人々、我々 PA-3・戦闘後
陽光照らす我らの帝都
ゴポ……ゴポゴポ……
給水器の中で上がっては弾ける気泡を、私はじっと見つめていた。
どんよりしたホールから、人影がたくさん出てくる。彼らは仲裁人が休廷を告げたこの時間を利用して、足を伸ばしながら意見を交わしている。
ぼうっとしているうちに水が溢れ、床にこぼれてしまった。後ろにいた貴婦人が、「サーミの雪解け水」に時代遅れの革靴を汚されまいと、不快そうな表情で避ける。
ああ、私も前は同じ靴を持っていたっけ……
私はその場から逃げようと、慌てて車椅子を回した。
ヴァルヴァラ……君なのか?
信じられない、その姿……
この本、持ってくれない? すごく重いの!
夜の朗読会のために、体力を残しておかなきゃ……って、あなたは来てはいけないわ! グループメンバーだけの発表会なんだから。
……そんなに驚くことかしら?
いや、そんなつもりじゃないんだ。
僕らは子供の頃からの親友じゃないか。貴族同士の友情は、そう簡単に途切れたりしないさ。
今の私を見ても、まだ貴族だと思う?
一体、君に何が――
さっきゾーヤたちが話していたこと、聞いていなかったの?
あの仲裁人は、どうしてあんなに私たちが受けた仕打ちを歪めようとするのかしら……
ふふっ……私のズボンを見ているわね?
いいのよ。どんなに見られても、膝から下はもう戻らないしね。
どうして……
ああ……ヴァルヴァラ……どうして君がそんな目に!
投票結果は出たか?
ああ、出たよ。
ボスも認めた、これからあたしたちは「十六勇士」だ。
何でだ! イゴール大帝に従った最初の十六人の称号は「議員」って意味だと昔の本に書いてあったぞ。だから団体名は「議会」じゃなきゃおかしいんだ!
誰も信じない御託はしまっときな……それに「議会」なら、ちゃんと投票結果を受け入れなよ。今はどいつも「勇士」の方がイカしてると思ってるってことさ。
*ウルサススラング*、このシノギもつまらなくなったもんだ。
名前を変えるだけじゃなくて、いきなり全員の成果を比べるだの、誰が一番多く学生を処分したか競うだの言い出しやがって……
文句ばっか言ってんじゃないよ。あんた、昨日は一日中サボってたじゃない。またボスにドヤされたいわけ?
あ? 俺は昨日の夜、一人殺ったばっかだぞ。
誰を殺ったのさ。
「生粋のサンクト・グリファーブルク貴族」とかほざいてた、あー……レオニード・ゲラシヴィリってヤツだ。
サンクト・グリファーブルクの『貴族の系譜』を何回も調べたが、ゲラシヴィリとかいう名前は載ってなかった。結局、いろんな本を引っ張り出して、ただの南の平民だってわかったんだ。
ボスは本物の貴族だけ残せって言ってたから、あいつは処分しておいたぜ。
はぁ……そんなかったるいことしなくても、訛りでわかるでしょ。サンクト・グリファーブルクのヤツじゃないって。
訛り? こんなクソみたいな場所に長居したせいで、もう地元の連中の喋り方なんざ忘れちまったよ。
おい、ガキ。お前はサンクト・グリファーブルク出身か?
男が腰かけた「椅子」を力づくで叩くと、弱々しい悲鳴が漏れ出た――その「椅子」は、床に這いつくばる学生だった。
は、はい……そうです!
訛っていません! 家族もサンクト・グリファーブルクに住んでいます! ど、どうかここから出してください!
おっと、忘れてたぜ……椅子は喋っちゃいけねぇんだったな。ボスに見られてたら、またドヤされちまうところだった。
しっかり口を閉じてろよ、いいな? これから一時間大人しくしてりゃ、今日のところは見逃してやる。
ったく、ガキどもも気の毒だね。毎日あんたに脅されて。
お前、俺に説教する気か?
お前はいいよな。死体に座るなんて、硬くねぇのかよ。
その言葉を聞いて、暴徒が「クッション」に刺さっていたナイフを引き抜くと、そこから生温かい血しぶきが溢れ出した。
どうせあたしはあぐらしかかかないし、生きてようが死んでようが同じってわけ。
……ねぇ、あっちにいるの「伯爵ちゃん」じゃない? 貴族っぽい女学生を引きずってるヤツ。
嬢ちゃん、無駄な抵抗はやめな。こっちには仲間が大勢いるんだ、逃げ切れるわけねぇ。
お願いです、これ以上は――
お金は全部グロモフに渡しました。私は貴族だから、生きて帰してやると言われていたんです。
ボスに渡しただけで、あたしはもらってねぇけど……それに、あたしはカネなんてどうでもいい。
あたしにとって大事なのはルールだけだ。わかるか? 宿舎では暴力禁止だってハッキリ言ったよな? なのに、どうして「討論会」とやらと殴り合ってたんだ?
殴っていません。ただ少し押しただけで――
言い訳してんじゃねぇ! あんなに暴力は御法度だって忠告したのに、何度言っても聞き入れなかっただろ。
だから、あんたには罰を受けてもらう。
どんな……罰ですか?
……あんたたち! この嬢ちゃんをぶっ殺しな。グロモフにはうまく言っておくよ。
おう!
ヴァルヴァラは両目をぎゅっと閉じる。風が彼女の頬をかすめ、生温かい液体が額に飛び散り――
震えながら目を開けると、先ほどまで高く振り上げられていた棍棒は、持ち主ごと視界から消え去っていた。
次はどいつだ!?
そこには、ヴァルヴァラの前に立ちはだかり、血がしたたる鉄パイプを振り回しながら怒号を上げるズィマーがいた。
さらに多くの足音と罵声が押し寄せてくるが、それも瞬く間に苦悶の呻き声へと変わっていく。
おい! 逃げんなよ!
お前ら、「なんとか勇士」なんだろ? なのにオリジムシより弱っちいじゃねーか!
追いついたよ!
ソニア、逃げ道は塞いだわ。一人も逃がしてない!
やがて辺りの「勇士」たちは、全員あちこちに倒れ伏した。リェータは手についた埃を払うと、邪魔な「勇士」を足でどかしながら、ズィマーのそばへ戻っていく。
全部片付いたぜ、冬将軍。
上出来だ! 皆、少し休もう。
ズィマーはその場に座り、地面にへたり込んでいるヴァルヴァラに手を差し伸べた。
彼女の顔には返り血がついていたが、それはここ数日で見た中で、何よりヴァルヴァラを安心させてくれるものだった。
お前……ヴァルヴァラか? うちのメンバーもここにいるとはな。
クソッ……一体どれだけの「近衛軍」が捕まっているんだ……
そんなことより、今は救助が先だ。
……
ヴァルヴァラ、立てるか?
あ……
ソニア!
うぅ……ソニア……ファッデイ……私、もう死ぬかと思ったわ……
……お前は軍人の娘だろう、まずは涙を拭け。
もう大丈夫だ。
うん……ありがとう。
アタシらは皆を助けにきた。
ここにはオマエしかいねぇようだな。他のヤツらはどこにいる?
他の人たちは……みんな、北側の建物にいるわ。
グロモフは、そこを「VIPラウンジ」と「平民用待機室」に分けていて、まだ学生がたくさん監禁されているの。場所はわかるわ。
……案内してくれ。
ヴァルヴァラはズィマーの腕を掴み、支えにして立ち上がる。体はまだ震えていたが、瞳には再び光が宿っていた。
暗闇に閉ざされた部屋の扉が開き、光が差し込んだように感じた。扉の向こうに広がる光景は想像もつかない。だがこの瞬間は、ズィマーと共にいれば、そこが出口に繋がっていると信じられた。
……冬将軍、中にいた奴らは全員助け出したぜ。
あのチンピラどもが大口叩きまくってた割に、捕まった奴らは大体生きてた。まあ……だいぶショックは受けちまってるけどな。
ここに来るまで、あのチンピラたちの姿を全然見かけなかったね。なんだか寂しい気すらするよ、ははっ。
そんなに会いたいなら、一人で会いに行け。
……この建物は出口に近すぎて、こっちの位置がバレやすい。全員が落ち着くのを待ってる余裕はねぇ、すぐに移動するぞ。
「ペンだこ」、オマエは先頭で他のヤツらを先導しろ。リェータとアタシは最後尾を守る。
任せて、冬将軍。
へへっ、その通り名、やっぱり呼びたくなるよな。
救出された数十名の学生たちは、缶詰に詰め込まれた鱗獣肉のように道端に集まり震えていた。その中には上着を剥ぎ取られた者もおり、顔には泣き腫らした跡がある。
それでも「ペンだこ」たちの呼びかけで、彼らは躊躇いながらも立ち上がり、続々とズィマーたちの拠点に向かって歩き出した。
……やっと、助かった。
太陽が見える……早く行こう。こんな酷い場所には、死んでも戻りたくない。
何の音だ?
誰かが来る。急いで建物の影に隠れろ。動くなよ!
彼らが反応する間もなく、「十六勇士」を従えた屈強なウルサスが列の後方に姿を現した。
誰かの悲鳴を皮切りに、学生たちは一瞬でパニックに陥る。声を張り上げて落ち着かせようとする者もいたが、まるで効果はない。
慌てるな! アタシが相手をする!
あぁ? てめえが噂のソニアってヤツか。
チビのくせに、なかなか骨があるらしいじゃねぇか。
オマエがグロモフか。何の用だ?
ハハッ、てめえのお友達どもは、逃げるのに必死で大事なことを忘れちまってるからよ。
「オークション」に参加しておきながら、チケットも買わずに帰ろうとしやがって……俺が直々に「教育」してやらねぇとな。
勘違いすんな。オマエの相手は、最初からアタシ一人だ。
てめえ一人だと?
どうした、ビビってんのか?
そのハンマーと斧を組み合わせた武器は、なかなかいかつい見た目だが――
どうやら、ご主人様は根っからの腰抜けみてぇだな。
……ブッ、ブハハハハ――
小熊ちゃんよ、今日ここまで俺を笑わせてくれんのは、てめえで三人目だ。前の二人はもう雪の上に放り捨てられて、この大地に生まれたことを呪ってる頃だろうよ。
さあ、見せてやるぜ。俺の得物をな!
なんだ、あれは――
それは漆黒の空洞。飢えた深淵。
……
あれは……大砲?
構えろ――
全員! 物陰に隠れろ!
漆黒の砲口がゆっくりと持ち上がり、軋む歯車の音が静寂を破る。学生たちは悲鳴を上げて散り散りになり、我先にと建物の隙間へ潜り込んで息を殺した。
……逃げて! 両側の建物に!
ブチかませ!
その瞬間、カトルガ区から一切の音が消え去り、鋭い耳鳴りだけが残った。
ズィマーは雪の中から顔を上げた。視界が血で滲んでいる。直撃は避けられたものの、破片が額を掠めたようだ。
煙が立ち込める中、平坦だった地面には黒焦げの穴が穿たれ、炎は周囲のドアに燃え移る……学生たちは、次々に傷つき倒れていく。
ど、どうして!? ここには貴族の学生もたくさんいるんだぞ!
俺を怒らせちまったからだ、このガリ勉ども。
「十六勇士」のルールは、突き詰めれば一つしかねぇ――俺の機嫌を損ねたヤツは、さっさと遺言でも書いとけってことだ!
二発目だ、構え――
リェータ、アタシがヤツらの気を引くから、全員連れて逃げろ! これは命令だ!
クソッ!
轟く砲声の中で、グロモフの高笑いが響き渡っていた。狙いも定めず、ただ無差別に砲火を撒き散らす。そうして逃げ惑う虫のような存在を鑑賞することこそが、彼にとっては最高の娯楽なのだ。
辺り一帯の粗末な建物が激しく揺れる中、過酷な一日を耐え切ったと思い込んでいたヴァルヴァラは、石柱のそばで呆然と立ち尽くしていた……
危ない!
きゃっ!
あ、あれ……あ、足が――
お願い、助けて! 足の感覚がないの!
……無駄な体力を使うな。お前はまだ助かる。
ファッデイ! あなたも血が……早く手当てしなきゃ――
……必要ない。見ればわかるだろう? 早く行くんだ。
あと、ヴァルヴァラも連れて行ってくれ。お前たちがここにいても鬱陶しいだけだ……
……
早く!!
ファッデイ、生き残ってね……
ヴァルヴァラ、私の肩に掴まって……きっと生きて帰れるから、気をしっかり――
二人の背中が徐々に遠ざかっていく。ファッデイは深く息を吐き、最後に残っていた気力も徐々に薄れていった。
……これが、何かを成し遂げて……英雄になる気分か……
へっ……卒業の日としては……悪くないな……
ふぅ……ここ何日かの鬱憤が、やっと発散できたぜ。
ヤツらに一息つかせんじゃねぇ、撃ち続けろ!
オラオラ! 行くぜ――ぐあっ!?
手下の胸に、矢が突き刺さっていた。グロモフが飛び起き、矢が飛んできた方向を見ると――高い建物の屋上から、矢が次々と降り注いでくる。
これは無縛者同盟の……アントーシャ、またてめえか!
おい、弾を切らすんじゃねぇ! アイツも学生共々まとめて葬ってやる!
グロモフ、そこまでだ!
お前の蛮行は、パヴロヴィッチ様の耳にも入っている。これ以上貴族を傷つけるなら、お前の皮を剥いでやるぞ!
……
ぼ、ボス……一旦退かない?
あぁ? てめえらは大砲がなきゃ戦えねぇのか!?
アントーシャを追え! あいつを始末できなかったら、てめえの皮を剥いでやる!
さっさと行け!
ウ、ウス!
その夜、拠点では包帯を巻いた者たちが焚き火を囲んでいた。今日の惨劇を何度も語り合う声には、九死に一生を得たような喜びは微塵もない。
まだ体力が残っているリェータは、医療知識を持った学生たちとともに拠点内を駆け回っていた。
一方、ニカ、エレメーイ、「ペンだこ」の三人は身を寄せ合い、黙り込んだまま漫然と薪をくべている。
傷の手当てが終わったヴァルヴァラは、深い眠りに落ちていた。おそらく、永遠に失ってしまった身体の一部……そして、もう会えなくなった学友たちの夢を見ているのだろう。
あの貴族はもう大丈夫だ。マトヴェイたちが他の負傷者とまとめて彼女を診ている。
恩に着るぜ。どう礼を言ったらいいか……マトヴェイたちの処置も手慣れてたし、無縛者同盟には本当に助けられた。
ふん、生産を人任せにしている貴族どもには生涯理解できんだろうが、労働者は奴らよりよほど有能だ。最初は何もできずとも、生きたいと願いさえすれば、ウルサスの「教育」を受けられるからな。
だからこそわからない。どうしてあんな貴族どものために、労力や薬を無駄にする? 奴らにそんな価値などない。
「全員助け出してやる」って約束して連れてきた以上はな……確かに助け出せたヤツもいた。だがアタシを信じてくれたのに、帰れなくなっちまったヤツもいる……
それでも、お前は全力を尽くした。拠点がこれほど窮屈になったのも、お前が大勢を連れて帰り、目的を果たしたからだ。
だが忠告しておく。あの温室育ちの役立たずどもには、何も期待しないことだ。それどころか、助けたことを後悔する日が来るかもしれない。
否定するなよ、お前もわかっているはずだ。自ら戦わなければならないと自覚できる貴族など、ごく少数だと。お前はもっと覚悟のある人間に頼るべきだ。
……
そいつは違うぜ。
焚き火の方を見てみろ。どんな身分であっても、拳を握り締めてるヤツはいる。
アイツらが抗うことを諦めず、心に炎を灯してる限り……アタシは誰一人見捨てたりしねぇ。
アタシには戦士が必要だ。そして、アイツらは戦士になれる。
それは妄想だ。
結果を左右するのは、どの時代でもごく一部の人間だけだ。手際がよく、働き者の平民の学生を何人か連れて、俺と行動を共にしろ。
元締めの二人さえ始末できれば、すぐにでも脱出できる。
……ありがとな、アントーシャ。だが、アタシの腹は決まってる。
危険を共にして、無関係を貫けるヤツなんていねぇ。アタシがアイツらを本物の部隊に鍛え上げてやる。誰一人見捨てていいヤツなんていねぇんだよ。
グロモフだろうと、パヴロヴィッチだろうと、あの大砲の影に隠れて人を見下すような連中は――
アタシらが、全員ぶっ倒してやる!
……今回の救出作戦で、確かにお前は人望を得た。だが、同時に盲目的な自信も得てしまったようだな。
手にマメも作らず、武器すらまともに握れない連中が、どうやってあの狂人どもや大砲に立ち向かうのか……俺には見当もつかない。
足があれば歩けるし、腕があれば拳も握れる。アタシが行軍の仕方から叩き込んでやる。
これまでの経験が教えてくれたんだ。戦術さえ正しければ、どんなに弱っちいヤツ一人でも大軍を倒せるってな。
もっとも、あの大砲は……機会を待つしかねぇ。すぐに真っ向からぶつかるのは無理だ。
もしかしたら……アタシの友達が、その機会を作ってくれるかもしれねぇな。
友達? カトルガ区の外のか?
ああ。
そいつらがお前を助けてくれるとは言い切れないだろう。
いいや、言い切れる。
オマエには想像もつかねぇような困難を、アタシらは乗り越えてきたからな。