人々、我々 PA-7・戦闘前
結び目の両端
サンクト・グリファーブルク ロドス臨時事務所
冬季舞踏会開幕一週間前
ジュナーさん、新しい報告書の提出に――
……ジュナーさん?
乱雑に散らかったその部屋には、人の気配は全く感じられない。クラウンスレイヤーは目の前の段ボール箱をどかし、通り道を確保しようとした。
相変わらず散らかっているな……足の踏み場が全くない。
ジュナーさん――
外にいるのは誰だ?
ジュナー教官はいねぇよ。報告書はアタシに渡せ。
……
ああ、オマエか。
ジュナーさんはどうした?
知らねぇよ。アタシも何日か前に外から戻ってきたばっかなんだ。今ここにいるのはラーダ、つまりグムとアタシの二人だけだ。
事務所の設立が正式に決まった直後で、他のヤツらは手続きに駆け回ってんだろう。アタシもこれから出かけるところだ。この数日で提出しないといけねぇ学生連合大会の原稿があって――
私の分の報告書だ、まとめて提出してくれると助かる。
……わかった。
待て。
何だ?
いや……
オマエはアタシらと口を利きたくなさそうだし、いつも一人で行動してるが……お互いウルサス人で、同じロドスのオペレーターだ。
新しい事務所を立ち上げるには、何もかも一から始めねぇとだろ。だから互いに助け合えば、少しは効率的になるんじゃねぇか?
……何を求めている?
そうじゃねぇ! アタシが言いたいのは、もし助けが必要なら事務所やアタシらに頼れってことだ。何でもかんでも一人で抱え込まずにな。
もちろん、こっちも必要な時はオマエを頼らせてもらうぜ。
教官から聞いた。定期報告書の提出以外で、事務所のヤツらと関わろうとしねぇらしいな。まあ、それぞれ自分の仕事をきっちりこなすのも悪くねぇと思うが、この機会に伝えておこうと思ってな。
私がここを頻繁に訪れることなど、お前は望んでいないだろう。
勝手に決めつけんなよ。オマエがチェルノボーグやレユニオンと関わってたことは知ってる。でも、オマエが具体的に何をやったかは知らねぇし、知りたいとも思わねぇ。
アタシらにとって、それは一度塞がってもまた開く傷口みたいなもんだ。だが目を逸らしたところで、本当の意味で治ることはねぇだろ。
何より、今はお互い味方同士だし、人手も全然足りねぇ。理由なんてそれで十分だ。
だから、助けが必要な時は声をかけてこいよ。
……
おい!
礼を言う。
必要なら、そうさせてもらおう。
サンクト・グリファーブルク 学院川沿い通り警察署
12月24日 a.m. 7:45
リュドミラ!
……ちょうど、お前の保釈に向かっていたところだ。
じゃあ、親切な誰かさんのお陰で保釈金が浮いたってわけか。そいつに感謝しないとな。
どうやって出てきた? さっきの爆発音は一体……
全員逃げやがった――!
追え――!
サンクト・グリファーブルクじゃ、珍しいことでもねぇだろ。
とにかく今は話してる場合じゃない。ここであの無能警官どもが来るのを待ってたら、また刑務所に逆戻りだ。
……まだ帰るな。ついてこい、聞きたいことがある。
なんで俺が捕まったのを知ってたんだ? あそこで一生臭い飯を食う羽目になるかと思ったぜ。
お前が警察に呼び止められるところを見た人がいた。お前の向かいに住んでいる子供だ、覚えているか?
子供? あの赤毛のガキか? 陰気臭くてどうも気に入らなかったが――
人を見た目で判断するな。それで、持っていたものは全部売り捌けたか?
いや、一人だけまだ会えてねぇやつがいる。そいつを待ってたら捕まったんだ。オドエフ区の……名前が思い出せねぇ。
ルス、五番通りに住んでいる理髪師だ。生まれたばかりの子供が二人いて、インフルエンザの合併症で妻を亡くしている。
ああ……そんな名前だったな。そいつ以外には渡してきたぜ。
エネルギー変換器の代金は、どうやって支払わせた?
えっ、金は必要ないんじゃなかったのか? うちの商品を継続して買ってくれるなら、変換器はタダでやるって言ってたじゃねぇか。
ああ、その認識で正しい。
……試してたのかよ! 俺、そんなに信用ねぇのか?
信用できる人間は、刑務所に放り込まれたりしない。
この話はやめだ、やめやめ。さっさと用件に入ってくれ!
まさか俺や他の連中が、あんたに内緒でエネルギー変換器の代金をくすねてる……なんて疑ってないよな?
誓ってやってねぇ。俺たち全員、今じゃあんたに頭が上がらないんだ。あんたのお陰で凍死せずに済んだんだから、感謝してもしきれねぇよ。
いや、お前たちの中に、より多く稼ぎたい奴がいることは理解している。だが、自分より厳しい生活を送る人間から搾取する方法は間違っている。そんな真似をさせたくて販売を頼んだわけじゃない。
私には別のルートもある。それでも自分一人で捌くのではなく、お前たちに任せたんだ。それがただリスクを大きくするだけの行為なのはわかるだろう。
正直、なんであんたがこんな割に合わないことをするのか、未だにわからねぇ……損をしてまで、俺たちに稼がせてくれるなんてよ。
……
ルスには私から渡しておいた。だが、新規顧客の開拓はしばらく中止だ。何かあればまた知らせる。
えっ? じゃあ、その間は供給が止まっちまうのか?
これまでの備蓄で、既存顧客の需要は賄える。だいたい二週間はもつだろう。その間、こっちは供給ルートの確保を進めておく。
新規顧客が来たら、慎重に見極めろ。私が預けた金で助けられそうなら助けてやれ。だが混乱を招かないように、供給の問題については口外するな。
もちろんあんたの言う通りにするさ……他に何か手伝えることはないか?
必要ない、それは私の役目だ。私はこれから数日間、街を離れる。誰かに私のことを聞かれたら、適当に誤魔化しておいてくれ。
頼んだぞ。
任せてくれ。けど何かあった時は、どうやって連絡すればいい?
今まで通り、ここに来て手紙を残せ。やり方は前に教えたはずだ。
リュドミラ! 下で会うのは久しぶりだな。街を出るのか?
ああ、少し野暮用でな。今見張りがいない出口はどれだ?
どれも見張りがいるけど、あんたなら顔パスだ。
最近は、動力層から侵入しようとする怪しい奴はいないな?
ああ、それと警官のパトロールも減った。見張りと同じでどの出口にも来るが、あいつらは決まった時間に来るだけだ。大抵は俺たちだけで見張ってる。
わかった、ありがとう。
早く戻ってきてくれよ!
……ここのはずだ……
クラウンスレイヤーはしゃがみ込み、床に積もった埃を手で拭う。すると、刃物で刻まれた印が見えてきた。
顔を上げると、全く同じ形状の非常用ハシゴが、各階層の間に整然と設置されていた。彼女はそのうちの一本をよじ登り、動力層の奥深くへと進んでいく。
聞こえるか?
……
もしもし?
そっちの方は安全なの?
ああ、新しいセーフハウスにいる。盗聴器や監視カメラがないことも確認済みだ。
ならいいわ。こっちはあまり時間がなくて……
……大丈夫なのか?
あまり良くないけど、今はそれどころじゃないわ。私たちが密かにサンクト・グリファーブルクにエネルギーを移送していることが、気づかれたかもしれない。今のところは処罰を受けてないけど……
……
通信基地はもう改修された。次は新しいエネルギーパイプを敷設して、今あるものを廃棄するかもしれない。どっちの場合でも、対応策を準備しておかないといけないわ。
新しいパイプにも細工をするつもりか?
つもりじゃない、やるしかないの。
今のパイプも、ツァレフグラード区専用のようなものだった。でも今度は他の貴族すら無視して、宮殿まで直接繋ぐ気だわ。
「資源の節約」を謳っているけど、いつ天災に壊されるかもわからないパイプを次々に新設すること自体が無駄だと思わない?
それと、こっちではもう労働者が引き抜かれているって話よ。サンクト・グリファーブルクの方でそういう噂は?
今のところはないな。この街は……別の問題を抱えている。
それって、前に話していた学生の――
鉱脈枯渇の情報を統制することは難しかったにせよ、結果的にあんたたちが研究した代物は議会に時間稼ぎの猶予を与えてしまった。その上、つい最近は第四軍でも内紛が起こったばかりだ……
貴族や軍、労働者に至るまで……今、この街で軽はずみな行動を取れる者はいない。裏で渦巻く事態を知る由もない学生たちを除いてはな。
……
あんたを責めているわけじゃない。ただ、そっちで研究しているプロジェクトについて、もう少し詳しく教えてくれれば――
その前に、本題について話しましょう。新しいパイプが完成するまでは、引き続き今のものが使われるはずよ。ただ、私たちの通信手段は変更する必要があるわ。
あなたが今使っている通信機は、外国企業の独自回線を使っているのよね?
ああ、ウルサスに拠点を置く外資系企業の通信基地を借りている。
それが問題なの。たとえ外資系企業でも、通信基地がウルサス国内にある以上、厳重な監視を受ける可能性があるわ。クライニ・セーヴェルの「放送」事件が起きてからは、特に敏感だから。
毎回、別々の匿名通信チャンネルに切り替えても駄目なのか?
駄目ね。あの改修された通信基地に、どんな機能が追加されているかわからないから。独自回線を構築できる無線通信機を手に入れることはできる? 商業用の基地局を経由しない方式のもので。
もっと精密で希少な、軍用レベルの通信機ということか? そうなると少し時間が必要かもしれない。
やってみて。もし手に入れられたら、引き続きこのチャンネルに連絡してみてちょうだい。
難しそうなら……その時は、機を見て私から連絡を入れるしかないわね。もし二週間経っても私からの連絡がなかったら、今までの通信の形跡は全部消して。
……互いに、やれることを考えよう。
気をつけてくれ。
ええ、そっちも。
サンクト・グリファーブルク ロドス臨時事務所
冬季舞踏会数日後
ホントにホントに、外でお手伝いしちゃだめなの?
リェータお姉ちゃんは手紙を残してどこかに行っちゃったし、イースチナお姉ちゃんたちも全然事務所に戻ってこない。みんな、グムのお手伝いはいらないのかな?
ズィマーお姉ちゃんはグムを守ったせいで捕まっちゃったのに、何もしてあげられないなんて――
心配する気持ちはわかるわ。でも、次の駐在オペレーターたちがこの街に到着するまでは、誰かが事務所に残って業務を手伝わないといけないの。
感染者収容センターの新設に、政府の感染者登録と管理のサポート……やるべきことは山ほどあるのよ。
そういうのも、大変な状況にいながら外で頑張ってるみんなに、心置きなく動いてもらうための大事な任務なんだから!
大事な任務なのはわかってるよ。でも、グムだけズィマーお姉ちゃんを助けてあげられないのは……
やっぱり我慢できないよ。あの日グムが勝手なことしなかったら、ズィマーお姉ちゃんもそんな目に遭わなかったんだもん!
気持ちはわかるわ。でも、私はイースチナたちと約束したの。あなたを守るって――
ズィマーはいるか?
えっ?
ズィマーお姉ちゃんは警官に捕まっちゃったんだ――って、クラウンスレイヤーさん!?
……リュドミラでいい。それより、ズィマーが警官に捕まったとはどういう意味だ?
……チッ、もう何日か早く顔を出すべきだったか。あいつは今どこにいる? あと、私に何かできることはないか?
ズィマーは封鎖エリアにいるわ。救出方法については、ちょうど今こっちで考えてるところよ。
封鎖エリア……カトルガ区か? あそこはパヴロヴィッチの独立王国も同然だ。お前たちロドスが中に入ったからといって、何ができる?
……
ロドスじゃなくて、ウルサス学生自治団よ……みんな、自分たちの力でなんとか仲間を助け出そうとしてるの。
でも、グムだけ力になれてない! ズィマーお姉ちゃんはグムのせいで捕まっちゃったのに、グムだけは……
ズィマーが封鎖エリアに閉じ込められているのは、確かなんだな?
ロサがいろんな方面から確認したけど、間違いないわ。ロサは独自ルートでそのパヴロヴィッチとも接触済みよ。
だが、ズィマーを連れ出すことはできなかったということか……あるいは、あいつ自身が出たがらなかったかだな。
えっ、出たがらないって……
どうしてそう思うの?
……ただの勘だ。
ところで、事務所に新型の通信機はないか? 商業用の通信基地を使わず、独自回線を構築できるものがいい。この数日で多方面を当たってみたが、闇市にすら出回っていなかった。
そんな代物、国の軍隊か、クロージャみたいに機械いじりが好きな人しか持ってないわよ。
特別に申請でもしない限り、普通の事務所にそんなレベルの装備は配備されないわ。何に使うつもり?
人助けだ。
ロサの話だと、封鎖エリアは通信が遮断されてるそうよ。いくら高性能な通信機があっても仕方ないわ。
(小声)違う。電気を盗むのを手伝ってくれている相手と連絡を取るためだ。
私とその人の通信が、すでに勘づかれている可能性が高い。もっと安全な手段に切り替える必要がある。
電気を――
盗む!?
大声を出すな。
……最近、安価なエネルギーが街に出回ってるって話だったけど、あなたが裏で糸を引いてたのね。
協力者は他にも大勢いる。
でも、驚くようなことじゃないわね。あなたは私たちより先にウルサスに入ってたし、中央区の情報網を立ち上げた張本人だもの。それくらいできても不思議じゃないわ。
通信機がないようなら、私はもう行くぞ。ズィマーの件は私の方でも手を打ってみよう。あんたたちも気をつけろよ。
そっちも気をつけて。見つからないようにね。
(小声)んー……通信機……
どうした?
あっ、思い出した!
舞踏会の日に盗聴器を使ったの。学生の人が自作したものなんだけど、ズィマーお姉ちゃんはその人が自作の無線通信機を持ってるって――
その学生は今どこにいる!?
……わかんない。盗聴器はズィマーお姉ちゃんが借りてきたから、その人のいる場所はお姉ちゃんしか知らないと思う。