驚靂蕭然 12-20・戦闘後
真摯な誘い
……
何を見ておる?
君たちの魔王を見てるんだよ、バンシー。
アーミヤと対面しておるのか。
己の行動に慎重を期すよう忠告しておく。
その呪術を消してよ。
心配しなくてもいいって、彼女たちはもう勝ったから。
変形者、我々のこれまでの交流により合点がいった。今、我はうぬの行動について深く理解しておる。
あれは元々、ドラコに焼き尽くされた分身さ、魔王が負けるはずはないって。
でも僕たちは嬉しいよ。これだけ長い歳月の後に、また新しく見識を広めることができたんだもん。
たとえほんの僅かであっても、僕たちはこの興奮をずっと長い間、味わっていなかった。
誇りに思っていいよ、バンシー。君は僕たちを説得した。喜んで君たちのためにその新たな可能性を残しておいてあげるよ。その可能性が伸びていく方向に期待はしてないけどね。
でも僕たちは時間と辛抱強さには事欠かない。
次の結末で、僕たちはまた会うだろうね。
うぬはこれからどこへ行く?
どこへも行かないよ、僕たちはあらゆる場所を徘徊してるからね。
変形者よ、確かうぬはこう言ったな──あらゆる可能性をほぼ試し尽くしたと。
そうだよ。
だが、うぬにはまだ足を踏み入れておらぬ領域がある。
……へぇ?
この大地のあらゆる物事が進化しておる。しかしながらうぬは足踏みを続け、進化の結果を模倣するだけであった。
そう、うぬは元々立っていた場所から一歩も先へと進んではいないのだ。うぬはすでに完成しておる。
すでに完成しておるものに当然進歩などありえぬ。
とても説得力のある挑発だね、それで君の提案は何なのかな?
もう分かっておるだろう。
……
「死を告げるバンシー」――君はその名に恥じないね。
新生は滅びより生まれる。
そうだね、確かに試したことがなかったよ……
……
ここから遠くない場所でさ、僕たちはたった今、ある友人を見送ったばかりなんだ。
彼女はさ、流れに身を任せるなら、生きること自体を諦めたいってそう言ったんだ。
僕たちは彼女の感情を身をもって感じ、彼女の決意を目にした。
彼女はそれを臆病な選択だって言ってたけど、僕たちは別の何かを感じたんだ。
これまではそれをうまく説明できなかったけど、今分かったよ。あれはある種の勇気でもあるんだ。
僕たちが考えたこともない勇気さ。
そうだね……そうさ、バンシー、認めるよ。
僕たちは確かにうずうずしている。
もしかすると、これは君のちょっとした陰謀、敵を排除するための幼稚な手段なのかもね。
でも僕たちは気にしないよ。
けどもしかしたら、これはサルカズの魂が君の口を借りて、僕たちを招待しているのかもね。
我が手を貸そうか?
少しは尊厳を保たせてよ。
でも君と君の背後の弔鐘には、僕たちのために鳴り響いてもらおうかな。
……
君たちは強くて、勇敢だ。この勝利を祝うといいよ。
これは君の真の実力ではない。
どうしたんだい、ロドスのドクター、まだ満足できないの?
その必要がなかっただけかもね? 君の最悪のシナリオよりも……僕たちは君たちのことを理解してたりして?
アハハッ、心配いらないよ、ドクター。君たちの船の乗船検査は、見た目ほど緩くはないから。
それじゃ、またね。
……何をするつもりだ?
このボロボロの体で僕たちに何ができるっていうんだい?
僕たちは確かに長い時間、その場で足踏みしてたよ。
小さな異種族の魔王、君はどこへ向かうのかな?
君を信じる人たちや、君についていく人たち、君を守る人たちを、君はどこへ連れて行くんだい?
君はあのボジョカスティの予言みたいに、この大地のすべてを奴隷とするのか……
それとも、僕たちはただ歴史に深く縛られ過ぎているだけだと証明するのか……
「進化」、これってずるい言葉だよねぇ? まるで必然的な進歩があるみたいだけど、けど当然そうとは限らない。
でも大丈夫、君は道を見つける。僕たちも同じだよ。
彼が……消え去りました……
いや、変形者は死なない。また別のより完璧な、より強大な分身が恐らくこの付近にいる。
これはあいつの常套手段だ。獲物に警戒心を解かせた後で、トドメの一撃を与える……
……骨笛の音だと? まさか、そんなことが?
Logosは骨笛を旧王庭の嘆かわしい伝統と見なし、前任者たちのようにそれを吹く使命を、彼はずっと拒んでいた。
だがこれは確かに弔鐘の主の骨笛だ。
──!
変形者が……死んだ。
骨笛の音。
現任のバンシーの主が王庭に即位してからというもの、骨笛の音を聴くことがあったでしょうか?
……
変形者が死んだ。
ご安心を。変形者閣下は些細な挫折を迎えただけであり、すぐ──
いいや、私の告げた言葉の意味は、すべての変形者が同時に枯れたということである。
変形者が死んだ。最も恒久的な王庭が今、崩れ落ちたのだ。
……フン、実に面白い。
恐らく彼奴自身、このような結末に至るとは思ってもみなかったであろうな。
これをどう形容すべきか……分裂?
……あるいは二つの新生か?
古よりの統一的な変形者はもはや存在しない。
……
そして生まれたばかりの二人の変形者が、この世に現れた。
自然界において、砂は万物の成れの果てと見なされいる。どれほど堅固な岩であろうと時間の終点にて粉と化す。
だがもしかすると、砂もまた同様に、新たに循環する可能性があるのかもしれない。
ケルシー、怪我はまだ治ってないよ。下手に動くなら、シャイニングちゃんにチクっちゃうからね。
……もうほぼ問題ない。
まもなく、旧友が我々を訪ねてくるかもしれない……いや、今は新たな友人か。
君の旧友だか新たな友人だか知らないけど、あたしは全然会いたくないね。
それよりも、良いニュースと悪いニュースがあるけど、どっちから聞きたい?
あー今のナシ。あたしったら疲れすぎて頭がおかしくなってるんだろうな、でなきゃ君相手にこんなくだらないことしないもん。
悪い方のニュースは──
……良いニュースを聞かせてくれ。
うん、サルカズの補給ルートの入口がブレントウードのどこにあるのか見つからなかったんだ。地下トンネルとかそういう施設が全くなくてさ、確かに整備通路はあるんだけど……
え、え?? 今何て?
良いニュースを聞かせろ、と言ったが。
あー、えーっと、その……
シャイニングちゃん、ちょっと来て──
そう動揺するな。私もたまには良いニュースが聞きたくなることくらいある。
……
えと……良いニュースは、ドクターから連絡があったよ。
助けていただいて感謝します、ウィンダミア公爵。私たちの部隊とまた連絡が取れました。
私たちが連れ出した難民も、みんな船に乗り込みました。これから彼らはしばらくの間、ウィンダミア公爵の庇護を受けるでしょう。
礼を言うのは私の方だ、ロドス。
ノーポート区の住民たちが、壊滅的な災害から逃れる手助けをしてくれた。全員ではないが……十分だ。
国民の安全を守ることは本来、我々公爵の名を背負う者がやるべき仕事だ。
さらに、君たちは私の娘も救ってくれた。
……この子は先ほどまで部屋で大泣きしていたのだ。
お母様! 私はただ……
ここ数日、何を経験したかは想像に難くない。
だがデルフィーン、そのような場所から抜け出したからこそ、権力を握る者が一体どのように己の力を用いるべきかを、お前はより深く理解できるかもしれない。
不躾ながら公爵閣下、貴殿自身はその力をどのようにお使いになるおつもりか?
蒸気騎士たちの結末を目の当たりにし、私は──
私は決断しなければならなかったのだ、モンタギュー家の娘よ。
それを陰謀と呼びたければ呼ぶがいい、否定はしない。蒸気騎士の移動指令に私もサインをした。
だが……この国の未来を決める──これこそが我々の使命なのだ。
「使命」。
そう、「使命」だ、ミス・ヴィーナ。
私が君をこう呼ぶ意味はわかるだろう。
もちろん。
私とダグザは先に失礼する、公爵閣下。今は……友人たちと一緒にいたいのでな。
好きにするといい。
さて、ロドスのドクター、どうやら……君たちのオペレーターが携えているものについて触れないわけにはいかないようだ。
……やはり、見間違いではなかったか。
あれはヴィクトリアの国剣だ。違うか?
デルフィーンが君のことを言葉を惜しまず褒めていたが、評価を改める必要がありそうだ。
いずれにせよ、我々は彼女とあの剣を無視することはできない。
君たちとデルフィーンの取引については、あの子から聞いている。途中で色々とあったが、取引の条件を満たしていることはひとまず肯定しよう。
君はロドスの真の支持者にはなり得ない。
その通りだ。
だが当面は何も起きていないことにしておくと約束しよう。
この件については、駐屯地に戻った後でゆっくり話し合うといい。
……カドールは船に乗らず、何人か連れて行っちゃったよ。
ハンナは?
部屋にこもってる。全然出て来ないんだ。
……
もう少ししたら、何か食べ物を持って行ってやろう。ノーポート区では、あいつほとんどまともに食べてないからな。
うん。
何を燃やしている?
下書きだよ。
回顧録を書くためにアイディアを貯めといたんだ。どれもその時々にメモしたものだけど。
でもね、回顧録本体の原稿をどこかに置き忘れてきちゃってさ、アハハ。
ヴィーナにはあんなものは必要ないよね? 吾輩たちには、もう必要ないんだよ。
ああ。
……
……シージ、どうした……泣いてるのか?
いや、これは……
これはただ……
……
大粒の涙がシージの頬を伝って零れ落ちていく。その光景にモーガンとダグザは唖然とした。ヴィーナは決して泣かない──これが全員の共通認識だったのだ。
高速戦艦の甲板からは、ヴィクトリアの太陽がゆっくり昇っていくのが見える。昨夜の闇を払い、昨夜の濃霧を乾かした太陽が。
その太陽を背にし、このヴィーナという名の若者は、自らの感情を無言であふれさせた。
これはただ……灰が目に入っただけだ。
ノーポート区は元に戻るよ。だってノーポート区の人たちはまだ生きてるんだから。
吾輩たちの生活も……戻ってくる。
吾輩たちはそれまで……耐える必要がある。あと少しの辛抱だよ。
ヴィーナ、吾輩は信じてる──
戦争は終わる、そうだよね。