、浮草もまた漂うのよ。

もしある日、鱗獣の腹に呑み込まれたのならば、波に身を任せて漂い、万里を気ままに泳ぐ。羽獣に啄まれて嘴に入れば、舞い上がりて天宮に至る。

まさかお主は、一陣の風や、一尾の鱗獣、一羽の羽獣に棒を振るうのか?

――用捨は時に由り、行蔵は我に在り。

これぞ、私と矩殿がお主に伝えに来た言葉だ。

睚

……

後

このままお主の身勝手を放任し、したい儘にさせれば、お主の、巨獣の結末は――泥に骨を埋め、存在ごと滅ぶことのみだ。

……なに、同類への憐れみとでも思え。

同類への憐れみだと!?

睚

……お前らは恥でしかない。

同族? 同類?

この地の最も古き生命、最初の「自然」、最初の「規則」が、あろうことか地に伏し、春秋を明け渡すというのか!?

矮小で、脆弱で、不潔で、卑劣な……二つの汚れた屍めが。如何なる厚顔で我が同類を名乗るつもりだ?

矩&後

……

睚

泥に骨を埋める? 存在ごと滅ぶ?

ふっ、お前らの言う滅びなど、我にとっては回帰に過ぎぬ。

回帰。

眠らぬ混沌へ、いまだ分かたれぬ昏暁へと還る。

睚

形骸が尽く滅んだから何だと言うのだ? 永劫戻らぬのが何だと言うのだ?

この天地は、元より果てなき棺である。千年を待ち続けた今、我の持つ心残りは、この質素な棺の上に、一筋の真紅の模様を刻むことのみ――

彼れの血肉を用い、慟哭で染め上げ、塗り潰し、描き出し、刻み込んだ……

世にも鮮やかな模様である。

後

お主は天地を棺と見なすが、結局のところ死は一度きり。眠れるのも、一つの棺だけだ……お主の溜め込んだ数多の天地は、無駄だと思わぬか?

私は一枚の葉に寓居し、目に映るその一葉こそが即ち一つの天地である……心が万物を生み出すのであれば、これもまた逍遥自在である。

はぁ……お主を閉じ込めている檻は、この天地ではあるまいに。

辺り一帯の山河が主の怒りによって震え、千の山々が寒々とした青を帯びた。凍るような冷気は、燃え盛る怒りの炎によって一層冷たさを増す。

だが老人が杖で川面を軽く一突きすると、万年融けることのなかった氷河に、最初の梅の花が咲いた。

睚

ふっ……我が天地にて、我に刃を向けるか?

矩

矢は番えられた。

睚

ならば矢を放ち、杖を振るえ。虫けらを模したその姿で、お前らの言う棺を一つ一つ破ってみせるがいい!

お前の狡猾な孫弟子に代わって、我と共に来い。その目でとくと見ろ……

千年もつれたこの問答に、如何なる答えが出るのかを。

睚の姿が忽然と消え失せ、氷河の上には、矩と後の二人だけが残された。

後

……矩殿?

矩

どうやら戦を止めるという目的は藻屑と化したようだ。

本当に奴が長年後生大事に抱えてきたこの天地を破るべきなのか?

後

奴は同類への憐れみという言葉を嫌うがな、我らはまさにその心から、奴に引き返すよう説得を試みたのではないか? 破れかぶれになったあの者に、追い打ちをかけることなどとてもできんさ。

矩

ならば、この後はウァンの策謀の成り行きを見守る他ないということか?

後

我らはあの小娘と持燭人、そしてお主の可愛い孫弟子に一度ずつ手を貸した。ウァンの件に関しては、すでに十分心を尽くしたと言えよう。

矩

ウァンも大方、我ら二人では睚を止められぬことは分かっていただろう。であるからこそ、この厄介ごとに我らを巻き込むことを厭わなかったのだ。

彼は本当に彼れによく似ている。だが、彼れよりもさらに一つ……

……

後

事態がここまで進展したのだから、後はこの川面に安らかに腰を下ろし、千年の昔の景色でも眺めているとしよう。

……彼れに残された時も、もはや長くはあるまい。


モー・イー

いたた……

ここは……戻ってきたの?

あなたも生きていたのね! 睚はどこへ行ったの?

ズオ・ラウ

一人の白髪の老人を見ました。それと……全身がカラクリでできているような人物も。

彼らは睚を止め、共に消えていきました。

モー・イー

全身がカラクリですって? まさか――

なんてこと、あと少しだったのに! なんでこう、間が悪いのかしら!

まあいいわ。百灶にいらしているなら、事が片付いた後で会えるでしょう。

ズオ・ラウ

……ゲホッ……

ありがとうございます……先ほどは助けていただいて……

モー・イー

助けるですって?

ふふっ……少しは真に迫った演技をしておかないと、あいつの疑り深い性分からすれば、本物の情報でも偽物だと決めつけかねないでしょう?

ズオ・ラウ

……何ですって?

あの代理人に「不反」の所在を漏らした狙いは一体何なのです?

モー・イー

あら、ずっと訊いていたじゃない? あの老天師から託された任務は一体何なのかと。

はぁ……今言ったところでどうせ信じてもらえないわ。やっぱり、あなたが司歳台監正にでもなった暁に――

……何の音かしら?

遠くから、重く伸びやかな角笛の音が響いてくる。モー・イーは戸惑いつつ音の出処を探ったが、ズオ・ラウにとって、それはこの上なく耳に馴染んだ音だった。

ズオ・ラウ

玉門の、軍で用いる角笛です。

玉門は……歳の陵墓に向かい、攻撃を仕掛けるつもりです。

モー・イー

なぜこんなに早く!? 歳獣はまだ目覚めていないんじゃ――

ズオ・ラウ

歳獣が目覚めておらず、市中は混乱に陥り、司歳台は三体の巨獣が紛れ込んでなお、未だに職務を全うする様子がない……このような状況で、玉門に攻撃命令が下るはずがありません。

玉門で何かが起きたのでしょう。私は――

モー・イー

だったら何をグズグズしているの。早く確かめに行きなさい!

ズオ・ラウ

ですが、印は必ず歳の陵墓へ届けなければならないんです!

そう言って、しばし沈黙した後、ズオ・ラウはためらいがちに口を開いた。

ズオ・ラウ

あなたを、信じてもよろしいでしょうか……

モー・イー

歯切れが悪いわね……つべこべ言わずに任せなさい。

……さっき、私を助けてくれた礼ってことにしといてあげる。

ズオ・ラウ

……どうか、お気をつけて。

望日

……百灶郊外、歳の陵墓付近。

老人が一人、枯れた草木の間に立ち、荒野の果ての方、百灶中枢区画の方角を無言で見つめていた。

ユー

う~……今年の秋は本当に冷えるね。

こんな寒い日に、一人で寂れた荒野に突っ立って何をしてるの?

太傅

人を待っておる。

ユー

ふぅん……ご飯はもう食べた?

ほら、肉まんを一袋包んで来たんだ。まずはお腹に何か入れたら?

太傅

待ち人が揃ってからでも、遅くはあるまい。

ユー

揃ったら、きちんとした食事を用意しなきゃいけないでしょ。肉まんだけじゃ足りないだろうし……

……みんなが戻ってくると信じてる?

太傅

お主はどう思う?

ユー

信じてるよ! 当たり前じゃないか。

うちの家族は、普段はなかなか顔を合わせる機会がないし、たまに会えても口喧嘩するし、趣味も性格も合わないけど……

でもこんな時だって、みんなの心は同じところを向いてるはずなんだ!

とはいえ、みんなが戻ってきたとして、私たちが果たして……

太傅

……

ユー

はぁ……

それじゃ、私もここで一緒に待つよ。