相変臨界 17-15・戦闘前
人の価値
ゼルグラード機密区研究所 第六ラボ
1102年1月18日 23:07
主任、少しは休んでください。もう丸一日この資料の研究をされているじゃないですか。せめて何か召し上がって……
ねえ、ギーラ。「クシキナ」関連のファイルはこれで全部なの?
はい……ただ、私も主任と同じで、ここには異動してきたばかりですから、抜け漏れがないかまではわかりません。
引き継ぎの際も、資料のリストすら共有されなかったので。
そう。本来なら、有効なデータがあろうとなかろうと、研究に関わる資料はすべてリストに記録する必要があるはずなのに……とても厄介な状況ね。
ここを見て。進捗報告の番号が03から21まで、一気に飛んでいるでしょう? おまけに、この欠落については「データの破損」としか説明されていなくて、元の記録は残されてもいないの。
えっ?
それに、この音声記録も。ここにあるほとんどのテープは、明らかに中身が切り取られた痕跡があるわ。時間をかけて全部確認してみたけど、残っていたのは無意味なノイズ部分だけだったわ。
これはかなり異常よ。さらに不思議なことに、私は警備室に行って第六ラボ引き継ぎ前の監視カメラの記録映像を確かめようとしたけれど、三日分の映像が丸ごと削除されていたの。
結局、警備室の担当者は、ここ数日間に行った保守作業の報告書をいくつか渡してくれただけだったわ。第六ラボの出入り状況はこれでわかると言ってね。
その資料から、私が何を読み取ったと思う?
わかりません。
「クシキナ」の爆発実験当日、工業区画が三十分ほど停電したという事実よ。停電から八分以内に復旧チームが介入したけれど、過負荷の問題を完全には処理できなかったみたいね。
そこから調査を進めた結果、冷却プールがあの日のうちに干上がって、予備の冷却システムも全部壊れてしまったにもかかわらず、地下の「あれ」はただ温度が上昇するに留まっていることがわかったの。
すぐに爆発するようなことはないけれど、完全に元の状態に戻ったわけでもない。つまり今は何か別のものが「あれ」を冷却していると考えられるわけだけど、それが何なのかすらわからないのよ!
……
それでも、その日の報告書の最後にはこう書かれていたの。「リスクは制御可能な範囲内だ」、とね。
ですが、あの実験が成功したのは確かです。ウルサスにいる人間の多くが、「クシキナ」の凄まじい破壊力を目の当たりにしたのですから……
それは本当に、喜ぶべき「成功」と呼べるのかしら?
私は異動でこの第六ラボに来たけれど、当初の研究で主眼に置いていたのは、「プロトタイプ」を制御不能な兵器ではなく、信頼性の高いエネルギー源とすることだった。
それなのに、今の私たちが「クシキナ」について知っていることと言えば、極めて高い破壊力と、それを制御下で再現することは不可能だということくらい。
この実験が最終的にどんな結末を迎えるのか、私には想像もつかないわ。
でしたら……私たちはこのまま実験を続けるだけにしませんか? もし主任が元帥の決定に異議を唱えるつもりでしたら……
私には命令に逆らえるような立場もなければ、力もない……
それでも、ここで何が起きているのかを突き止めなければならないの。
1102年1月20日 02:11
この人事異動通知……「データ分析班から六名、リスク評価班から二名、設営班から七名異動」とあるけれど。
異動だとか、昇進だとか……要するに、彼らはもうゼルグラードにはいないってことよね。
つまり、この人たちの誰とも連絡が取れないということ……
こんな夜遅くに探し物ですか?
……前任の責任者が残したメモがないか探しているの。今日の実験が行き詰まってしまって……
見つからないということは、無いのかもしれませんよ。第六ラボの人員は丸ごと異動になったわけですし。この業界でそういうことがあれば、察しはつきますよね。
……どういうこと?
異動があったのは、彼らが何かミスをしたからに違いありません。そうであれば責任者も無関係ではいられませんし、そんな彼女のメモが残されているはずもないんです。
普段から、私たちはポケットを空にしないとこのフロアも出られないわけです。その責任者が去るとなると、プロジェクトに関するものを持ち出すことはもちろん、残すことも難しいでしょう。
だから、見つからない以上はもう無いのかなと。
……
1102年1月20日 16:24
主任、いらっしゃいますか?
ギーラ? どうしたの?
主任がこの前に話していたことをよく考えてみたんです。それで、やっぱりこれをお渡ししようと。物置部屋で見つけたもので、中にはファイリングされていないメモがいくつか入っています。
メモの中身は見ていないのですが――これがあなたと、プロジェクトの助けになれば幸いです。
ありがとう、ギーラ……
お気になさらず!
日記に……何も書かれていない演算用紙ね……
……これは、前の責任者のサイン? ということは、これは全部彼女の残したものなの?
備忘録――
……これには何が書かれているのかしら。
備忘録の最後のページには、歪んだ筆跡で、絶望の言葉が綴られていた。
メモ帳の間には、線がびっしりと書かれた折れ線グラフが何枚も挟まれていた。
その中には、数値の差が小さく線が綺麗に整ったグラフもあれば、不規則に上下して突然途切れるようなものもあり、そうしたデータの中に共通点を見出すことすら困難だった。
「いずれの実験結果からも一切の再現性が得られなかった。よってプロジェクト・ゼロの研究状況の総合評価は……」
……なんてこと。
兵器は決して完成していなくて、爆発実験の成功も単なる偶然に過ぎない……
(小声)ならば、あの「エネルギー」は……すべて、底なしの穴へとただ流れ落ちているのね。
アリタ主任、軍から……若将軍からいきなり人員が送り込まれて、第四ラボの人間が全員逮捕されました!
なんですって? 彼は一体どういうつもりなの?
わかりません、ですがまだ連行はされていないので、今から向かえば間に合うと思います!
わ――私が? なぜ私が行かないといけないの?
主任の旦那様が第四ラボで働かれているでしょう。
……
止まれ。
私は第六ラボの責任者ですが。
それが何だ。ここを通すわけにはいかん。
私、アリタ・ワルーエワは、第六ラボの責任者として要請します。第六ラボの重要な極秘プロジェクトに、支援要員が必要です。そのために、第四ラボ及びその関係職員の即時徴用を要求します。
これを今すぐ上層部に伝えてください。
何度も言わせるな。
こちらも同じ言葉を繰り返したくはありません。
彼女の言う通りにしろ。
参謀長?
ハッ。戦場に出たことも、武勲を立てたこともないガキに指図されてる人間が、「参謀長」だなんて前代未聞の話だがな。
どうあれ、現実を直視しろ。
誉れ高きアナトリー将軍がおっしゃっただろう。それがいつ出されたものであれ、第六ラボの要求は最優先だとな。
……
……
……
お義母さんからもらった腕時計はどうしたの?
失くしたよ。
薬はちゃんと飲んでる?
もうずっと飲んでいないな。飲んでいるところを見つかれば、すぐさま研究所を追い出されてしまうから。
君を置いていくわけにはいかないんだ、リタ。
だったらもう私に嘘をつかないで、クリム。
……嘘なんて……
あなたの軽はずみな行動のせいで、そっちのラボ全員が死ぬところだったのよ。
それに、私の外部との通信ルートなんて、あなたに教えたことはないはずよね。どうやって見つけたの?
君はまだ、大学時代に私たち二人で作ったあのシステムを使っているからな。この場所で気づくのは私だけだろうが……
どうして直接私に聞いてこなかったの?
君は――私と顔を合わせたくないのだろう?
ああいや、違うんだ。別に君を責めているわけでは――
わかってるわ。
えっ?
あなたが私に会いたがっていたのは知ってる。でも私は会いたくないの。ここは人の出入りが激しいけれど、私は誰のことも気に留めないし、それは今のあなたも同じだとわかってちょうだい。
私にとって、今何よりも重要なのは、「クシキナ」を完成させることなのよ。
リタ――
そう呼ぶのはやめて。そもそも私のために、身に合わないプロジェクトに参加すること自体が間違ってたのよ。そんなことより、あなたはラーダを探し出して、そばにいてあげるべきだったわ。
不完全ではあっても、家庭であることは確かなんだから。
家族……そうだ、リタ! 前回の通信で聞いたんだが――
やめて。知りたくもない。
とにかく、もうこの仕事には関わらないで。それと、私のチャンネルを使って外に情報を伝えようとするのもやめてちょうだい。
……
このすべてから離れて、事務方で掃除でもしているといいわ。
ゼルグラード機密区研究所 三階廊下
1102年1月22日 07:20
……
こちらへどうぞ。地下三階はすべて、第五ラボの研究エリアとなっています。
客観的な意見として、あなた方の会社の専門分野により合致しているのは第五ラボだと思います。こちらでは、鉱石病の各感染段階における特徴について扱っていますので。
……
中をご覧になりますか?
いいえ、それより……実は先ほどから、一つお聞きしたいことがあるのですが。
どうぞ。
見学に際して、これほど多くの軍人が帯同する必要が本当にあるのでしょうか?
ああ、失礼しました、ご説明を忘れていましたね。不手際が多く申し訳ありません。
規定により、外部の方が見学を行う際には、軍の代表者の帯同が必要になります。ですので、私はその規定通りに彼らを呼びました。
これは、一部機密プロジェクトの情報漏洩を防止するためです。ご理解ください。
……わかりました。
我々の会話が妨害されることはないだろうか?
ご心配には及びません。これは例外的な状況が発生した場合に介入するための警備ですので、基本的には彼らはいないものとして考えていただいて構いませんよ。
ご心配でしたら、ここで一度足を止めてお話しして、対話が遮られることはないことを示しましょうか。
そこまでしていただく必要は――
たとえば、あなたたちがなぜ「プロトタイプ」にそれほど詳しいのか、とか。例の「プロトタイプ」の構造解析資料は、あなたたちが提供してくださったそうですね。
「プロトタイプ」?
(小声)「石棺」のことかも。とにかく、説明はドクターに任せよう。
ロドスには、その研究に携わった経験のある者がいた。
その方は、どの程度プロトタイプのことを理解しているのですか?
「石棺」……その名称を聞くのは久しぶりです。ここの人たちはあれを「プロトタイプ」と呼ぶことに、とっくに慣れきっていますから。
それはつまり、皆さんもその方の研究成果を把握しているということですね。
彼女が残した資料はすべて記憶している。
……「残した」とおっしゃいますと、その方はどちらに?
今は、一時的に……ロドスを離れています。ですから今回は、同行していないんです。
そうですか。ともあれ、あなた方がいてくだされば十分でしょう。実は今、後続の実験が行き詰まっていまして。あの資料の中にも理解が難しい部分が多くあるので、助けていただきたいのです。
目下の最重要問題は、プロトタイプが長期間オーバーヒート状態になっていて、十分な冷却ができないことです。それで一部の実験や操作が困難になり、プロジェクトに大きな支障をきたしています。
どうすればこのオーバーヒート状態を解消し、プロトタイプのエネルギー出力を正常値に戻せるのか、誰にも解明できていません。
(小声)オーバーロードを起こしたことで、石棺が自己防衛状態に入っているようだな。
そちらのフェリーンのお嬢さん、今なんと?
アーミヤ――
大丈夫です。伝えてください、Mon3trさん。
わかった。オーバーロードを起こしたことで、石棺が自己防衛状態に入っているように思える、と言ったんだ。その状態は現状どれほど続いている?
少なくとも、私が第六ラボの責任者になってからの五日間は。加えて、それ以前から同じ状態だった可能性もあります。
それは妙だな……
詳細が気になるようでしたら、すぐに第六ラボへ向かいましょう。
どのみち、あなた方を他のプロジェクトに渡すわけにはいきませんから、絶対に来ていただくつもりでしたが。
さあ、歩きながらお話ししましょう……
……そういった経緯で、私はここに配属されました。
実のところ、私は学生の頃すでに「石棺」の話を聞いていました。その存在は半ば都市伝説めいていましたし、若者というのは常に有り余る好奇心と勇気を持っているものですから――
当時、市長に手紙を書いたことを覚えています。その中で、私は稚拙な文章で「将来は石棺研究に携わりたい」としたためましたが、もちろん返事はありませんでした。
ですが、まさか二十年以上経った今になって、私が本当にここで石棺を研究しているなんて、まったく想像していませんでしたね。
あなたはチェルノボーグのご出身なのですか?
ふふ、ええ、そうですよ。私も、私の娘も……ですから、死んだ後はチェルノボーグで眠りにつきたいと思っているくらいです。
どうして急にそんな話を――
――お嬢ちゃんは、今おいくつなの?
私はもう、「お嬢ちゃん」と呼ばれるような年齢では……と言いますか、その、私は研究者としてここに派遣されてきた身です。もう子供ではありません。
それでも、私たちの世代から見れば、あなたたちはいつまで経っても子供みたいなものなのよ。とはいえ、いずれは私たちと同じ立場になって、この気持ちがわかる日が来るかもしれないわね。
……
仕事のためにチェルノボーグを長く離れすぎたせいで、自分の子供の顔すら忘れてしまいそうなの。
背は伸びたかしら。元気にしているかしら。新しい友達はできたのかしら……
あの子が生きていることと、五年前にチェルノボーグで起きたあの惨劇から逃れられたこと以外、私は何も知らないわ。私の自慢の、あの小さなボーイスカウトさんのことを……
ラーダのことを、今ではもう、ほとんど何も知らないの。
外部との連絡を絶たれた研究プロジェクト、チェルノボーグ、ボーイスカウト、そして「ラーダ」の名前。
アーミヤは、クラウンスレイヤーがサンクト・グリファーブルクの事務所に残した報告書で示していた可能性を、ずっと覚えていた。
だからこそ、目の前の人物の金髪と、次第に面影が見えてきたその顔の輪郭を、さらにまじまじと観察し始めた。
そうして推測に確信を深めたアーミヤは、喉まで出かかっていた問いを投げかけずにはいられなくなった。
すみません、もう一度あなたの苗字を教えていただけますか?
ワルーエワです。
ラーダという名前の知人がいるのですが、その方の苗字も「ワルーエワ」なんです。彼女もチェルノボーグ出身で、年齢は私と同じくらいで――
――!
それに、彼女も以前ボーイスカウトに所属していたと聞きました。その後はロドスのオペレーターになり、現在はウルサスに戻って、サンクト・グリファーブルクで学問に励んでいます。
……
ラーダさんはずっと両親の行方を探していました。もしかして、あなたは……彼女のお母様ではないですか?
私は――
どうなのかしらね。
でも、本当にあの子なのだとしたら……私にとっては、ここ数年で一番嬉しい知らせだわ。
ここでのお仕事が片付いたら、一緒にサンクト・グリファーブルクへ行って、直接確かめてみませんか?
……そうね。ゼルグラードからサンクト・グリファーブルクなら、そこまで遠くもないし。
あなたに会えたら、ラーダさんもきっと喜ぶと思います。
そうね。きっとあの子は私たちを責めることすらしないでしょう。
私たちは最低の親だけれど、最高に優しい良い子に恵まれたわね。
ああ、本当に……もう一度、あの子に会いたい。
止まれ、アリタ・ワルーエワ。これ以上機密レベルの高いエリアに訪問者を連れて入ることはできない。
全員が会話に花を咲かせているうちに、いつの間にかラボの奥まで足を踏み入れていたようだ。アーミヤは、この冷たく堅苦しい警告が入るまで、そのことにまったく気づかなかった。
目の前の狭い通路はカーブを描いており先が見えない。警告の言葉通り、あまり公にはされていない場所へと続いているようだ。
……彼らは議会から派遣された協力者であって、ただの訪問者ではないのですよ。
だが規定に則れば、上に逐次確認を取る必要がある。
正式な許可が下りるまで、これ以上奥へ進むことは許されない。
第六ラボの責任者として、業務上必要なことと判断しています。その待ち時間で、あなたたちには想像もつかないほどのことができるのですよ。時間を浪費させないでください。
こちらは命令に従っているだけだ。
……
あの、私たちはこの先どうすれば――
……
足元に気をつけてちょうだい。観察室へ続く通路は主電源に接続されていないし、非常用照明も不安定で……
だけど、探せば見つかるはずよ。少し待っていて。
(小声)多分、稼げる時間は長くて十秒しかないわ。絶対に躊躇わないで。
(小声)だから、質問があれば今のうちに。
石棺は今の状態でも、まだウルサスの動力源となり得るのでしょうか……?
今は不確かな未来について論じている場合ではないけれど……
いいでしょう……あなたたちなら信じられるわ。本当に強い意志を持っているようだから。
……
ええ、見つけたわ。
アーミヤさん……
ラーダのことも、そして無数の人々の運命を左右しかねないこの件も、もはやあなたたちに託すしかないの。
えっ? これは……
「非常用照明」よ、決まってるでしょ。
ほら、早く行きなさい。仲間を連れて、中へ進むの。
……それでは、あなたは!?
いいから、早く行きなさい!
……ワルーエワが造反した。
集合しろ。攻撃準備だ。
瞬く間に廊下の眩しい非常用照明が再点灯し、閉まっていく分厚いセキュリティドアが、アリタとロドス一行を隔てた。
ワルーエワ――
アリタさん!
時間がないの。約束して、アーミヤさん! 絶対に石棺を完全に停止させると! 絶対によ!
今石棺を動かすために燃やされているのは、連れ去られ、切り刻まれた無数の感染者の命なのだから!
――!?
私は遅すぎた。気づくのが遅すぎたの。この場所で行われているすべての研究は……第一軍の利益という醜い鎖を強固にするためだけのものだった――
その共犯者となった私はもう、ラーダに会うことはできないし、その資格もないのよ。
そんなことはありません! もう一度あの子に会いたいと、ご自身でおっしゃっていたじゃないですか!
アーミヤ、手を伸ばすな! もう扉が閉まりかけている!
なぜ――
なぜなのですか?
……あなたたちに託したい言葉は、もう何もないわ。だから、ただ……
――せめて最後まで、そう信じさせてちょうだい。
重厚な扉の向こう側、そのスイッチには、解くことのできない封印のような血まみれの手形が残された。
アリタさん……
アーミヤ……
立って、アーミヤ。
この扉は分厚いだけじゃなく、電気信号を遮断する機能まで備えているから、外にいる人間が無理やり短時間で開くことは不可能だと思っていいよ。
アリタさんは、私たちのために貴重な時間を稼いでくれた。
……
では……
……
すぐに始めましょう。
目の前のあれが石棺のコアだ……私自身も、その内部の様子を直接見たことはないが。
それにしても、今の状況は……やはりどこか異常だ。
その巨大な構造物は、見覚えがあるようにも、見知らぬもののようにも感じられた。かつて見たその輪郭を、おぼろげに覚えてはいても、今あるそれは記憶の中の姿とは明らかに異なっていた。
その記憶は、決して遠いものではない。数年前、アーミヤはあなたをそこから呼び覚まし、その後あなたはケルシーと共に、この旧人類の遺産を封印したのだ。
この瞬間、数多の記憶が、さらに遠く、心の奥深くに埋もれていた古い記憶と混ざり合いながら、あなたの脳裏に流れ込んできた。
――!
ドクター!
ドクター、大丈夫ですか? 急にどうされたんですか?
断片的な光景が見えた気がします……でも、あまりはっきりとは。
ただ、今一瞬、ドクターがひどく苦しんでいたのを感じて……
確かに……少し頭痛がする。
Mon3tr、石棺の現在の状態を確認できるか?
ドクター……私の所見では……
石棺は……
……もはや完全に解体されてしまっているようだ。
ボス。
……繋いでくれ。
ラージン少佐、君たちの進行速度は予定と大きく異なっているようだが。
このままでは、時間通りにゼルグラードに到着することはできないだろう。
エネルギーが足りないんですよ、誉れ高き総司令閣下。船に積んだ温度調節装置に回す分さえも最大限節約しているため、兵士たちは夜も寒くて眠れないくらいで……
ですが、あなたにとってはどうでもいいことかもしれませんね。
そうだな。
……
それどころか、私はそれでは不十分だとすら思っている。
戦う力も残っていないほど疲弊しきった軍隊に、兵器の確保など任せたくもないでしょう。それでは、第一軍にわざわざ顔を差し出して殴らせるようなものですよ。
どうやら、もはやシルカ少尉の安否を案ずる気はないようだな。
仮に、あなたが彼女や他の人間の命を脅迫の材料にしていなかったら、俺と「セーチン」からこれ以上ない忠誠心を得られたんでしょうけどね。
口先だけの約束なら誰にでもできる。だが、私は己の目で見たものしか信じないのでな。一度裏切った者に再び信頼を寄せることなどできない。ましてや、君たちにはもとよりその価値などない。
君たちのような輩は、目をかけてやるに値しない。もっと早いうちに、教訓として学んでおくべきだった。
計画が一日、二日遅れるだけだというのに、もはや俺たちが第一軍に寝返ったかのように言うんですね。
ならば、君が次に何をしようとしているかを当ててやろう。
次の通信時、君は私にこう言うつもりなのではないか? 「よりエネルギーを節約するために、艦に乗っていた兵士の大半を解散させた。これで、任務を全力で遂行できる」と――
そんなことは。シルカはまだ駐屯地にいるわけですし、俺は――
そして、駐屯地の通信範囲から完全に離れた後、君は独断で行動を始めるのだろう。
武器を手にしてから私に交渉を挑んでくるか、再び私を裏切り第一軍につくか、あるいは単独で戻り、暗殺を企てるか……
いずれにせよ、「リヴァーノフ号」が私の手を離れ、君の戦友たちが全員保護されたなら、君には後顧の憂いがなくなり、取れる選択肢がいくらでも増える。そうだろう?
……
その拙い企みに、私が気づいていないとでも思ったのか?
愚かで哀れな「自由民」よ……
他のウルサスの民と君たちを区別するその名が、長年果たされずにいた約束に由来するにすぎないということを、君は今まで誰からも教わらなかったようだな。
第四軍 主力艦隊旗艦甲板
参謀長、重装兵団もすべて配置につきました。
先鋒大隊は無事に前線地域を離脱したのか?
はっ、離脱済みとの報告がありました。第二軍の前哨基地には警報の兆候が一切なく、非常に静かだということですが……長官、これは正常な反応なのでしょうか?
それは君が考えるべきことではない。
各艦の配置状況をエフゲニー元帥に報告し、このようにお伝えしろ……
第四軍はすでに準備を終え、全軍出撃いたしましたと。目標は――
第一軍の駐屯地である周辺都市、ゼルグラードだ。
……そのように配置せよ。ああ、それと市民議会開催前に、二時間ほど余の予定を空けておけ。ヴォルキナ公爵を宮殿に招いて話がしたい。
かしこまりました。
それから、ヴィッテに伝えてくれ――
――陛下!
サヴェリー様。本日は非番だと記憶していますが、誰の許可を得てこの琥珀宮に無遠慮に踏み込んできたのですか?
陛下、どうか彼を下がらせることをお許しください。二度とこのようなことは起こさせないとお約束しますので。
……そやつのことは、第三局に引き渡しておけ。今後、この場で二度と顔を見たくはないのでな。
構いません、お好きになさってください! この後であればいかなる罰でもお受けします! それでも今だけは私の話をお聞きください、陛下!
現在、第四軍が独断で出撃し、ゼルグラードへ向けて進軍しているのです!
……何だと?
無礼な! 議長ですら確実な情報を得ていらっしゃらないというのに、誰の差し金でここへ押し入り、混乱を煽るような流言を撒き散らしているのですか!?
信じがたいことは理解しています。私も初めは信じられませんでした。それでも、これは事実なのです!
私はただ情報関係を注視していただけで、まさか――まさかこのような事態が起こるとは!
彼らは今や、第二軍の防衛線を無傷で越えたとのことです。こんなことがあろうとは、想像すらしていませんでした!
防衛線を越えておきながら、交戦はなかったと? つまり――
……第二軍が……
そうです、第二軍までもが反旗を翻したのです、陛下!
……エフゲニー。
お前は先んじて「セーチン」をゼルグラードに派遣した。だが実のところ、最初から俺たちにあの忌々しい兵器を奪い取らせるつもりはなかったんだろ?
俺たちは、ただ第二軍がどれほど誠意のある対応を取るか試すための捨て駒だ。お前の言うところの「別動隊」とやらが、本当の主力部隊なんだろうさ。
……その正体すらわからない代物に、すべてを賭けるとはな。お前は完全に狂ってる。
すべてを賭けることが邪悪な狂気であると見なされるのは、勝敗が決していない時のみだ。君にはそれが理解できないのだろうが、そこは許してやるとしよう。
もっとも、私は君と交渉しているわけではない。状況を理解したようなら、もはや迂遠な言葉は選ぶまい。
探りを入れるような真似はよせ。君たちが自らの使命を完遂せんとする限り、シルカ少尉に危害は及ばない。
主力部隊のために敵の注意を逸らせるうちは、せいぜい役に立ってみせろ。そうすれば、回収に値する価値くらいは残るかもしれん。
このまま悠長に構えているつもりなら、我が旗艦が「リヴァーノフ号」に追いついたその時、君たちは踏み潰された蟻の如く、道端に打ち捨てられることになるだろう。