背理分光 16-11・戦闘後
墓に至る
足跡はここで途切れてる。前方は……
ふっ、これ以上は進まなくてもいいと思うわ。
……
ここで……
……何があったんでしょうか?
ウルサス クライニ・セーヴェル地区
この村は坑夫たちが車両を乗り捨てた場所から一番近いところね。何か知っていることはないか尋ねようかと思ってたけど……
この様子じゃ、中に生存者がいるかどうかも怪しいわ。柵の焼け跡を見る限り、つい最近起きた出来事のようね。
もうっ……また一足遅かったわ!
……
アーミヤがさらに近づいていくとやがて静寂に包まれた廃墟がはっきりと見えてきた。
燃え盛った炎は跡形もなく、周囲の林の中の剥き出しの枝は双月すら覆い隠せていない。月明かりの下、焼け焦げた廃墟は、想像していた村とはかけ離れていた。
アーミヤはかつてこれと似た光景を見たことを思い出し、その記憶に一瞬の呆然と不安を覚えた。
Mantraさん、私たちは――
(首を横に振る)
何人かと一緒に、生存者がまだいないか探してくるよ。
……私も行きます。
大丈夫、すぐ戻るから!
いえエリジウムさん。全員で行って、分かれて探すことにしましょう。
あっちに人がいたような……
ねえ、君! 僕たちは近くから来た救援隊なんだけど!
……!
君はこの村の人かな? ここで何があったのか教えてほしいんだけど――
クソッ! クソッ!
まただ! また来やがった!
えっと……さっき救援隊だって伝えたよね? 僕のウルサス語が間違ってたのかな?
いえ、恐らく彼は……怖がっていただけです。感情が伝わってきました。
でもここにいたってことは、きっとこの近くに住んでるってことだね。
どうしようかアーミヤ、追いかけてみる?
(首を横に振る)
いえ、今はやめておきましょう。また驚かせてしまうかもしれませんから。
誰ですか?
あっ!
危ない――
ご、ごめんなさい!
わ、わざと、追いかけてたんじゃ、ないんです!
あなたたちの、服が……おねえちゃんと、似てた、から……
服が似てる? このロゴのことですか?
(うなずく)
そのおねえちゃんは、何と言うお名前ですか?
セ、セラフィナ……
Raidianさんの本名です。
そのセラフィナって人は、背が小さくて、四本腕のリーベリかな?
みなさんは……おねえちゃんを、知ってるんですか?
はい! 私たちは彼女の仲間で、ずっと探してたんです。
あなたのお名前は何ですか? よければ……そのセラフィナさんの元へ案内していただけませんか?
わたしは……ヴェトチキです。
ついてきて、ください。
ここで……火事が、起きました。残った人は、みんな、村の外にいます。
おねえちゃんは、ずっと、みんなを助けてくれました。おねえちゃんがいなかったら、ここまでは……来れなかったと思います。
ってことは、君たちは中心鉱区から来た坑夫なの?
はい。あなたたちが来てくれて、それに助けてくれるんですよね。よかった……
これで、きっと、生き延びられる――
……
あっ、着きました。この先です!
誰だ……
ヴォーリャおじさん? まだ熱があるんだから、玄関に座ってちゃ……ダメです!
熱はないよ。足の爛れたところには服を巻き付けておいたから、もう痛くない。心配はいらん。
お前は? 今度は誰を連れてきた?
この人たちは、セラフィナおねえちゃんの知り合いで……
はい。私たちは彼女と同じ製薬会社の者です。どうか信じてください、私たちに悪意は――
アーミヤ?
アーミヤ……本当にアーミヤたちだ!
どうやってここまで来たの?
本当にここにいたなんて……
やっと会えましたね、Raidianさん!
彼女は駆け寄り、何日も音信不通だった仲間を抱きしめた。
アーミヤはこれまで人前で自分の感情を晒すべきでないと考えたこともあった。だが今この時だけは、何も考えずに心のままに動いていた。
久方ぶりの再会の喜びに勝るものも、気にかけていた人が無事だと知った瞬間の安堵感に勝るものも存在しないのだ。
あの子が、あなたの名前を言った時は、まだ確信が持てませんでした。ですが――
本当に最高の知らせです。
Raidianさん……そちらの状況は? 無事でしたか?
私は大丈夫だよ……ごめんなさい、心配かけちゃったね。
Raidian小隊全九名、ただいま合流しました。
本当によかったです……
そういえば、ここまでたどり着いたということは……誰かが私が残した痕跡を見つけたの?
賢明な方法だった。
Mantra! やっぱりあなたもいたんだね。
Raidianさんが消息を絶ってから、ドクターやMon3trさんと一緒に捜索に出たんです。
ドクターたちは今少し前に発見した研究員さんが目覚めるのを待っています。通信が復旧したら、すぐにこちらへ合流する予定です。
ドクター? ドクターもウルサスへ来てるの?
はい。Raidianさん、おそらくお互いに訊かないといけないことがたくさんありますね……
……火事の後始末をした後、ランキンは一部の人を連れてここを離れていった。
ここに残ったのは、彼らと一緒に行く気がなかった人たちと、旅を続ける力がなかった坑夫と、元々ここに住んでいた村人たちだよ。
事前に止められなかったことが、残念でならないよ……
そんなことがあったなんて……
そのランキンさんという方は、レユニオンと何らかの繋がりがあるのですか?
そうだね……私の知る限りレユニオンと直接に連絡を取っているわけではないと思う。ただカジミエーシュとウルサスの国境地帯に、レユニオンのアジトがあるってことを信じてるだけみたいだね。
私も最近、クライニ・セーヴェルに亡命した感染者からレユニオンについて似たような話を聞いたよ。ロドスは何か情報を掴んでないの?
(首を横に振る)
ちょっと待ってちょうだい。つまり、逃げ出した感染者坑夫たちはレユニオンとはまったくの無関係で、彼らはただ旗印を見つけたからそれを振り回してるだけなの?
こちらの新顔さんは?
アロイジウス・ゴルシコワ、近衛軍先鋒大隊の軍曹よ。アロイジウスと呼んで構わないわ。
近衛軍の人がどうしてここに?
中心鉱区で起きた変異感染者の噂の調査に来たそうです。アロイジウスさんは、私たちが鉱区に入る手助けをしてくれました。
Raidianさん、お会いできて光栄だわ。
あなたたちが再会を果たせたことは何よりだけど――今は時間がないの。単刀直入に聞かせてちょうだい。
あなたは逃げ出した坑夫の一団の中に変異感染者を見たかしら?
変異感染者?
ロドスのオペレーターなら、知らないわけないでしょう。
ううん……少なくともここでは見てないよ。私の小隊が彼らを検査した時、変異感染者と呼ばれているような人は発見できなかった。
それはおかしいわね……彼らの中には必ず何か普通じゃないところがあるはずよ。残った人たちに問題がないなら、先に進んだ人たちの方を急いで追わないといけないわ。
ここを離れる時、彼らから国境地帯へどういうルートで向かうかは聞いてないかしら? それか、何か別の手がかりは?
そうだね、私があなたに何かを報告する義務はないと思うよ。
Raidianさん、どうか信じてくれないかしら。私がここへ来た目的はただ一つよ。変異感染者に関する騒動の真相を明らかにして、なるべく平和的に鎮めることなの。
サンクト・グリファーブルクも、感染者の利益を守る立場にあるのよ。
ごめんね、近衛軍のお姉さん。その言葉は私からすれば何の説得力もないの。
「タシュケント採掘場」でも、「黒河監獄」でも……「感染者の利益」を守るために立ち上がった貴族なんていなかったし。
あら、第三軍出身なの? ……あなたもウルサス人だったのね。
大昔にそうじゃなくなったよ。
そう……Raidianさん、あなたにはこの国を嫌う十分な理由があるでしょうね。
だけどそれでも、私は祖国へ忠義を尽くす覚悟を決めているの。あなたが避けたいと考えていることは、ある意味では、私としても避けたいことなのよ。
ここを離れた坑夫たちは南へと向かっているわ。彼らが国境地帯を目指しているのであれば、必ずサンクト・グリファーブルクを通ることになる。
彼らが気づいているかは知らないけど、ひとたび発見されてしまえば、彼らの本当の目的が何であれ、首都に反旗を翻す集団だと見なされてしまうでしょう。
……そうなれば、結末は一つしかないわ。
……
アロイジウスさん、それは質問ではなく、脅しに聞こえます。
事実を述べているだけよ。こちらのほうが正直に話してくれれば、私も厳しい言い方はしなくて済むけれどね。坑夫たちがなぜここを出たのか、逃げた目的は何なのかを、私は知る必要があるの。
この期に及んで隠し立てをすれば、あなたにとっても、彼らにとっても、不利になるだけよ。
私が見たのは必死に生き延びようとする感染者たちだけだよ。どんな立場の人間であっても彼らを非難する権利はないね。
はぁ、やっぱり話を聞いてくれないのね……
アーミヤさん、ここまで行動を共にした仲に免じて、偏屈なリーベリさんを説得してくれないかしら?
待ってください、アロイジウスさん。その前にもっと重要なことがあります。
ここに残った坑夫や村人の方たちは、今も非常に危険な状態です。物資もなく、行く当てのない人々を、このまま見捨てるわけにはいきません。
今後どうするかという話は、彼らの安全を確保してからにしましょう。
村人たちのことは心配いらないわ。元々あとで彼らに援助を提供して、村を再建するつもりだったから――女大公はこの手の件に関していつも寛大よ。
だけど坑夫たちの件は、一筆認めた程度で片付く問題じゃないわ。
あなたが手を差し伸べる気がないなら、ロドスが彼らに援助を提供します。
……私たちの協力関係のために、もう一度力を貸してあげる。
坑夫たちはサンクト・グリファーブルクへ連れていくわ。
え……?
そう、自らサンクト・グリファーブルクへ赴くのよ。この坑夫たちを証人に変え、それからすぐに中心鉱区感染者異変の顛末と真相を陛下へお伝えするの……
そうすれば彼らを保護する理由が生まれ、離れた者たちの「殲滅」ではなく「阻止」を選択するでしょう。これらの措置は、少なくとも女大公に対する調査が終わるまで続くわ。
その後はどうするの?
私が議長に働きかけて、陛下に感染者たちの赦免と、医療支援の名目でロドスの介入を許していただくよう嘆願するわ。
……あなたは、今は坑夫たちが証人として必要なだけで、女大公を失脚させた後はそうじゃないかもしれないけどね。
そうじゃなきゃ、感染者たちを見逃す理由がない。私はウルサスをよく知ってるの。あの陛下がこの冷たい土地にどんな温もりを与えたいと望んでようと……それは感染者のものにはならない。
口を慎みなさい。
ごめんね、私もただ「事実を述べているだけ」だから。
あなた、よくも――
――確かにウルサスはそうかもしれません。ですが私はアロイジウスさんを信じます。これまでの協力は、私がそう判断するのに十分なものでした。
……アーミヤ?
すみません、アロイジウスさん。Raidianさんは不安を口にしただけなんです。私たちは皆、ウルサスが感染者問題に対してどのような態度を取っているか理解していると思います。
(うなずく)
そう。私個人へのものだとしても……これだけは言わせてちょうだい。あなたの信頼に感謝するわ。
軍人は大げさな動きで二人にお辞儀をしてから、最後にRaidianに対して挑発的な視線を向けた。
……なら最後の質問をさせて。
あなたにはそれらを実行する権限があるの? 「軍曹」。
サンクト・グリファーブルクを大昔に離れたあなたは、「ゴルシコワ」という姓があそこでどれほどの力を持つかご存知ないようね。
我が一族にかけて誓うわ――
あなたたちはこの先、医療支援以外のことは何も心配をしなくていい。
……
……嘘は言ってないね。
必要がないもの。
たとえその案が実行可能だとしても、まずは坑夫の皆さんから同意を得なければなりません。
そうだね。私に任せて。
みんなに状況を説明して、意見を聞いてくる。
ヴェトチキ、ここにいたんだ……
みんなに伝えなきゃいけないことがあるの。ここを離れて、サンクト・グリファーブルクへ行く選択肢ができたんだよ――
サンクト・グリファーブルク?
お母さんが言ってました……サンクト・グリファーブルクの街は、アカシアと、さくらんぼの木が、生えてるって。
空が、とても、明るいって。羽獣が、す、巣を作って、逃げていかないって。
……そこには、春があるって。そ、その、サンクト・グリファーブルクですか?
うん、そのサンクト・グリファーブルクだよ。行きたい?
行きたいです! 行きた――ゲホッ!
焦って早口で話しすぎたからか、喉に冷たい空気が入り込み、乾燥したために痛み始めた。
あなたがそうしたいのは分かったけど、他の人はどうかな?
わたし、鉱区から、出たことないんです。だから……
うん、だけど決定を下す前に他のみんなもあなたと同じように、私たちを信じてサンクト・グリファーブルクへ行きたいと思ってるかどうか聞いてみないとね。
わたし、聞いてきます。きっと、きっと行きたいって、言うと思います!
おねえちゃんが……戻って、くる前に、ダーリャが、言ってたんです。わたしたちは、逃げられないって。
鉱区にも、戻りたいと思っても、外の人たちが、邪魔しに、来るって。わたしたちを……焼き殺すって。
教えて、あげなきゃ。ち、違うって。
そうだね。それは違う。
ダーリャ! ダーリャ?
……
ダーリャ、みんなで一緒に、サンクト・グリファーブルクに、行こう! お、おねえちゃんが、なんとかするって!
みんなで、い……行けるって!
……ダーリャ?
ダーリャは壁にもたれ、背筋を真っすぐにして座っていたが、何の反応もなかった。目を閉じており、倦怠感と衰弱が影のように彼女の少女らしい頬を覆っている。
まだ呼吸はあったが、辛うじて残った生存本能によるものだった。
ダ……ダメです……ここにいちゃ……
一緒に――行きましょう――わたしが、支えます! 支え、られますから!
……
ダーリャ……!
彼女はただ疲れてるだけかもしれないよ。ゆっくり休ませてあげよう。まずは他の人を――
友人の沈黙がただの偶然であることを願いながら、ヴェトチキは周囲を見回した。
ヴォーリャおじさん……
彼女は歩み寄り、一人ずつ順番にゆすり起こしてみた。だがいつの間にか、全員がダーリャと同じように硬直したまま、背筋を真っすぐにしていることに気がついた。
中には跪く者も、立ったままの者もいたが、全員が例外なく部屋の奥で頭を垂れる老人に体を向けて微動だにしなかった。まるで他の音がまったく聞こえていないかのように。
顔を上げたヴェトチキの口から、一つの呼び名が思わず飛び出た。
……おばあちゃん?
戸惑うヴェトチキの視線を辿って、Raidianも顔を上げる。
皆の視線の先で、しわがれた声が空間全体を包み込んだ。
ようこそ……
かつてウルサスの記憶に刻まれた者よ。
フードが彼女の表情を覆い、視線を遮っている。だがRaidianはなぜか、その人物の視線が自分に向けられていないように感じた。
……何を言っているの?
お邪魔して悪いけど、あなたのやり方は少し悠長すぎるわ。
皆さん、聞いて! 私には全員の安全を最大限保障するための提案があるわ。
「軍曹」――
それは我々と共にこのクライニ・セーヴェルを離れ、サンクト・グリファーブルクへ向かうことよ。
そこでは、帝国議会が皆さんを庇護するわ。ただしそのためには、あなたたちに立ち上がってもらい、証人として女大公の罪を証言して、私の調査に協力してもらう必要があるの。
皇帝陛下は、ウルサスは、ここで何があったのか知らなくてはならないのよ!
そしてすべてが終わった後は、あなたたちの知るこちらの女性、彼女の所属するロドスという製薬会社が、その後の医療支援を提供するわ。
さあ、私についてくる気のある者は――
あなたの声は届いてないよ。
彼らの身体の電気信号は今……
突如として、不気味な寒気がRaidianの大脳皮質に突き刺さり、彼女はその場で硬直する。
Raidianは本来ならば一秒前に口にしていた警告を発するのを、何故か躊躇った。
――!
なっ……
本来どれほど無秩序な電気信号であっても、Raidianにとっては穏やかに感じられる。だが今この瞬間、彼女は自身を覚醒させるために、それを鋭い刃に変えざるを得なかった。
Raidianは己に干渉する見えざる何かへの対処として、アーツで己の全身を麻痺させた。理由なき束縛から逃れるために。
あなた、どうしたの――
うっ――
早く――逃げて!
今すぐ――みんなを連れて――離れて!
……
Mantraさん、寒気と……苦しみを感じます。
一つの渦が、私を誘っていて……
アーミヤ、目を閉じ、耳を塞げ!
私は――私は――
うっ!
アーミヤ、アーツで一時的に感覚を遮断するのだ、今すぐ。
エリジウムも同じようにしなさい。あなたたちはここに残れ。私は状況を確かめてくる。
Mantraさん!
入っちゃダメ! ここは何か様子が変だよ。彼らには私たちの言葉が聞こえてない――
いずれにせよ……
私は呼ばれた。
ならば向き合わねばなるまい。
Mantraは目を閉じた。彼女の脳内で、閉ざされた空間全体が意識の設計図のような形で構築される。
彼女は屋内へと足を踏み入れた。この場所に存在するすべての生きた意識を繋ぎ止める点を見つけ出し、彼らを呼び起こし、声を「聞かせ」ねばならない。
少なくとも、そのはずだった。
違う……
……ここにあるのは……
沈黙だけ?
……?
赤。
目を刺す赤。
雪上に広がる血潮のような赤が、網膜の周囲からにじり寄り、這い上ってくる。
それから、彼女は目を開いた。
忍耐だ。
信仰心だ。
苦痛だ。
魂?
魂。
魂だ!
我は耐え忍ぶ。
我は信じる!
我は受け入れる……
皇帝陛下よ、ご照覧あれ――