この炎が照らす先 FC-1・戦闘前
逃げる者に追う者
いい加減、帳簿を触るのをやめたらどうだ? まだリヤカー引いて物売りしてた暮らしに戻れると思ってんのかよ?
いや、そんなことはないんだけど……はぁ。
後ろめたいことをしたら、書き留めておかないといけないような気がしてさ。
たいていの医者なら傷の原因くらい一目でわかんだろ。それでも責められなかったんだから、お前は許されたってことだろ。
でも彼女は医者ではなくて、薬を売る場所で働いているだけだという話だ。応急処置の知識を少しかじっている程度だから、傷口の処置ぐらいしか教えられないって……
あいつが本当のことを言ってる保証はねぇだろ。
俺に言わせりゃ、ありゃただの医者じゃねぇよ。ましてや薬売りだなんてもっとありえない。あれだけの種類の薬を持って荒野に来るなんて、おかしすぎるだろ。
あいつのスーツケースの中身はちゃんと見たか? お前商売やってんだから、どれだけの価値があるかわかるだろ?
細かくは見てないけど……
……まさか命の恩人の荷物まで奪おうとしてるわけじゃないよね?
いやいや、一応聞いてみただけだ。
ねぇ……まだパンは残ってるかい?
ほとんどねぇな。
……申し訳ないが、一つ分けてくれないかな。
先生。
いや、えっと、先生って呼ばれるのは好きじゃないんだったね……あのー、パンでも食べるかい?
ありがとう。でも私は大丈夫だから。
何を読んでるんだい?
ただの古いターラーの詩集。
あっ、おぉ、ターラー語か……私はあんまり言葉を知らなくてね、ましてやターラー語の文字なんてわからないよ、ハハッ。
……立ち話もなんだし、座って。
うん、えーと……実は昨夜のことで君にお礼を言いたいんだ。
ただ薬を少し分けてあげただけだよ。
……傷口の洗浄や包帯を巻くところまでやってあげたかったけど、まだうまくできなくて。
あんな傷口を見れば誰だって怖くなるさ。しょうがないよ。
……だけど、もしもあの時君が火を放ってくれなければ、私たちは恐らく逃げ出せていなかった。
火……?
……違う。私はただ通りかかっただけで、火なんて放ってない。
……そうか。わかった。君がそう言うなら、ただの偶然ってことにしておくよ。
はぁ、それにしてもダブリン呼ばわりは不名誉だよね……あの兵士たちは言うこと聞かない奴をみんなダブリン扱いするんだ。私たちだけならまだしも、君みたいな優しい人には似合わない罪名だよ。
……キミはダブリンを憎んでるの?
それは……何とも言えないかな。
都市から来た君は知らないだろうから、一つ忠告しておくよ。実はしばらく前に、ダブリンの人間がこの辺りに来たんだ。
ダブリンは、とあるヴィクトリアの部隊と衝突して、ヴィクトリアの方は誰一人として生き残れなかったらしい。
それで都市のお偉いさん方は非常に腹を立ててね。トレント郡から兵士たちを動員して、スカハンナ原野の至る所で人を捕らえて、村もいくつも焼き払ったんだ。
……君は私たちを助けるべきじゃなかったんだ。そんなのリスクしかないのに……
……
もし、他人の命をないがしろにしてしまったら、私はロドスとの約束を破ってしまうことになるから……
え? ごめん、声が小さすぎて……
何でもない……さっきの話、私も少しは聞いてるから、道中気を付けるよ。
え、もう行くのかい?
うん。夜はもう明けたから、道を教えてもらわなくても大丈夫。
そうか、わかったよ。君みたいにとてもきれいなヴィクトリア語を話すターラー人は、あんまり私たちと話したくないだろうしね。
おい、アンタらケリーを見なかったか? こんくらいの背丈の女で尻尾をゆらゆらさせながら歩くクセがあんだけどよ。
見てねぇ? 先生、悪いがこの近くを探してきてくんねぇかな? あいつ一晩帰って来てねぇんだ。この通りだ、頼むよ。
セルモン、君が頭を下げるなんて珍しい──
おっと。ヴェン、アンタはこっちに来て手伝ってくれよ。
……
ありゃ、通信が可能になってる? また方向を間違えたってこと?
そのようだな。この辺の通信設備は破壊されていない。つまり奴らはここら一帯へは来ていないということだ。
うーん……ロドスからは何かあった?
ニュースで言ってた内容とあまり変わらない。昨晩ダブリン兵の小隊がレッドリッジで火を放ち、駐屯地の建物が一棟燃えたという話だ。
だがその小隊の者たちは、まだこの荒野に逃げて来てはいないようだな。
あとはどれも役に立たない情報だ。ちょうど直近の一ヶ月、この辺りには移動都市が来なかったようだし、外勤オペレーターからも異常の報告はない。
そして、私たちも戦闘の痕跡しか発見できていない……あの痕跡から戦闘の規模を判断することはほぼ不可能だ。
唯一わかるのは、交戦した双方の実力がかけ離れていたということくらいだ。ヴィクトリア兵は即座に敗北したと言っていいだろう。
……バグパイプ、聞いてるか?
えっ?
部品をはめる向きが違うぞ。また考え事か?
わぁ、チェンちゃんって破城矛の構造もわかるんだね! うちなんて最初、メンテナンスの方法を覚えるのにもすっごい時間がかかったのに。
……全部わかるわけではないがな。
さっきはね、どうしてヒューズは手紙の中でいつも別人みたいに話すのかなって考えてたんだべ。こんなこと言っても確信はないけど……
まあ、キミの直感は常に正しいと信じている。
彼には、何か言いたくて言えないことがあるんじゃないかと感じているんだろう?
……まるで私たちが彼を訪ねて以降、誰かに監視でもされているかのように。
そう、まさにそんな感じ!
ならば、私たちは道を間違えていないということだ。ヒューズがくれた情報は正しい。敵の警戒を引き起こすほどにな。
行軍ルートは隠蔽できるが、軍備に関する原材料の流れについてはやはり情報が漏れているようだ。この数ヶ月、私たちがマークした複数のダブリンの部隊はいずれもここら辺一帯に近づいている。
トレント郡外の……無人地帯?
……
チェンちゃん、急にどうしたんだべ……
三時の方向。
──
ヒロック郡の時と同じ格好……亡霊部隊だ!
早く後をつけよう──
待て、バグパイプ……あいつらどこかおかしいぞ。
あ、たった数人で荒野に出てくるなんてたしかに変だね。見張りっぽいけど……囮かな?
いや、そうとも限らんぞ。あいつらを見ていると……龍門での悲惨な光景を思い出す。
油断するな、ゆっくり近付くぞ。