苦難揺籃 7-6・戦闘前
忘却の地
中枢区画地下エリア
10:30 a.m.
こんなとこにいたのか?
そうだ。君を待っていた。遅いぞ。
言っておいて欲しかったな。結構探したんだぞ……
周辺の把握が終わり次第行動を開始する。それまでに、君にここの現状を説明しよう。
アーミヤは現場の処理に向かわせた。このブリーフィングには参加しない。
任務の概要には既に目を通していると思うが、君がここで行動するにあたって、あれだけの資料では足りないだろう。
もし最悪の状況が発生した場合、君が理由も知らないまま命を失うのはさすがに忍びないのでな。
私の顔に気になる部分があるならはっきり言ってくれて構わない。黙りこくって見つめられてもわからないのでな。
覚えていないかもしれないが、君の特技は確か、インスタント麺を口の中で調理することだったな。乾麺と粉末スープを口に入れて、熱湯を注いで3分。碗もフォークも要らないと豪語していたが……
ここから生還できたら試してみるといい。
無駄話はここまでにしよう。時間がない。
先日の龍門における戦闘で、ロドスと近衛局は協力してレユニオンを撃退し、「メフィスト」と「クラウンスレイヤー」が率いる部隊を壊滅させた。
これにより、レユニオンは、龍門内の戦力を全て失った。
アーミヤから報告は受けている。君たちはレユニオンの特殊部隊の指揮官――「フロストノヴァ」という名の感染者と、龍門の底部で熾烈な戦いを繰り広げたと。
最後は君たちが勝利を収めたようだが。
そうか……PRTSからの報告によると、君はオペレーターの協力のもと、ロドスで敵感染者の遺体を処理したそうだな。
彼女は敵ではない。
Dr.、「敵味方の分別をわきまえろ」。
……いや、この言い方は勘違いを生むかもしれん。ひとまず、最後まで話を聞いてくれ。
......?
君を責めているのではない、Dr.。
アーミヤから敵指揮官の事情は聞いている。現場を君たちに任せている以上、状況にどう対処するかは、現場にいる君たち次第だ。
責任を負わない私には、現場の判断に口出しする資格がない。
君は感染者の行動の動機を理解しようとした。フロストノヴァ——彼女の行動がもたらした結果を背負いたいと思った。
そしてそれを実行した……と、そういうことだな。
君がこの大地で起こっている出来事を真摯に理解しようとしているなら、私には君を責める理由はない、ドクター。
それどころか、オペレーターたちに対し、君の行動を保証することも厭わない。どうかその姿勢を貫いてくれ、Dr.。君の判断には、私もなるべく干渉しないようにする。
それによる結果のうち、ロドスの責任となる部分は私が背負う。
君の責任と権限は互いに補完し合う事で成立する。「敵味方の分別をわきまえろ」とは言ったが、それは君自身が判断するのだ。私ではなく、な。
…………
(もし君が本当に彼らと共に生きようとするならば、な。)
つまり自分は認められたということか?
そうは言っていないが。
話を戻そうか。フロストノヴァが率いた小隊「スノーデビル」は、とある感染者遊撃隊に属している。
今現在、レユニオンに動かせる精鋭部隊は残り二つのみ。遊撃隊はその一つだ。
そしてもう一つの精鋭部隊は、サルカズの傭兵「W」という指揮官が率いるサルカズ傭兵軍だ。
情報では、Wは様々な手段を用いて、サルカズ傭兵軍のリーダーの座を手に入れたそうだ。
はっきり言おう。このサルカズ傭兵軍という連中は信用ならない。それはWにとっても、レユニオンにとっても、という意味だ。
彼女らは普通の傭兵組織ではない。カズデルの管理キャパシティを超えた軍事力が、各地に溢れ出た結果の産物だ。
それを利用しようとすれば、後ろで糸を引いている者を呼び寄せる羽目になるだけだ。
サルカズをよく知っているようだな。
重要なのはそこではない。
問題は、スノーデビルの所属する遊撃隊は、他の傭兵たちとは全く違うということだ。
隊の形式、編制、行動の傾向、そして掲げる理念。遊撃隊と傭兵との間には、共通点は一つもない。
レユニオンの配下になる以前、独立した一個の組織だった彼らは、一部地域の感染者たちの間で、後からのし上がってきたレユニオンよりもその名を轟かせていた。
彼らの正体は……元ウルサス軍の一部だ。
それは西北凍原の遊撃隊のことか?
…………
どこでその情報を手に入れたのかは知らないが、賞賛に値する情報収集能力だ、ドクター。
入手自体はさほど難しいものではないが、君が自ら情報を得ようとするその姿勢は、喜ばしいことだ。
ま、これくらいにしておこう。
ここからの行動について伝える。
私たちが率いる三つの小隊は、地下通路、下水道および工業エリアをくぐり抜け、中央エリアへ向かう。
注意すべきなのは、ここで巡回している敵は、通常のレユニオンの暴徒たちとは違うということだ。
厳しく訓練された「兵士」に遭遇することになる。ウルサス軍流のやり方で遊撃隊が鍛え上げた、レユニオンの「兵士」たちだ。
それに加えて、我々の偵察隊が都市の通信網が人為的に切断されていることを発見した。あるいは、レユニオンは通信を維持する気がないのかもしれない。
通常の通信手段を使用する現代の戦術部隊にとっては、かなりの牽制となる。
つまりは、レユニオンには特殊な通信手段がある、もしくはまだ応戦の準備ができていない、ということを意味するが——
チェルノボーグ事変を鑑みれば、後者である可能性はほぼゼロだ。しかし通信を切断すれば、下層にいるレユニオン兵は一切の指示を受けられなくなる。
つまり、ほとんどの時間、彼らは自由な独立行動をとるはずだ。
おそらく彼らはまだ気づいていないだろう。自分たちのチャンネルが受信できないシグナル――国や都市にしか識別できないあのシグナルが、ウルサスの画策する陰謀を乗せて発信されていることに。
この都市は嵐を孕んでいる。意図的であろうとそうでなかろうと、混乱は重い煙のように広がっていくだろう。
私より先に、誰かによって崩壊の種が既に撒かれていたのだ。
つまりどういうことだ?
レユニオンの内部に衝突が生まれつつある。
確証はあるのか?
似たようなことは、この大地で何度も繰り返されている。
……まだ何か自分に伝えていないことがあるだろう?
言えることはほぼ伝えた。残りは必要な時に話そう。
戦闘の準備段階とはいえ、効率も考えなければならないのだ。
ドクター、R-4小隊に指令を出してくれ。これらの装備を取りに来るようにと。
……待て。
まだ何か?
この装備はロスモンティスのものか?
そうだ。
なるほど、君と彼女の交流は生物処理室での会話だけではなかったようだな。
彼女が戦闘の準備をしている姿を見た。
彼女にこんな装備が使いこなせるとは信じがたいな。
エリートオペレーターにはそれぞれがかなりの力量を持っている。一人で小隊以上の働きをする必要があるからだ。
……ということは、君はまだ彼女の戦い振りを見ていないのだな。
言っておくが、彼らに全てを背負わせるわけにはいかない。ロドスの戦地指揮官には様々な責任があり、オペレーターの負担を軽減するのもその内の一つだ。
しかし……この後の戦いで、君は衝撃を受けるかもしれないな。
どういうことだ……?
ロスモンティスの戦いに驚かない者はまずいない。
覚悟をしておくのだな。
Dr.、よく来てくれました!
今、巡回してる敵を順次撃破し、処理を進めています。
もう戦闘が始まったのか?
ドクター、その位置は危険です……
そこから離れたほうがいいですよ。
今ここに着いたばかりなのだが。
いえ、そこは……
彼女の傍は危険です、ドクター!
……敵。
まさか……
……ロスモンティス?
敵。
あれは私の家族を殺した人たち……敵だ!
…………
ドクター、下がって。この通路にいちゃダメ。
私はアーミヤとは違う。アーミヤのアーツは家族に当たらないようにしながら、正確に相手にダメージを与えられるけど……
私にはそれができない。
だから、私と敵の間に立たないで。
......
ひぃー!!
あのデカイ箱を背負ってる子供は、い、いったい、何なんだ……?
目が、目が見えない! いっ……痛い! 頭が割れそうだ!!
どうなってる!? 何かに潰されそうだ!
…………
大丈夫だよ。
人を握り潰すなんて、もうずいぶんしてないから。
あの剣、あの剣は――
ロスモンティス!?
レユニオン……
あなたたちを私の記憶に残したくない。
憶えていたくないの。