苦難揺籃 7-5・戦闘後
共闘の誓い-2
6:00am
偵察部隊の対処後だと、間に合わないかもしれない。
その通りだ。状況は逼迫している。
地面から飛び移るわけにはいかないし……
えっと……そうする場合もありますが。
今はこの中枢区画は移動中ですから、下層の基礎構造部分に入るのは困難です。
砂地で移動都市が通りかかるのを待っていたら、相対速度的にも高度的にも、かなりの行動制限を受ける。作戦遂行は実質不可能だ。
移動都市下層部のメンテナンス口やダストシュートをこじ開けられなければ、用意したエサやカモフラージュが無意味になる。
我々の五個小隊は、砂嵐を隠れ蓑にして中枢区画に接近、最終的にその下層に位置する工業エリアに侵入する。
五つの小隊しか出していないのか?
ウルサスの地方官僚相手に勇み足を踏むつもりはない。
容易に動向を察知された挙げ句、遣わされた高速軍艦でロドスごと蹂躙されるのはご免だからな。
この辺境の地でそんなことが起きても、メディアで報道されることはない。ただ資産家や保険会社が、裏で入手した被害者の名前を顧客リストから消し、宙に浮いた財産をそっと金庫にしまうだけだ。
誰も口を開くことはない。ウルサスがそれを望まないからだ。
中立の立場はロドスに自由を保証しているが、その代わり、我々はどこかの政治勢力を後ろ盾にすることはできない。
水面下の行動は我々の基本的生存戦略だ。君を救出する際も同様の状況だった。憶えていないだろうがね。
作戦規模の大小に関わらず、ロドスが同時派遣可能な最大戦力は、5個小隊。それが我々の戦略を成り立たせる必須条件だ。
龍門ほどの規模の都市でも、本気を出せば我々を潰すのは容易い。
君も目にしたと思うが、近衛局や、他国のエリート兵団にも劣らぬ特殊部隊の実力は一介の製薬会社とは比べ物にもならない。我々は自分たちで思うほど強い存在ではないのだよ。
だったらなぜ今回の行動を?
この陰謀には既に感染者が巻き込まれているからだ。ロドスが戦う理由はその一点に尽きる。
今ロドスは龍門を離れ、時速15キロで次の目的地へ航行中だ。
その間、我々は荒野に数週間留まることになるかもしれない。
ロドスの通信員と一部の限られた船以外、誰も我々との交信はできない。全ての視線を避ける移動ルートを選択しているのだ。
もし龍門が約束を破るようなことになったとしても、我々を見つけ出すのは容易ではあるまい。邪魔をされる前に中枢区画を止める。そのための本作戦だ。
なるほど。しかしそれで十分なのか?
そうだ。他にも策が必要だ。より効果的で、かつ致命的な——
…………
ドクターもケルシー先生も、すごく悪い顔になっていますよ……
私は作戦内容を理解してるつもりですが、そんな邪悪な笑みを見せられると……この作戦が悪魔じみた計画に思えてきます……
待てアーミヤ……私が笑っただって?
ええ、笑ってました。口角は上がってませんでしたが、私にはそう感じられました。
何だ、そういうことか。
……でも、良かったです。二人が仲良くなれそうで。
いや。言っておくが、私は友好関係を築くつもりはない。
えぇ〜……
ちなみにこの五つの小隊を率いるのは、私とアーミヤ、それと他三名のエリートオペレーターだ。
偵察小隊が一つ、作戦小隊が三つ、残る一つは特殊工作小隊だ。
そういえば……隊長の中に一人、作戦開始前に君に会っておいてもらいたい人物がいる——
ロスモンティス! 待って!
あっ……ブレイズ。
ひどい怪我なのに、なんで来たの? 早く戻って。安静にしてて。
今回の作戦に参加するの?
うん。
代わりの人を探してくるよ。そうだ、Miseryに行かせよう、君より市街戦が得意だし。
彼なら大丈夫でしょ。代わらせるよ。
私に行かせたくないの?
そう。君が行くべきじゃないの。
ブレイズ、なんだか変。
君の今までの任務とは違うんだよ!
死ぬから?
何……言ってるの!
そんな……死ぬなんてそんな簡単に言うもんじゃない!
君はまだ幼いんだから。こんな危険な任務に行くべきじゃない。
でもアーミヤも行くよ。
だってあの子は……!
あの子は……
アーミヤちゃんは……
アーミヤも私と同じ、感染者でオペレーター、でしょ?
それと、ログを確認したの。AceとScoutは二人ともチェルノボーグに向かったのが最後の記録……
戻ってきてないということは、二人はもう死んだんでしょ。
行ってみたいの。行って自分の目で確かめたい。レユニオンのボスがどういう人なのか、そこで誰が何をしたのか。
AceとScoutの身に何が起きたのかを、知りたい……
ロスモンティス、そんなことは……憶えてなくてもいいんだよ。
……ブレイズ?
ああもう、何言ってんだか……
違うの。ごめんね、そんなふうに言うべきじゃなかった。この口が悪いんだ!
でも彼らの死は……それは……
ブレイズ?
……私が悪かった。嬉しいことも悲しいことも、みんな記憶の一部だよね。憶えなくていい記憶なんてないよね。ごめん。
ブレイズ、やっぱり変。言ってることが支離滅裂だよ。
でも……どうしてわざわざ思い出そうとするの? 君には苦しんで欲しくないんだ。君なら……その記憶を手放すこともできるのに。
そのまま手放して、二度と振り返らなくてもいいのに……
振り返らないのなら、記憶に意味がなくなる。
それは忘れるってことでしょ。
私は忘れたりしない。誰の死でも、絶対に忘れない。
ハハ……そうだね。君も私と同じ、ロドスのエリートオペレーターなんだよね。
君の代わりに行けないなんて、ほんと……
くっ、ううっ……グスッ……
どうしたの? 傷が痛むの?
……大丈夫。
送ってくよ。
まったく……
ロスモンティス……アーミヤちゃんと、無事で帰ってきてね。
うん。わかった。
その隊長に会うのは、必要なことなのか?
Dr.……
エリートオペレーターたちは、理由はそれぞれですが、みんな自分自身の努力も才能もロドスのために捧げてきました。
戦場でのエリートオペレーターには、場合によっては自身の判断で戦術の運用方法を決定する権限があり、隊員たちは彼らを全力でサポートします。
エリートオペレーターたちは、普通の人から見れば特別な存在かもしれません。でも彼らはみんな……本当の彼らは私たちの想像している姿と一緒とは限らないんです。
ブレイズさんもそうです。彼女に関する噂はたくさんありますが、実はいろんな人たちによってかなり脚色されています。
同じように……というわけではありませんが、彼女については、みんな持つ印象が違うんです。
ドクターなら、彼女……ロスモンティスさんと彼女自身の選択を、少しずつでも理解していけるはずです……きっと。
…………
その反応を見る限りだと、もう会っているみたいだな。
ええっ? そうなんですか……?
じゃあ……もう大丈夫ですね。
他に何か気をつけるべきことは?
大体のポイントはこんな感じです。でも実際……必ずしも計画通りに事が運ぶとは限りませんから。
重要なのは行動だ。計画はあくまで机上の空論に過ぎない。行動中の予期せぬ出来事が計画を覆すことは大いにあり得る。
縁起でも無いことを……
しまった……! まずいぞ!
砂塵の密度が低い。この太陽光の角度だと装置を完全に隠せない!
ブリッジから見下ろせば、全力稼働し始める前に丸見えだ!
だがこれ以上遮蔽物を増やすわけにはいかない。空気の流れを邪魔したら、砂嵐を起こすほどの上昇気流が作れなくなる!
どうする、更に位置を下げるか? 間に合わないかもしれないぞ!
……私に任せてくれ。
ファイヤーウォッチ、私が行動を開始したら、実際の効果を観測しつつ、調整する方向を教えてくれ。
ニアール? 何をするつもりだ——
光の角度を変える。
この大地に広がる苦難を減らすためであれば……たとえ太陽の光だろうと、少しの間、力を貸してくれると信じたい。
あれ? 砂丘の方にいるのはニアールさん? まだ撤退しないの?
何してるんだろう……考え事? あっ! ポーズとってる! あんなところで体操かな……でもどうして?
……あれ? ニアールさんの体が光り出した……ちょっと、えっ、何コレすっごい眩しい!
え? ちょっと誰……ああ、ありがとう隊長……
僕の目を覆ってくれたのは感謝してるけど、だんだんまぶたに指がめり込んで来てるよ、痛い痛い! 放して隊長!
ふぅ、目が潰れるかと思った……で、結局ニアールさんは何してるんだろう?
大丈夫? いや、隊長になんでそんなことが……ていうか、あんな太陽よりも眩しい光を出してどうするの?
あれ? ……周りの光がだんだんニアールさんの光と同化してる?
……うわぁ。あたり一面が光の海みたいに……
隊長、このエリアの光輝度が全部同じレベルに調整されたみたい。
ニアールさんの仕業だって? いや、見りゃわかるよ。でもすごくない? 耀騎士ってこんなことまでできるんだ……
あ、そうだ。ねぇ隊長、雑学クイズでもしよう。あの砂丘の影の向きを見て、今が午前なのか午後なのかわかる?
えー? 場を和ませようとしただけでしょ? それにこれから砂嵐が起こったら、何も見えなくなっちゃうでしょ?
……はい、黙ります。ドーモスミマセン。
もっと高度を上げろ! 今、敵の術式に当たりそうだったぞ!?
安心してください、教官。レユニオンの術師に撃ち落とされるほどヤワな訓練は積んじゃいませんよ!
いいかよく聞け! 囮になるってのは、飛行スキルを見せびらかすのとは違うんだぞ!
でも圧倒的な実力差を見せつけてやれば、レユニオンの連中だって降参するかもしれませんよ?
なんて言うんでしたっけ、武力誇示?
曲芸飛行は武力誇示とは言わない!
教官、しっかり掴まっててくださいね!
バカやめろ! うぐっ……おい、エチケット袋はどこだ!?
戦術送風機起動完了! アーミヤ、車輌を出せ!
はい!
各ドライバー、等速を維持。図面の通り、登攀ツールが使用可能な距離まで中枢区画下層部に接近する。では状況開始!
戦術送風機の起こす砂嵐が、私たちの作戦行動を隠してくれます。皆さん、防塵カバーをちゃんとチェックしてください。機器に砂が入らないように!
でも、この光……すごく透き通っています。どうして太陽光が砂塵に遮られていないんでしょう?
おかげで目標の可視度も上がっています。これはまるで……アーツみたい。
これ……自然現象なんですか? 作戦予定には入ってませんよね?
……そういう話は後回しだ!
わかりました! 登攀ツール発射準備! オペレーターの皆さん、ワイヤーが壁に完全に固定されているかどうかを優先的に確認してください!
全員の登攀完了が確認できたら、車輌は撤退しますので! 私がこんなことを言うのは珍しいかもしれませんが……皆さん、この光はきっと私たちに幸運をもたらしてくれます!
……そうだな。
(うっかり光を強くし過ぎて、地表に向けるしかないなんて、今はとても言い出せない……)
ん? ……待て、移動都市が加速している?
風の勢いを借りても、砂塵のカバーできる範囲は1kmが限界だ! 今、この範囲から出られると、我々の存在に気づかれる!
皆さん、急いでください!
間に合いません! 今すぐスピードを落とさないと!
このまま進んだら、数秒後には砂塵でカムフラージュできる範囲から外れます!
あと何人残っているかわかりませんが、早く——
もう誰も残っていない。
えっ? じゃあ、ドクターはどうやって?
……危険です、ドクター!
訓練を受けてない者が一人で登るなんて冗談じゃありませんよ!
ケルシー先生にサポートを用意してもらってないんですか?
サポートならいる。
?!
私だ。
ケルシーが片手をあなたの腰に回し、ワイヤーを繋いだ。
Dr.、自分で運命を掴むのは、また次の機会にするがいい。
激しい砂嵐の中、意外と硬い感触がするその「手」が、果たしてケルシーのものなのかどうか、あなたは確信が持てなくなっていた。
各小隊、作戦位置についてください!
これからの行動では、少しのミスも許されません。
10:30 a.m.
中枢区画最下層
確かに、これは侵入の痕跡ですね。
侵入者は一人しかいないと断定できます。
あそこの血の跡は、レユニオンのものかどうかはわかりませんが、まだ新しいみたいです。
かなりの確率でチェンさんだと思います……! 急ぎましょう。
あっ、ドクター!
無事に到着できたようで何よりです。
……えっ? ええ!?
危なかったんですか? Dr.、どこか怪我はしてませんか?
大丈夫だ、行こう。受けたのは心の傷だけだ。