潮汐の下 SV-3・戦闘後
異邦人
あっ、お帰りなさい! ちょうど探しに行こうと思ってたんです。
あれ? 砂がついてますよ……もしかして海岸に行ったんですか?
ええ。
もう、行くなって言ったのに……全然聞いてくれないんですから。
早く入りましょう。部屋の方が暖かいですよ。
やめとくわ。
そうですか。あっ、これあげます。食べ物ですよ、もらってきたんです。途中まで縫った服を暖炉おじさんにあげて、その代わりに。まだたくさん残ってたみたいですし、遠慮なくどうぞ。
冬まではまだ時間がありますから、大丈夫です。もっと一生懸命探せば、使える布が見つかるはずですし。
この貝の身……
あなたたち、一体何を食べてるの?
わっ、いたた、痛いです……あんまり強く掴まないでください!
あなたたちが食べてるのは、一体……
か、海岸で拾った物ですよ!
この海に食べる物なんてないわ。何も得られるはずない。海が静まり返っているもの。
だから言ったじゃないですか、今日行っても、何にも見つかりませんよって。
「その時」が来ないと……
「その時」って……いつのこと?
百……
百!
あっ! 数字のこと忘れてました。もう百だったんだ。
あの缶は?
さっき、どこで食べ物を拾ったのか、聞きましたよね?
潮が百回満ち引きしたら、大人たちは皆こうするんです。一箇所に集まって、缶の中から一つずつ、貝殻を取るんですよ。
ほとんどは白い貝殻ですけど……でも、一つだけ赤いのが入ってるんです。
そして赤の貝殻を取った人は、空が暗くなったら海岸に行きます。
すると、次の日には海岸いっぱいに食べ物があるんです!
海岸に行った人は……どうなるの?
海の中で暮らすんですって。そういうルールだって聞きました。
あなたたち……そんなことまで信じてるの?
ええと……だったら、その人はどこへ行くっていうんですか?
……百。ようやくだ。
おい、木枠。なんだその顔は? ようやく訪れた、素晴らしい日だというのに……
もうすぐ、俺たちの中から、幸運な者が選ばれる。残りの者より一足早く、より素晴らしい生活を送れるんだぞ。
明日になれば、誰でも、新鮮な食べ物が手に入る。誰もが生きていける。海に行く者も、海岸に残った者たちも。
わ、私は……
焦らずとも、大丈夫だ。お前はもう、十分大きくなった。もうすぐ大人の仲間入りだ。この素晴らしい機会を、得られるんだ。
今は、これまで通りでいい。選ばれた兄弟姉妹を、祝福するんだ。
トタン……お、俺は……
何を転んでいる。まったく、ダメな奴め。さっきの……海岸で起きたことで、腰が抜けたんだな。
どうしてか、わからない。すごく、腹が減った……力、入らない。俺は、病気だ……俺は、死ぬんだ。
そうだ、貝殻は? さっき取り出した、貝殻……
落としたぞ、ほこり。
赤……俺の、赤じゃなかったか?
だとしたら……俺は、海の中で暮らせるのか?
海の中へ行ったら、腹は減らない。そうだろ、トタン? 俺は、素晴らしい生活ができるんだ。
お前も……えっと、宣教師が言ったみたいに……そうだ、祝福だ。俺を祝福してくれる、そうだろ?
……
お前の見間違いだ。
ほら、お前の貝殻はこっちだ。よく見ろ、何色だ? 塩水で目がぼやけたんだろ。
白? どうして白なんだ……本当に、見間違いなのか? そんなことは、ないはずだ。俺の目は、よく見えている。
……耳はどう? このハープの音色、聞こえるかしら。
それは、岩の上に置いてあった……お前もいたのか。
妙な音だ……それはそう使うのか。
うわっ、トタン、お前、貝殻を握りしめたのか。だから、血が出たのか? 赤いのが、見えたぞ……
祝福をお望みなのかしら。生憎持ち合わせがないんだけど。
お前は、何もわかっていない。
これは、意味のあることなんだ。少なくとも、俺にはわかる。どこへ行くべきか……何をするべきなのか。
あんたたち、何をしてるの!?
あの格好……審問官だ!
でも、どうして……滅多に来ないのに……
えっと、以前、審問官が来たのはもう何年も前……私が小さかった頃なんです。皆、ひどい生活をしていた時ですね……
その頃の街はそこら中めちゃくちゃで、何も食べるものがなくて、たくさんの人が病気で倒れてました。毎日人が死んでたんです……
そんな中、審問官が何人かを連れて行って、その人たちはそれっきり戻ってきませんでした。
けど、それからは毎日がちょっとだけ良くなりました。まだ飢え死にしたり、病気で死んだりする人がいましたけど……少なくとも……良くはなってたんです……
……ともかく、あれは審問官です。
……そう。
……歌い手さん、彼女を怒らせちゃいけませんよ。なんだか機嫌が良くないみたいですし。
ここで起きていることはすべて見ていたわ。あんたたち、誰かを海に送る相談をしてたわよね……自分たちが何をしているか、わかってるの!?
……
何か言ったらどうなの!? まったく……この場所は何もかもがおかしいわ。私はね、ここに来たら間違いなく病気や飢饉を目の当たりにすると思ってたのよ。だってそれが必然だもの。
そもそも以前の情報を元に考えれば、これだけ時間が経った以上、あんたたちが生きているはずないのよ。
なのに実際に来てみたら……あんたたちは私の予想以上に元気で、ひどい生活を送っていた。
ねえ、あんたたち――人を海に送るという行動が、どんな結果をもたらすかわかっているの?
私の方を見て、答えなさい! 私が誰だかわかるわよね?
審問官……
そうよ。つまりね、市民……あんたには答える義務があるの!
選ぶのは海だ。選ばれた者は、自ら受け入れ、海へ行くのだ。
ばかばかしい! 選ぶのは海、ですって? まるで海に意志でもあるみたいな言い方して……なんて恐ろしい言葉かしら!
いい? 私が見たのは、あんたたちが誰かを死に追いやろうとしている現場だけよ! 海に送られた人間が生きられるわけないでしょう。あんたたち、一体何の権利があって罪のない人を裁いてるの?
海へ行くことは、死ではない。
はぁ? どうしてそう言い切れるの? あなたにはわかるとでも言うの?
では、お前に、海の何がわかるのだ?
そんなの……わかんないわよ。私が知ってるのは、海に送られた人が死よりも恐ろしい目に遭う恐れがあるってことだけだし。
とにかく! 私は今、この目で見たわ。あんたたちが、この中の一人を海に行くよう強要しているところをね。
私たちは何も強要していない。選んだのは彼自身だ。
彼が行きたいのなら、それを止めるべきではない。ルールでは、それを禁じるとは言われていない。
でたらめを言って……こんなの、正しいことじゃないわ!
では、正しいこととは何だ? 審問官、お前が教えてくれるのか。
……少なくとも、何が間違ったことかについてはあんたたちよりも詳しいでしょうね。
あんたたちの行いは、決して許されないことだわ。あんたたちが認めずとも、私にはわかる。
むせ返る程の邪悪――この剣で誅すべきものがね。
……
私の剣を見ても動じないなんて……自分たちの行為は殺人ではないと本気で信じているの?
しかも死ぬことすら恐れてないとか……どうやらあんたたち、怪物になりかけてるみたいね。
あるいは……あんたたちを怪物にしたい奴がいるのかしら。
だとするなら、あんたたちを狂わせたのはきっとそいつね。……誓うわ。私が必ず諸悪の根源を見つけ出してみせると!
……もう行くわ。
えっ?
彼女はここに我慢ならないようだけど、私には関係ないもの。
彼女って……審問官のことですか?
ええ。……まあ、好きにやらせてあげたらいいわ。
歌い手さん、家をたくさん見て回るんですね。
ついてこなくていいのに。
こんな風に一軒一軒見て人を探すの、大変じゃないですか?
別に。見つかるまで探し続けるだけよ。
この調子じゃ、街中探し終わるまでに一日か二日はかかるのれす。
……あなたがついてこなければ、もっと速く歩けるんだけど。
その人はあなたに探されてるって知ってるんですか? 具体的な場所とか教えてくれなかったのれすか?
……
はぁ、もうすぐ暗くなっちゃいますよ。少し休みましょう、歌い手さん。今夜はどこに泊まるつもりですか?
適当に探すわ。
じゃあ、私と帰りましょうよ。北の方の家はマシな作りですから、人がたくさん住んでるんです。
それに以前の鱗油が少し残ってたので、暖炉おじさんが部屋を明るくしてくれてますよ。
必要ないわ。
ここに泊まるから。
えっ、この家ですか? でも、ここにはもう長いこと誰も住んでないのれすよ。
気にしないわよ、そんなこと。
けど、この家にはベッドどころか、平らな場所すらないんですよ。横になることもできないのに、どうやって寝るんですか?
立って寝るか、座って寝るか……まあどうとでもなるわ。
すごいですね……
本当に変な人。さすらいの歌い手さんがどんな人たちなのかは知りませんけど、あなたはその人たちとは違う気がします。
えっと……歌が好きな人って、もっとお喋りな人だと思ってましたので。だから、静かな人がいるとは思わなかったといいますか……
それに踊りが好きな人は服も綺麗にしておきたがると思うのれす。でも、あなたはほこりだらけの床に平気で座るし……それじゃドレスが汚れちゃいますよ。
……もう帰りなさい。
私、お邪魔ですか?
ここにはベッドどころか、平らな場所すらない。あなたがそう言ったんでしょ。
でも、一人だと寂しいんじゃ……
別に。平気よ。
そんなこと言わずに、ね? ところで、さっきからずっと外を見てますよね? 何か気になるものでもありました? ここから見えるのは海と教会くらいですけど……
もしかして、夜のうちにまだ出歩くつもりなんですか? 例えば……山に登って、教会に入ろうとしてる、とか!
あなたには関係ないでしょ。
まあ、関係ないですけど……興味があるんです。
……これを。
……ハープ? どうして私にくれるんですか?
ずっと見てたじゃない。欲しいならあげるわ、持って行きなさい。
……綺麗ですね。
ちょっとだけ、鳴らしてみようかな……
……良い音色です。でも、やっぱり私には弾けませんし……もらっても仕方ないですよ。あなたが弾くのを見たいだけなので。
じゃあ、何なら欲しいの?
もしかして、何かもらうためについてきてるんだと思ってます?
違いますよ。私はただ、あなたについていきたいだけなんです。
……
あなたがお仲間さんを探したいだけだってことは、ちゃんとわかってますから。
……確かめたいこともあるのよ。
その人のこと、もう何年も探してますよね?
えっ?
単なる印象ですけど……人探しのことになると、あなたの目つきが変わったように見えるんです。ずっと歩き続けてきた人の目、っていうか。ペトラおばあさんも時々そんな目をするので……
でも、よかったですね。やっとその人から解放されるんですから。
……どういうこと?
背負ってるものが重すぎるんですよ。
意味がわからないわ……
どれだけ頑張っても、二、三十年も背負い続けてると……そこから解放されることしか頭になくなっちゃいますから。
いや、そもそも……そんなに長く耐えられる人なんていませんし……
さっきから何を言ってるの……?
あなたはすっごく運のいい人かもしれないって話ですよ。もうその人を探し続けなくてもいいんです。
……
ここで長生きをする秘訣は、何かを背負い続けたりしないことなんです。一つのことだけ考えていると、人は狂ってしまうから。
私は、何も知らない子供なんかじゃありません。これでも、何度も……何度も人が狂っていくのを見てきたのれす。
だとしても……あなたにはわからないわ。
確かに、あなたたちに何があったのかはわかりません。でも、いいものだろうと悪いものだろうと、積み重なりすぎた過去は人を押し潰しちゃいますから。
ペトラおばあさんがマニュエルって人の名前を呼ぶたび、わかるんです。おばあさんの病気、またひどくなっちゃったんだって。
けど、あなたはまだ若いんですから、そんなふうに苦しい道を選ばなくてもいいと思います。
……そんな簡単な話じゃないの。
簡単かどうかなんてどうでもいいんです。話してみてください。
私、ここでちゃんと聞いてますから。
昔のことは……
考えないようにしたところで、決して離れてはくれないの。
むしろ、考えないようにすればするほど……迫ってきて……過去に呑み込まれてしまう……
ほら、君も少し飲むといい。
どうも。
待て待て――そう一気に飲み干すんじゃない。私の分も少しは残しておいてくれ。眠れない夜はそいつが頼りなんだ。
はぁ……まったく。
自分は厄災を招くだの、フアンは自分が死なせただの……あいつは私の息子だぞ。父親の私すら君を責めてはいないのに、今にも死にそうな顔をして……それじゃ何か言おうにも言えないよ。
本当に*イベリアスラング*なお嬢さんだな。
……ごめんなさい。
敵の狙いは私なのよ。私の傍にいた人は皆、ひどい最期を迎えてばかり……
だから、私も呪われると?
少なくとも、私から離れた方がいいわ。
いいだろう。言われずとも離れてやるさ。君の言う*ミノススラング*なんて迷信、本気にしちゃいないがね。
……
……もとより、この仕事は残酷で危険なものだ。あのバカ息子は利かん坊だから死んだのさ。どんな奴に殺されたのかもわからない。何より君ですら歯が立たなかった相手だ。私に一体何ができる?
私には、息子の仇を討つことなんてできないのさ。
……その酒を飲み終えたら、私たちはそれぞれの道を行くんだ。もう関わることもないだろう。
……ええ。
……このバカ! 君はずっとそんな調子でいるつもりか? 気の利いた言葉が出なくても、もう少し何か言えるだろう!
こっちの言葉にはまだ疎いのよ。
いいや、違うな。君は誰に対しても「友人」という言葉を口にしたくないだけだ。
……まあいい。どのみち、もうすぐお別れだ。その前に、もう少しだけ話をするとしよう。君はこれからどこを目指すつもりだ?
……わからない。
これまで通り放浪しては、取るに足らない仕事を受けて、大したことない雑魚を相手に戦う日々を続けるつもりか? 永遠に覚めない夢の中を生きるように。
……
スカジは一気に酒を飲み込む。しかし、アルコールが彼女に酔いをもたらすことはなかった。
……
じゃあ、どこへ行けばいいと言うの?
あなたたちがバウンティハンターなんてやっているのは、お金を稼ぐため……生きていくためでしょ。
でも……私にはもう……何もない。
ここは荒廃していて、無秩序で、まともな生活すら望めない。誰かに必要とされているわけでもないし、こんなところにいたいとも思わない。……正直、どうしてここにいるのか不思議なくらいよ。
いるのは弱くて無知な連中ばかり。欲深く、死を恐れていて……なのに私を怖がらない。訪れる死を避けようともしないの。
……理解しがたいわ。
おい、よせ。一体どれだけ酒瓶を握り潰したら気が済むんだ?
……
獲物を斬り殺し、敵を片付ける。私はそのために生まれたの。
それなのに……私だけを残して、皆死ぬ。……どうして私なの? 厄災はいつもやってくるくせに、どうして私を殺せないの? どうして……私の傍にいる人ばかり殺していくの……?
……フアンは……いい人だったのに……
やめろ!
どうして……どうして彼らが……死ななきゃいけなかったの……?
私を追ってくる影を皆殺しにしないと……でも、私じゃ影を見つけられないの……見ることすらも……叶わない……
それなら、私はどうすればいいの……? 皆から離れる以外に、守る方法なんてないじゃない……
仮にあったとしても……一体誰が教えてくれるというの……?
わかった……わかったよ。*サルゴンスラング*、君の勝ちだ。
この一瓶は全部君にやろう。そいつを飲み干したら、私のようにしこたま泣いて、ぐっすり眠るといい。
……無駄よ、もう試したもの。
なら夢を見ろ。いっそ君にとっては、そっちの方が現実味があるかもしれない。それに手がかりもな――例えば、お前さんだけの宝の地図とか。
ああ、それがいい。地図を見つけるんだ、スカジ。そうすれば、君の旅はきっといいものになる。生きている限り、前へ進め。その方が足踏みを続けるよりずっとマシだ。
宝の地図……
歌い手さん? 大丈夫ですか?
なんだか、つらそうでしたけど……あなたでもそんな顔する時があるんですね。
……大丈夫よ。何でもないわ。
それ、ずっと握りしめてましたよ。大切にしてる物だって知らなければ、握り潰したいほど怒ってるのかと勘違いしちゃうところでした。
えっと……怒ってないん……ですよね?
……これは彼女の物なの。
彼女? あなたが探している仲間のことですか? なるほど、本当に諦めるつもりはないみたいですね。
……彼女は重荷なんかじゃないわ。
彼女が……私を救ってくれたの。航路を示してくれたのよ。
だったら、示された方へ進み続けていれば、きっと答えが見つかるはずだわ。
歌い手さんは、何を探してるんですか?
私にもわからないのよ。もしかすると私が誰なのか、という問いへの答えかもしれないし……ただ為すべきことを知りたいだけかもしれない。
例えば、廃墟で何かを探している時、そこに何があるのか、事前に知ることができる?
わあ、そう言われると、確かにわからないのれす。
つまり……見つけた時に初めてわかるものなのよ。
いるんでしょう!? 中に入れなさい!
た、大変……!
歌い手さん、彼女に逆らったらダメです。扉を開けましょう。
どうして?
……
だって、あなたはイベリア人じゃないですから。
それがなんだっていうの。
あの人は審問官ですよ。審問官は……
ここにいるのはわかってるのよ。うまく変装したとでも思っているのかしら? あんたが街に来た時から、ずっと見てたんだから!
さあ、扉を開けなさい。そこの市民、一体何を匿ってるかわかってるのかしら……
匿う!? そんな、わ、私は別に何も隠してなんて……
三つ数えるうちに開けなさい。もし抵抗するなら、その時は力ずくでいかせてもらうわ。
一、二――
三! けほっ、けほけほ……何これ、すごいほこりじゃない! どれだけ放置されてたのよ……
……あら、エーギル人。やっぱりここにいたの……ねっ!
歌い手さんが……よ、避けた!?
す、すっごい速さ――あの体勢……どうなってるの?
椅子の……背もたれに立ってる! どうってことないって顔してるけど、一体何がどうなってるの? すごいバランス感覚……
ふん、ただのまぐれよ!
そのまぐれが、いつまで続くか……見せてもらおうじゃない!
また避けた! 一瞬であっちまで跳んでいっちゃうなんて……風に飛ばされる海草なんかよりもずっと軽くて速く見える!
そんな棒切れを振り回したところで、私には通用しないわ。
ぼ、棒切れ……ですってぇ!?
よくも侮辱してくれたわね……
この代償は必ず支払ってもらうわ!
わっ――すごい力! 椅子が真っ二つになっちゃった! 周りの棚にも……あっ、床にまでひびが入ってる!
も、もう見てられないよ……でも、歌い手さんが……
あれ、大丈夫そう……まさか、全部避けたの? すごい!!
ううん……避けてすらいないみたい。追い込まれてる感じが全然しないもん。それどころか、不思議なリズムで踊ってるみたいで……
……き、綺麗……!
くっ……いつまで逃げ回るつもり?
エーギル人は皆そう。私たちの国に忍び込み、こそこそと物陰に隠れて――
――はぁっ!
……外した? 壁を斬ったの?
審問官……疲れてるのかな?
ふん、私が狙いを外すわけないでしょう――
か、壁が崩れちゃった!
よかった、反対側にいて……
でも、歌い手さんは……逃げ場がなくなっちゃった。そうか、審問官はわざと壁を崩したんだ……!
さぁ――もう逃げられないわよ。
この剣を受けなさい。それが罪への判決よ!
……面倒ね。
えっ……そ、そんな!
私の剣が、簡単に止められるなんて……
いくら全力じゃないとは言え……エーギル、あんた一体何者なの?
さすらいの歌い手よ。
バカ言わないで! こっちは、あんたがサルヴィエントに入った時から、ずっと後をつけてたのよ。
誤魔化せると思ったら大間違いなんだから! ただの歌い手がこんなに強いわけないでしょ!?
……はぁ、ホセさんの努力は無駄だったみたいね。
誰よ、ホセって?
とにかく私は、あんたが海辺でやったことも全部見てたのよ!
答えなさい! あんたの目的は何?
あなたには関係ないでしょ。お節介なのね。
す、すごい!
審問官を怖がらないどころか、挑発してる!
あっ、もしかしたら挑発じゃないのかも……歌い手さんってずっとあんな感じだし。半日一緒にいたせいか、私はすっかり慣れちゃったけど……あーあ、審問官はさっきよりも怒ってるみたい。
私は……審問官なのよ!
イベリアで起こることに、私たちと無関係のものなど一つもない。
法律が禁じた全ての過ちを察知し、それらを正す必要があるの。
ここの海は間違っているわ。あいつらが増え続けている。この都市はもうすぐ……いいえ、既に邪悪な何かの巣窟となっているのかもしれない。
言いなさい、エーギル。この異常はすべて、あんたがもたらした……そうでしょう?
あんたが厄災をもたらし、あいつらをここへと集めた――
ええ、そうね。
そしてあんたがここの住民に異端思想を植え付けて、海に行くよう扇動した。彼らを見なさい! あの不気味な様子……あれじゃあ、まるでエーギルじゃない!
……何ですって?
この海で何が起きたか、あんたがわからないわけないでしょう。なのに、あんたのその目ときたら――
まったくの無関心じゃない!
そうね……
その冷酷な態度のどこが普通だって言うのよ! まさか、そんなざまで自分はやってないとでも言うつもり!?
逃がさないわよ、エーギル――! あんたたちがこの国にどれだけの災いをもたらしたと思ってるの? 何を企んでいるのかぐらい、私にはわかってるのよ!
……さっきから何を言ってるの?
審問官、何言ってるんだろ?
歌い手さんは今日来たばっかりなのに……それに、厄災って? 私たちが不気味って……どうして?
海に行くのは……私たちが自分で決めたこと、だよね?
それに、エーギルって何なの?
わからないことばっかり。
あなたじゃ私を倒せないわ。
そんなの、やってみなければわからないじゃない。
時間の無駄よ。
ちっ。確かにあんたの言う通りね。こんな話をしたところで、時間の無駄だわ。
もっと早く――あんたを仕留めるべきだったのよ。
えっ……!?
伏せて。出てきちゃダメよ。
ふっ……エーギル、私のすごさが身に沁みたかしら?
スカートが……
一箇所、穴が空いちゃったじゃない。ホセさんに返さないといけないのに……
あ……あんた、まさか無傷なの!? そんな……ちゃんと狙ったはずなのに!
まだ続けるつもり?
というか、それ……扱いが難しいみたいね。
そうでなきゃ、お喋りなんかせずに、もう一度狙いを定めるはずだもの。
わ、私は……
あなたの話だけど、私には意味がわからないし、興味もないわ。
だから……