人々、我々 PA-8・戦闘後
千年のあと
進め! 奴らを八つ裂きにしろ!
源石矢を惜しみなく使え! 勝てば全員に褒美を出してやる!
撃て!
どんなイカれた連中でも、掠っちまうだけでタダじゃ済まねぇ代物だ! ヤツらを遮蔽物の裏に押し込んでやれ!
教官! そろそろ撤退だ!
負傷者を連れて先に逃げなさい! ここは私が守るわ!
ガキどもはもう限界だ。盾を構えたあのヴァルポを一斉に狙え!
ボスの武器を持って俺たちに喧嘩を売りやがって……死ね!
ボスの敵討ちよ!
復讐の声が束をなして轟き、暴徒たちが怒涛のように押し寄せる。
ソニア、ロザリンの方がもうもたない! 助けてあげなきゃ!
この中に隠れてろ、アイツなら大丈夫だ。全部アタシの計画通りに進んでる。
でも、向こうは予想以上に火力が残ってた。もし外部からの補給も届いてるなら、私たちには――
落ち着け……仲間を信じろ。
この大地で最強の戦術家を間近で見てきたアタシがいるんだ。絶対に生きてここから出られる。
……うん!
ズィマーは大きく深呼吸をすると、迫り来る人波をリェータたちの背後からじっと見据える。
ジュナーはしばらく耐え凌ぐと、身を翻して退却した。暴徒たちは飢えた裂獣の群れのように、ジュナーの背中を追いながら、車二台分ほどの幅しかない狭い路地へと先を争うようになだれ込む。
足元の一面に撒かれたどろりとした液体にも、頭上の両側高くに並ぶ、不気味なほど固く閉ざされた窓にも気づかないままに。
ガキどもはビビってるぞ! 逃がすな!
「十六勇士」、目標ポイントに到達。
ソニア、あとはお願い。
全員、準備だ。アタシが合図する。
路地の突き当たりで、「退却」を続けていたジュナーが不意に足を止めた。
彼女は敵に背を向けたまま肩を引き、盾で軽く地面を叩いた。「カツン」という乾いた音が響く。
一班、二班、行け!
その瞬間、窓が一斉に開け放たれ、松明と爆薬が雨のように降り注いだ。それは決して無闇な投擲などではなく、正確に敵部隊の中央に向かって落ちていく。
炎は暴徒たちの粗末な衣服に燃え移り、至る所からたちまち悲鳴が上がり始める。
両側から前方に回り込め! 路地中央の火は避けろ!
さあ、反撃の時だ!
割れた窓の下から、ガラクタで一杯のゴミ箱の後ろから、そして静まり返っていた物陰から、無数の人影が立ち上がる。
彼らは鉄パイプやレンチ、そしてグロモフから奪った奇妙な武器を手に、怒号を上げながら、かつて彼らを虐げていた相手へと突撃していく。
彼らは以前、別々の制服を着た学生だった。粗末なものから上質なものまで、中には擦り切れたコートを羽織る者もいた。しかし今、彼らは同じ「軍服」を纏っている。
全員の胸元には、油彩で描かれた鮮やかなシンボル――かつては生き延びるため、そして今は鎖を引きちぎるために、固く握りしめた拳があった。
ウラー!
ついに事態を悟った暴徒たちは、阿鼻叫喚のなか包囲から逃れようとした。しかし怒りに燃える拳が、彼らの行く手を阻む。
一人、また一人。傲慢に振る舞っていた「看守」たち、屈辱と迫害をもたらした暴徒たちが次々と打ち倒されていく。
ズィマーは地面に散乱した武器を踏みしめながら、隊列の先頭へと歩み出て、逃げ惑う敵の背中を見据えた。
医療班、負傷者の手当てを頼む。他のヤツらは前進を続けろ!
教官、リェータ、二人は一旦後方で休んでくれ。
ソニア、私はまだやれるぜ! だから――
ズィマーはリェータの前まで歩み寄り、有無を言わさぬ、それでいて頼もしい笑みを浮かべ、拳を突き出す。
リェータは一瞬呆気に取られたが、反論を抑えて頷いた。そして、右手をその拳に力強く突き合わせる。
(小声)よくやった、夏将軍。また後でな。
……
皆、アタシに続け!
気を抜くな! 勝利はもう目の前だ!
ソニア、敵は向こうの陣地まで後退して、反撃を仕掛けてきたわ。
まずは遮蔽物を探せ、アイツらの火力を見極める。
了解!
冬将軍、こっちの右翼が押されている! 敵はまだ予備隊を残していたんだ!
慌てんな、今すぐそっちに行く!
……なんだ?
言っとくけど、止血が終わったらすぐに復帰するからな。その時は引き留めんじゃねーぞ。
無理しちゃだめ、リェータお姉ちゃん!
チッ、ただのかすり傷だ……って、おい!
グム!? なんでここに――
しーっ! ズィマーお姉ちゃんに聞こえないようにね。いま集中してるから。
グムもみんなの役に立ちたくて、リュドミラお姉ちゃんにお願いして連れてきてもらったんだ。
リュドミラお姉ちゃん、助っ人も呼んできてくれたんだよ。
リュドミラ? あいつもいるのか?
前方に、突如として隊列が現れた。
決して人数は多くないが、地中から這い出たかのように、右翼を包囲する暴徒へと迷いなく飛び掛かる。油塗れの服が、次第に血に染まっていく。
お前らの相手は俺だ! このクズどもが!
ウラー!
パヴロヴィッチや抑圧に抗ってたのは、私たちだけじゃなかったのね……
爆発だ! 敵の後方からってことは……向こうで無縛者同盟が戦ってるに違いねぇ。
……アントーシャたちの血を無駄にするな! 全員、進め!
旦那、早く撤退を! もう仲間が耐えらんねぇ!
クソッ、クソッ、クソッ――! こんなものが支援だと? たった数発で終わりか!?
十日前まで、あの*ウルサススラング*ボンボンどもは、先を争って私の足元に跪いていたんだぞ! なぜこんな事態になった!?
パヴロヴィッチ様、撤退するしかありません!
このままでは我々が捕まってしまいます!
……火を放って奴らを食い止めろ。私は外壁の上に戻る。
公爵……いや、ウルサスが我々を救ってくださるはずだ。最後の最後まで時間を稼ぐのだ。
叶わないなら、せめてあの小童どもを道連れにしてやる!
……辺りを確認してきた。残りの敵は、全員外壁の上まで撤退している。
ソニア、来てやったぜ! ついでに、後方の爆薬も全部みんなで運んできた。ちょうど使えるだろ?
でも、あの外壁は難攻不落だ。先に火を消して、あいつらが置いていった爆薬も回収しよう。
だが、そんな余裕は……
とりあえず火を消してから考えようぜ。ほら、見てな――
……ソニア?
はぁっ、はぁっ……!
な、なぜ入ってこない!?
パヴロヴィッチ様……ご覚悟は承知の上で申し上げます。
これだけ堅牢な壁を前に、奴らもまだ進入してこない様子です。
ですから、そのマッチを置いてもらえませんか? せめて導火線から離れて――
断る!
……例の大尉が連れてきた軍警は?
彼らも苦戦しているようで、しばらく連絡が途絶えています。
もう待てません。あの通信機のボタンを押して、火力支援を要請してください!
だめだ、貴様は何もわかっていない! そこまで落ちぶれるくらいなら、もういっそ――
……何の音だ? また奴らか?
ソニア、どこに行くんだ? 早く戻ってきてくれよ!
あっちはイゴール像の方向だが、まだ火が――
巨大なハンマーアックスが振り下ろされる。地面は悲鳴を上げて割れ、その衝撃で、燃え盛る油と瓦礫が瞬時に吹き飛ばされた。同時に周囲の空気さえも、荒々しい力によって押しやられていく。
酸素を絶たれ、先ほどまで悠々と猛威を振るっていた火は、窒息したかのように勢いを弱めた。そして舞い上がる土埃に覆われるようにして、完全にかき消された。
そういうことか……
彼女は一歩を踏み出し、先ほどまで燃え盛っていた――そして、今は焦げついた地面をその靴で踏みしめる。
一振り、また一振り……髪や肩へと降りかかる火の粉に構わず、彼女は燃え盛る大地に打ちつけ続けた。まるで、存在しなかった道を鍛錬するかのように。
像を壁の方向に倒せば、門を壊せるかも……
いつしか、人々は彼女の背中に従っていた。そして、炎に鍛え上げられた道の果てには――
巨大なイゴール大帝の像がそびえ立っていた。封鎖エリアの門の一部のような姿で、サンクト・グリファーブルク最後の一角を眺めながら、ハンマーアックスを引き摺る彼女を見下ろすように。
若きリーダーは、千年前の巨人へと歩み寄る。夕日に黄金の冠を戴きながら、創造と苦難の歴史をその身に刻んだ皇帝は、なおも高みに君臨していた。
彼女はハンマーアックスを握り締める。呼吸の度に、炉の炎のような音を轟かせながら。
ウオオオオ――ッ!!
一撃――喉の奥に押し留められてきた、無数の声のため。決して壊れるはずのない大理石の台座に、痛烈なひびが入った。
……
皆、ソニアに続け!
壊せ! 倒せ! サンクト・グリファーブルクは目の前だ!
私も!
もう一撃――極寒の夜に凍え死んだ、理想のため。帝国の礎にクモの巣のような亀裂が走り、虚飾の威厳が悲鳴を上げ始める。
もう少しだ! ひび割れたところを狙え!
フェージャ、あなたも突っ立ってないで手伝って!
……
彼はただ見つめていた。かつては毅然とそびえ立っていたが、今は軋むように震える石像を。打ちつける音が響く度に、彼の心臓もまた揺さぶられる。
気づけば、その手は石像に触れていた。若者たちの叫び声が耳元で響き、擦れ合う腕からはじわりと体温が伝わってくる。
ウラー!
……
パヴロヴィッチ様!
ああ、陛下。どうか我々をお守りください――
彼が最期の言葉を呟いた刹那、砕け散ったイゴール像は、轟音とともに彼の頭上へと崩れ落ちていった。
土埃が舞う中、一筋のまばゆい光が差し込んだ。
誰かが逃げ出してきたぞ! 前方に「十六勇士」が残ってる!
あいつらを捕まえろ! 罪を償わせてやるんだ!
ウルサスのために!
イゴールの剣が外壁に崩れ落ちる。石によって作られた権力の象徴は、ついに粉々に砕け散った。
イゴールの拳が枷を打ち砕く。一人の影が瓦礫の山を乗り越え、その背後には何十、何百もの人々が連なっている……
彼らの脳裏には、昨夜のズィマーの叫び声がこだましていた。
……アタシらは言われてきた、平凡な人間として生きろと。
喉を焼き切れば、バターを塗りたくったパンを食わせてやると。
膝を叩き割れば、恩赦の紙切れと交換してやると。
仲間の血を一杯注げば、家の門と勲章を磨き上げられると。
歴史の塵と化して、大地を肥やす枯れ草になる……なんて簡単で楽な道だろうな。
だが、アタシらの答えは「否」だ。
アタシらは、優しさと誠実さ、嵐と苦難の道を選ぶ。自分自身、そして未来を手にするべき全ての人を守るために。
さあ、これが最後だ――
ウルサスの、決して跪くことのない子供たちのために!
決壊した堤防からなだれ込む熱い溶岩のように、燃え広がる真紅。
ウルサスの学生たちは、蒼白な凍土の繭を破り、ついに羽化の時を迎えた。
……部隊で逃げ出せたのは俺だけだ。他のヤツらは皆――
うっ……うぅっ……
戦闘の経緯を語る証人はこれで四人目よ……どうして皆同じ内容ばかり話すの?
パヴロヴィッチが雇った賊どもには期待するな。大尉の部下が来れば、少しは聞くに堪える証言をしてくれるだろう。
証人、感情的になるのはお控えください。まだいくつか確認すべき点がございます。
当の戦闘で、チチェーリン大尉は名誉の死を遂げました。ですが、事前の聴取では、貴方は戦場での大尉の戦いぶりを具体的に知っていると言っていましたね。
ああ。
あの部隊は……反逆者を皆殺しにした。でも最後には、そいつらも外壁の倒壊と爆発に巻き込まれて死――
うそつき!
何も見てないくせに、勝手なことばっか言うな!
……警官、その子を退廷させてください。
冬将軍、荷物の確認は終わったぜ。急いでここを離れねーと。
今回……負傷者はどれくらい出た?
まだ医療班が数えてるところだけど……ここまで生き延びられたのは、全員ってわけじゃねーからな。
そうか……
無縛者同盟はどうした?
……
ソニア、ロザリン。
アントーシャ。
おい、他の奴らはどうした?
……俺たちは敵の後方に奇襲を仕掛けた。そこで、憲兵と相対したんだ。
ほら、これを胸にしっかり押さえつけて。大丈夫だから。
うぅっ……
マトヴェイ、空が真っ暗だよ……もうそんなに経ったの……
冬の風が吹きつけ、幼さの残る顔についた泥水が固まっていく。
……ああ。
装備に差がありすぎる。このままではもたないよ、アント――
戻れ! アントーシャ!
アントーシャは源石爆弾を抱え、果敢に突撃していく。その時、唸りを上げて走る矢に掠められ、アントーシャの左足は力を失い、彼はぬかるんだ地面に倒れ伏した。
ぐっ! あと少しで――
規則的な足音が迫りくる中、アントーシャが反応する間もなく、彼の抱えていた源石爆弾は素早い手つきで掠め取られていた。
アントーシャ、覚えてるかい?
無縛者同盟の中で、一番身軽なのは僕だって。
――!
かかってこい、クソ野郎ども! お前らに自由は殺せない――!
無縛者同盟は、奴らを一人残らず始末した……
それで、マトヴェイは――
……
そんな……ウソだろ……
……
アタシらが生き残れたのは、アイツと、オマエら全員のお陰だ。返せねぇような借りを作っちまった……
ここを出るまでに、アイツも、他のヤツらも、絶対に見つけ出してやる。それで、ちゃんと別れを告げる。アタシは――
やめろ。もう何も言うな。
……お前には、まだやるべきことがある。
俺を殺せ。
はあ!?
あの門を開放するために、お前はパヴロヴィッチを殺した。
奴は罪人であり、カトルガ区の人々を迫害してきた張本人だ。だからこその選択だ……
なら、なぜパヴァロや他の貴族の罪には目を向けない?
奴らのような人間や、それ以上の悪事を働く貴族、そして「皇帝」を自称するフョードルは、この腐りきった国で傍若無人に振る舞っている。
その一方で、血と涙を流す平民を見殺しにしているんだ……奴らは腐肉を貪りながら、なおも平然としていられる。
瓦礫の下敷きになった「枢密官閣下」を思い出せ。奴の哀れな一生は、死をもって初めて、虐げられてきた者に報いた。
奴らの破滅そのものが、俺の求めていた答えをもたらし、ウルサスを根底から破壊するんだ。
オマエは一人ひとりを裁判にかけて、そいつの身分を処刑の根拠にしてるだけだ。
でも、破壊は手段でしかねぇ。役に立つ時もあるが、それで人々を団結させられないんなら、何の意味もねぇだろ。
またその空論か……
奴らを生かし、腐敗した思想と道を放置してしまえば、「より良い暮らし」を餌に、奴らがお前の友人や後継者を買収する日が必ず来る。
だから殺戮と破壊に頼るってか? そうすりゃ一夜でアイツらの思想を消し去れて、理不尽も根絶やしにできるとでも信じてやがんのか。
まだ来てもねえ預言のために、アタシらは団結して身を守るんじゃなく、個々人の純粋な感情に任せて、ウルサスの大砲や戦艦と正面からぶつかれってか?
……もういい。
いつからそんなに説教臭くなったんだ……いいから、かかってこい……
オマエ、ひでぇ怪我だぞ。
まだ新しい秩序なんてものを夢見ているなら、俺の屍を越えてお前の道を行け。
やらねぇよ。
オマエは、他に理想を叶える方法がねぇと信じ込んでんのか……
それとも、目の前で犠牲になった仲間を見て、自分も詩的な死に様を求めてんのか?
……
今は、自分だけが生き残ることを受け入れられないんだろ。その気持ちはわかるが……
オマエは最初から最後まで、破滅が全部解決してくれるって喚いてるだけだ。アタシに殺してもらえりゃ、理想の未来の礎になれるかもしれねぇって思い込んでな。
そんなバカげた未来像なんて、アタシは認めねぇ。命を捨てることで美化される理想なんて、あるはずがねぇからな。
じゃあ、アタシはアイツらを探しに行くぜ。
ソニア、待て――
……アントーシャ!
お前らのことで、自分だけが悲しんでるとでも思ってんのか?
違う!
これ以上、あいつらを傷つけるのは……
もうやめにしようぜ。
お前の理想と、お前自身……
そのために、あいつらは命を賭けたんだろ。
……
錆びた鉄の味が、再び喉にこみ上げる。後悔に満ちた味を噛み締めるのは、この日で二度目だった。
みんな、何やってんの? ちょっと通して!
ロザリン? なんでこんなことに……
これが一番手っ取り早いだろ。
仲間を弔うには、時間が必要なんだ。お前にも、私たちにもな。
ウクシク……
アントーシャ! あたしがそばにいるから!
なんでこんなに血が出てるの? すぐに手当てするから……
お前はまだ知らない……
知らないって、何を?
……起きたらソニアの拠点にいたの。昨日の夜、マトヴェイが運んでくれたって聞いたよ。
……
お前に預けた手紙は、まだバッグに入っているか?
陛下! 陛下!
ご無事で何よりです。我々も報せを受け、ただちに近衛軍を招集し――
ほう? 軍に何をさせるつもりだ。
もちろん、あの反逆者どもを粛清させるのです。
「反逆者」とは、誰のことだ?
……とおっしゃいますと?
陛下!
ヴィッテ?
何はともあれ、まずは宮殿にお戻りください。話はそれからにいたしましょう。
陛下、お車までご案内します!
少し離れた場所に、黒塗りの車が停められていた。車内には赤い絨毯が敷かれ、フョードルは馴染み深い香りが漂ってくるような気がした。
彼は少し振り返ったあと、再び前へと歩を進める。
ヴィッテ、教えてくれ。
二十年以上も努力した結果が、あの炎だというのか?
何故、このような結末に……
……
議長様、このまま陛下が徒歩でお戻りになれば、市民に今のお姿を晒すことになります!
行かせて差し上げましょう。
それが陛下の望みならば……
フョードルはこの街で数十年と生きてきた。しかしこの通りを歩くのは、初めてのことだった。
雪が彼の頬に触れる。瓦礫の上でも、絢爛な宮殿でも、その冷たさに変わりはなかった。