聖山降臨1101 OS-4・戦闘後
同じ茎より出でるもの
グロ、頭の包帯も取れていないのに、なぜ戻ってきた?
お前と来たら常々無鉄砲すぎる。よく考えてから動けと何度も言ってきただろう。今すぐ病院に戻って寝ていろ!
……聞きましたよ。ブラウンテイル家に招かれて、ラタトスと話すそうじゃねえですか。
絶対に行っちゃなりませんよ、旦那……
なんだ、俺があの女を恐れるとでも思うのか?
ラタトスの奴は真相を話すなどと言っていたが、どんな戯言を吐いてくるのか確かめてやるさ。
ですが、奴らは会合の場所として、ブラウンテイル家の領内を指定してきたんですよ。裏があるに決まってます。
ふん、そのくらい俺にもわかっている。
あの女が本当に手を下すつもりだったとして、我らペイルロッシュ家の人間は、戦いを恐れはしない。
敵地に置かれようと、俺たちが手も足も出ずに終わるなどありえんさ。
それにしても、どうして顔を出したんだ。お前のその頭を見たら、また腹が立ってきた。
それでも俺は旦那を止めますよ! 戸口に座り込んで、そこを絶対動きませんからね。
行くも行かんも俺の勝手だろう。
俺が情けねえ姿を見せたから、旦那は怒ってらっしゃるんでしょうが、俺も自分で旦那を守れねえ以上は、せめて危険な場所に行かせないように止めるしかねえんですよ。
はぁ……! 俺はお前に怒っているわけじゃない。ブラウンテイル家の連中に怒っているんだ。
俺が奴らに落とし前をつけさせてやるから安心しろ。何人たりともペイルロッシュ家を愚弄することなどできんと教えてやるんだ!
お前もペイルロッシュ家の人間なら、そこをどけ。
旦那……
誰か、グロ将軍を部屋まで送ってやれ。
数人の兵士がグロを支えて、部屋へと連れていった。
ふん……
恐れはないが、備えは必要だな。人手は多く連れて行こう。
*イェラグスラング*、お前たち、車を何台か余分に用意しておくんだ。
スキウース様、夕食のお支度が整いました。
お姉様は? 一緒に食べないの?
ラタトス様は先ほどお出かけになられました。心配はいらない、とお二方宛のご伝言をいただいております。
確か、今日はペイルロッシュ家と会合をすると仰られていたが、それにしても時間が早すぎるような……
お義姉様は一人でお出かけに?
私どもには何とも……
……ユカタン、嫌な予感がするわ。
お姉様を探しに行ってきて。
ああ。
スキウース様、ユカタン様、お待ちを。
今度は何?
ラタトス様はご出発前に、お命じになられたのです。
今夜は決してお二方を家から出さぬようにと。
どんな手段を使ってでも……そう仰せでした。
……
巫女様! 伏せてください!
クソッ、こいつら何者?
イェラグの土地で、巫女様を暗殺しようだなんて!
イェラグ人ではないのかもしれません。
危険な相手です。
安心してください! 巫女様のことは、命に代えてもあたしが守りますから!
簡単には踏み込ませませんよ。イェラグの猟師の実力を見せてやります!
彼女はクロスボウを持ち上げると、慣れた手つきで弦を引き、矢をつがえて、割れた窓から身を乗り出し、ほとんど狙いを定めることなく引き金を引いた。
すると、外からたちまち数人の悲鳴が聞こえてくる。
……よし。
気をつけて……相手はまだたくさんいます!
このまま包囲されていてはまずいことになります。せめてここから脱出しなくては。
そんなのどうやって――
落ち着いて、私の指示を聞いてください。
……
雪上に伏せた襲撃者は、後方に向けて潜伏を命じる合図を送った。先ほど得た教訓から、彼らはより慎重になっていたのだ。
いつ窓から放たれるとも知れない、正確な狙いの矢を警戒しつつ、彼らはゆっくりと包囲網を狭めていく。
カーテンがわずかに揺れるその向こうには、おぼろげな人影が見えた。
襲撃者はクロスボウを構えた。
毒矢が放たれ、カーテンの向こうの影を正確に射抜く。屋内からは何かが倒れこむ音が響いた後、静寂が訪れた。
命中した。確認を待つ。
第二、三、四隊は陣形を維持。第一隊は現場の確認についてこい。相手はもう一人いる。慎重に接近しろ。
数人が小屋の扉の前まで忍び寄り、屋内から何の音も聞こえないことを確かめると、扉を破って踏み込んだ。
これは……
……木彫りの像?
床にはイェラガンドの彫像が倒れこんでおり、その頭部には毒矢が突き刺さっていた。
その光景を目にした時、侵入者たちは気付いていなかった。彼らが部屋に忍び込むと同時に、かすかな機械の動作音が響いていたことに。
そこへ鈴の音が響き、彼らは不意に、手足から力が抜けていくのを感じた。
その直後、引き絞られた五丁のクロスボウと巨大な網が、侵入者たちを迎え撃つ。
ははっ! 巫女様の予想通り、引っかかったな!
イェラガンドの彫像を壊した罪は重いぞ! きっちり悔い改めるんだな!
今です、逃げましょう!
Aチーム、状況報告を。
ペイルロッシュ家の車両が複数台、三番目の監視ポイントを通過しました。
ターゲットの位置を確認――進行方向の先頭車両、後部座席です。
行動を開始しても?
許可する。
――報告、状況に変化あり!
目標が停止。視界が遮られており、現状が確認できません。
……ブラウンテイル家の衛兵か? なぜこんな場所に?
……行動を中止せよ。一号回線に接続する。
何のつもりだ?
呼び出したのはそちらの当主だろう。だというのに、道を塞いでくるとは。
アークトス様、会合の場所はすぐそこですが、もうしばしこちらでお待ちください。
安全上の理由から、皆様の車両を点検させていただきたいのです。
バカバカしい。場所を指定してきたのはお前たちだろう。俺たち数人程度を恐れてどうする。ブラウンテイル家の人間は、度胸もなければ器も小さいと見えるな。
これはラタトス様のご命令なのです。どうかご協力ください、アークトス様。
いいだろう。このアークトスにやましいことなど何もない。うちの車両は好きに調べるといい。
……問題ございませんでした。お通りください、アークトス様。
待て。
そちらが調べを終えたなら、今度はこちらの番だ。
お前ら、ここからブラウンテイル家の屋敷に至るまでの道と、その周囲をくまなく確かめてこい。
怪しい奴を見つけ次第、すぐに捕らえて連れてくるんだ!
はっ!!
Aチーム、ターゲットの位置を報告せよ。
Aチーム、応答せよ。
聞こえるか? Aチーム、状況報告を!
一体何が……
指令部に報告! 目標の車両が我々の監視圏内に侵入しました。現在、最終行動地点に接近しております。行動を開始しますか?
いつの間にそこへ……ターゲットに動きはあるか?
いえ、車から降りる様子はありません。こちらからは、車内の状況は確認不能です。
軽率に動かず、ターゲットの位置を確認してから行動しろ。
報告。
こちらの監視ポイント付近で、イェラグの戦闘員らしき人員を発見しました。巡回中のようです。
身元は?
不明ですが、恐らくはペイルロッシュ家の衛兵かと。
報告! こちらもイェラグ人の姿を発見。周辺すべての建物を確認しているようです。
こちらの位置を把握されている可能性あり。先んじて打って出ますか?
いいや、そのまま待機しろ。
報告、こちらの位置が露見しました! 現在交戦中!
敵に位置が露見しました! 潜伏維持は不可能!
行動許可を!
クソッ……
行動を――
北風は冷たく……山道は長く……
……狡猾な牙獣が岩間に隠れ潜む……
弓を構えれば、心は揺れて……
……我が家の小さな木枠の窓を思い出す。
――当たった。
森は猟師の庭である。
彼女はエンヤを連れて、森の中を駆け抜けていく。どこから来たとも知れぬ襲撃者たちは、なおも執拗に追いかけてきていた。
だが、神出鬼没の猟師の矢は、追手を次々と打ち倒していく。
あと一人はいるはず……どこだ?
ジョアンナは、矢を放ったことでこちらの位置が知られていることをわかっていた。今影の中に紛れているのは敵のほうだ。
大きな木の陰に身を潜めていた彼女の耳は、再びかすかな物音を捉えた。
弦を引き、矢をつがえ、クロスボウの引き金を引いて――
……外した!?
矢が外れた瞬間、彼女は背後からの襲撃者に押し倒された。
その人物は地面に散らばったクロスボウの矢を拾い上げると、彼女の喉元に突きつけ――
しかし、その腕はそれ以上動かず、そこで凍り付いた。
――!
その後、おぼろげな人影が一瞬にして襲撃者の頭上に現れ、凄まじい一撃を加える。
地面が揺れ、樹上の雪が飛び散って――
……デーゲンブレヒャーさん?
デーゲンブレヒャーに向けて鋭い矢が放たれたが、彼女はそれを片手で掴んだ。
……誰だ! 巫女様に何をする気だ!?
ジョアンナさん、やめてください! この方は、我々の味方です。デーゲンブレヒャーさんという方ですよ。
デーゲンブレヒャー……?
ジョアンナは矢をつがえていたクロスボウを半信半疑の表情で下ろして、デーゲンブレヒャーをまじまじと見つめた。
その名前は聞いたことあるな。すごい人なんだろ?
それにしたって、人が凍った地面にめりこむところなんか初めて見たよ。
ところで、デーゲンブレヒャーさんはなぜここに?
エンシオディスに頼まれたの。
悪いけど、この状況だともう掟を気にしてはいられないわよ、巫女様。
ですが、どうして私が危険な目に遭うとわかったのでしょう?
近頃イェラグは物騒なの。襲撃が起きたのはこれが初めてじゃないのよ。
あなたが蔓珠院を離れたあとすぐに、シルバーアッシュ家とペイルロッシュ家が襲撃を受けて、三家はまた一触即発の状況に陥ってるの。
そんな……
この連中は……
三人はそこでようやく襲撃者たちを――地面にいくつも横たわっている事切れた死体を観察する余裕を得た。
彼らは全員、ペイルロッシュ家の鎧を身に纏っており、手にした武器は紛れもなくイェラグの標準装備だ。
ペイルロッシュ家の……?
バカ言うな!
ペイルロッシュ家はいつだって、一番強い忠誠心を持ち続けてきたんだぞ! 巫女様を暗殺するなんてありえない!
じゃあ、この連中のことはどう説明するの?
こ、こんなの偽装に決まってる! 誰かがペイルロッシュ家に濡れ衣を着せようとしてるんだ!
ちゃんと確かめてみよう。こいつらがペイルロッシュの戦士になりすましてるとしたら、どこかに粗があるはず……
やっぱりな! この矢を見てくれ!
ふん……こいつら、ペイルロッシュ家の装備を着てたら完璧に偽装できると思い込んでたんだろうな。でも、大事なところを見落としてるぞ!
ほら、こいつらの矢は全部、矢羽根が二枚しかないだろ。でも、本当のペイルロッシュの戦士の矢は、矢羽根が三枚ついてるんだ。本来は戦場で使うものであって、狩猟用じゃないからな。
父ちゃんから聞いた話じゃ、うちはペイルロッシュ家から離れる前は一番忠実な精鋭の戦士だったんだって。
うちの射撃の技は、代々受け継がれてきたんだけど、起源を辿ればご先祖様が戦いの中で身に着けてきたものなんだ。特に――
……シルバーアッシュ家との戦いの中で。
合理的な説明ね。
……それはもう、昔の話です。
ペイルロッシュ、ブラウンテイル、シルバーアッシュ……三家の争いはとうに終わりました。それゆえあなたたち一家も、イェラガンドの慈悲深い導きに従って、猟師となる道を選んだのでしょう。
うん……我らのイェラガンドに。
となると、ペイルロッシュ家の人間になりすましたのが何者なのかは、想像に難くないわね。
ヴィクトリア人、ですね。
デーゲンブレヒャーは、倒れたヴィクトリア人の喉に刺さった矢を引き抜くと、それをじっと観察した。
あら?
この矢はあなたが作ったの?
そうだよ。子供の頃、父ちゃんに作り方を教わったんだ。先祖代々こうやって作ってるんだって。
先祖代々?
矢羽根の切り方も、矢じりの削り方も、それに矢の軸に刻まれている刻印も、どこを取ってもウルサス人特有の製法に見えるけど。
そんなはずないだろ? 「これはイェラガンドの信徒の印だ」って父ちゃんは言ってたんだぞ。
カジミエーシュの競技場で、似たような矢を何度も見たことがあるけど、これを使っていた人はみんな、伝統的なウルサス式戦技の使い手を自称していたわ。
確かに、その大半は単なる宣伝文句だったでしょう。でも、商業連合会の支援を受けた歴史学者たちの考証資料や、当時の出土品を見た経験から言うと、それがウルサス式であることは間違いないわ。
だけど、うちの家族はみんなイェラグ生まれだし、昔はペイルロッシュ家の一員だったんだよ!
ウルサスはウルサス、イェラグはイェラグだろ。あの国がうちに関係してるなんて……
……エンヤ様?
「……ある者は旗を掲げ、ある者は太鼓を手にし、ある者は剣を携えていた。」
「外より来たる三人は各地で争い、その血は川を染めた。ゆえに主はそれを憐れまれた。」
「そこで、主は戦地に向かい、こうお告げになった――」
「『汝らが刃を収め、心を一つにするならば、必ずや豊かな恵みが与えられ、我の加護を受けること叶うだろう。』」
「――しかし、愚かな三人は行いを改めようとせず、主のお言葉の後も良からぬ企みを抱き、武力を以て対峙した。」
「ゆえに主は、やむなく天を裂き雲を割り、奇跡を起こして、争いをお諫めになられた。」
「すると、一人が涙ながらにこう述べた。『肉親を殺された深き恨みを、如何にして忘れられましょう?』」
「それを聞いた主もまたそのために涙を流され、その涙は敵を凍りつかせて、三つの永遠なる雪山となった。」
今のって……何の話ですか?
『イェラガンド』に記された、見過ごされがちな一節ですが……今ようやく、この内容を解釈することのかなう時が来たのだと思います。
ジョアンナさん、恐らくあなたのお家は……いえ、ペイルロッシュ家そのものが、古ウルサスを起源としているのでしょう。
……巫女様もそう思うんですか?
ええ。ですがこれはペイルロッシュ家に限った話ではありません。シルバーアッシュ家やブラウンテイル家もまた、イェラグ土着の民族ではないのです。
経典にある通り、三家はいずれも、外から来た者でした。遥か昔に三者が資源を巡る血みどろの争いを続けていたところへ、イェラガンドが介入なさったのでしょう。
そして、三つの雪山とは、一見してイェラグを取り囲む三つの山峰を指しているようですが、実際には、主が我らのために定めた三家の領地を指しているものと思われます。
「刃を収めぬその時には、主は再びお姿を現されるだろう……」数年前に起きかけた、過去数百年で最も大きな三家間の紛争は、主が奇跡を起こしてくださったおかげで諫めることができました。
ですがつまるところ、三家が「心を一つに」しなければ、主のご加護を得ることはできないのです。
イェラガンドが我らにお教えくださった最初の美徳は、赦すことでした。
旦那様! 不審人物を捕まえました!
大柄な衛兵が、手足を縛った数名の人物を突き出した。
この連中、通り沿いの空き家に潜んでいました。望遠鏡とおかしな通信機も持っています。恐らくヴィクトリア人です!
ハッ……すべて予想通りだな。
ラタトスめ、本気でヴィクトリア人と結託して俺の命を狙ってくるとはな。今すぐに、この連中をあの女の前に――
いや、蔓珠院と三家の前に突き出して、どんな言い訳をするか見てやろう!
誰だ!
アークトス様、ご無事で何よりです。ヴィクトリアの残りの密偵は我々がすべて捕らえて参りました。
なに……どういうことだ?
ラタトス様からは、アークトス様をお守りするよう仰せつかっていたのです。
あなたがこちらへいらっしゃる道中、我々は常にその後を追い、護衛をしておりました。この者たちは初めからあなたを狙っていましたので、我々のほうで捕縛しました。
衛兵はそう言いながら、縛り上げた密偵たちを次々と突き出していく。
これは一体……
……ラタトスは今どこにいる?
わかりかねます。
ラタトス様が仰せになったことには、ヴィクトリアがこの辺りに潜伏させている密偵は何とか引き付けておくので、奴らが姿を現した瞬間に、我々の手で――
その時、ブラウンテイル家の古い屋敷から爆発音がし、その形が紙の箱をひねり潰すように裂けて崩れた。
ガラス片と木屑が四方に飛び散り、炎は歴史と富の痕跡を飲み込んで、立ち上る濃煙が夜の山風にさえも熱気を帯びさせる。
ペイルロッシュの戦士は目を見開いてそれを見た。茶色い乗用車の後方では、その爆風に巻き込まれた人々が支え合いながら起き上がる。
そうして、爆発音の残響が徐々に消え、クラクションと燃え盛る炎の音だけが残されて……
焼け焦げたジャケットが一着、地面に舞い落ちた。
これは……
……
……ラタトスか?
何がどうなっている……!?