聖山降臨1101OS-ST-2・幕間聖巡と弔鐘
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カジミエーシュクルビアリターニアヴィクトリアイェラグ
ウルサスカジミエーシュクルビアリターニアヴィクトリアイェラグ

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聖山降臨1101 OS-ST-2・幕間

聖巡と弔鐘

白い雪で覆われた枯れ枝の先に飛び乗ると裂雲獣は目を細め、真剣な様子で周囲を観察した。

巫女は小さく息をつくと、足を止めて振り返る。すると、少し離れてついてきていた猟師は身を強張らせた。彼女の頬は、風に吹かれて赤らんでいる。

エンヤ

ジョアンナさん……ついてこなくとも良いのですよ。

あなたがしてくれたことには、感謝してもしきれないと思っています。

ですが、発つ前にお伝えした通り、「聖巡」は一人で成し遂げねばならぬもの。あなたとお話しすること自体、本来は規則に反することなのですよ。

ジョアンナ

わかってます。

でも、あたしは護衛でもおつきの人でもないですし、巫女様についてってるわけじゃなくて、ただ偶然同じ道を歩いてるだけってことならいいはずです。

安心してください。話しかけたりしませんし、誰かに見られても知らんぷりするので。

あたしは、二度と巫女様をあんな危ない目に遭わせたりしないって決めたんです。だから、ずっとついていきます。

エンヤ

では、私がどこへ向かっているのかはわかっていますか?

ジョアンナ

わかりませんけど、どこだろうとついていきますよ。

エンヤ

ですが……私はイェラガンドを探しに行くのですよ。

ジョアンナ

えっ?

探すって……じゃあ、イェラガンドは消えちゃったんですか!?

エンヤ

わかりません。ですが、主が再びお姿を現されなければ、イェラグはこの前のような災いに見舞われることになるでしょう。

そうなれば、誰かが命を落とすかもしれませんし、信仰を失う人はそれより大勢いることでしょう。

今はとにかく、蔓珠院へ密かに戻り、経典から新たな手掛かりを得ねばなりません。どうかこのことは、ほかの人たちには秘密にしてくださいね。

ジョアンナ

だったら、あたしも行きますよ。誰かに居場所を知られかけたら、あたしが追い払ってあげますから――

「グルル」――

ジョアンナ

裂雲獣が何か見つけたみたいです。

その視線を辿れば、蔓珠院へと通じる遠くの山道が、暗い色の衣を纏う人々で埋め尽くされていた。

エンヤ

これは……大任を担うどなたかが亡くなられたようですね。

ジョアンナ

それって誰が?

エンヤは首を横に振った。分厚い衣服の内側にまで不穏な冷気が伝わってきて、彼女は思わず身震いをした。

ジョアンナ

エンヤ様、大丈夫ですか?

エンヤ

……人混みを避けて、ゆっくり歩きましょう。


暗い色をした雲が、寺院の屋根を押しつぶさんばかりに低く垂れ込めている。今日のイェラグはひときわ冷え込み、北風は参列者の骨身を突き刺すように冷たい。

庭に集った一族の者と修道士たちは静かに頭を垂れ、ブラウンテイルの領民も自然と庭の外に集まっていた。イェラグを命懸けで守ったこの当主を彼らは誇りに思い、その死を深く悲しんでいた。

風と共に吹き付ける大雪が、ひしめく黒い傘の上に積もっていく。傘の柄がわずかに揺れただけで、その雪は滝のように流れ落ち、傘の下にいるブラウンテイル家の貴族も大きくため息をついた。

ブラウンテイル男性貴族

それで、ラタトス様のご遺体は……

ブラウンテイル女性貴族

現場の火の勢いがあまりに強かったせいで、跡地をどれほど探しても見つからなかったんですって。

今日出されるお棺にはラタトス様が普段お召しになっていた服と、現場から集められた灰が少し納められているそうよ。

ブラウンテイル男性貴族

それにしてもまさか、あれほど聡明で抜け目のないラタトス様がこんな形で――

ああ、スキウース様……

……申し訳ありません、失言でした。

スキウース

……

スキウースは何も言わず、真っすぐ庭の中央へ歩み出ると、それまでの日々を共にしてきた姉を待った。

揺れる鈴の澄んだ音色が、たおやかな笛の調べと重なり合う。修道士は両手を合わせて、イェラガンドを讃える讃美歌を静かに口ずさみ、領民たちもそれに合わせて胸に手を当て、祈りを捧げていた。

イェラガンドの憐れみのもと、彼女が主と共に往くこと叶いますように。

ユカタンを先頭として、ブラウンテイル宗家の親族六名が、ぬかるんだ山道を登ってきた。ゆっくりと歩を進める彼らの肩の上には、重厚な楠木の棺が揺れている。

六名はブラウンテイルの後継者の前で歩みを止めると、その棺を慎重に卓上に置いた。

そうして、ユカタンはゆっくりと妻のそばへ戻った。悲しみに暮れる彼の顔が、静かな表情をしたスキウースの顔と向かい合う。

スキウース

ユカタン……

ユカタン

ウース、僕は……

スキウース

お疲れ様。

讃美歌が奏でられ、その後辺りが静けさに包まれると、人々の注目はスキウースへと集まった。

彼女はその時初めて、ラタトスが被らざるを得なかった仮面の意味を、その責任の重さを理解した。それは、軟弱な人間に背負えるものでは決してないのだ。

スキウース

……

本日は、ラタトス・ブラウンテイル追悼のため、この場にお集まりいただき、ありがとうございます。

ラタトスは私の姉であるのみならず、ブラウンテイル家の守護者でもあり、そしてイェラガンドの忠実なる子でもありました……

その知恵から勇気を得た姉は生前、私とこの地のすべてを守ってみせると、そう言ってくれました……どれほど苦しい時にも、姉はこのイェラグに、希望に満ちた明日が訪れると信じていたのです。

姉自身は今頃きっと、「自分は祖父の言いつけに背くことなく、最期の瞬間までブラウンテイルのために力を尽くすことができた」と思っていることでしょう。

ですが、私は……一番大切な家族を失ったのです。今日にしてようやく、まるで夢から覚めたように、姉の抱えていた苦しみのすべてを理解したというのに、それを伝えることすら二度とできません。

ここにいらっしゃる皆様も、きっと私と同じように、姉の面影を、犠牲を、そしてイェラグやブラウンテイルへの……家族への深い愛を、忘れずにいてくださると信じています。

……さらには、この美しき日々を壊し、我々に癒えることのない傷を残したのが何者なのかをも、忘れずにいてくださると思っています。

「一生は日が昇りまた沈むが如く短く、いずれ我らは永遠の地で主と共に歩まん……」

我らのイェラガンドに。

「我らのイェラガンドに。」その言葉が次々と口にされ、人々はスキウースにならい、ひざまずいて礼をした。

災いがすべてを飲み込まんとする時代にあっても、イェラガンドはイェラグの人々に平和と安寧をもたらし続けることだろう。

その後、参列者が全員身を起こした時、群衆の中から二人の人物が歩み出た。それはアークトスとマッターホルンだ。二人は白い花束を抱えて、ゆっくりと棺に歩み寄っていく。

アークトス

スキウース、お悔やみを言わせてくれ……

俺を守り命を落としたラタトスのことを、俺は一生忘れはしない。

スキウース

ありがとう、アークトス。

この出来事が、両家にとっての教訓として強く刻まれることを願っているわ。あたしたちは、本当の敵が誰なのかを理解しないといけないのよ。

アークトス

っ、俺は……

マッターホルン

スキウース様……

お悔やみを申し上げます。エンシオディス様は式への参列が叶わなかったことを気に病まれており、お詫びと弔意をお伝えするよう仰せつかりました。後日、必ずご自分でお伺いするとのことです。

アークトス

あいつはそこまで多忙なのか?

スキウース

ありがとう、事情はわかっているわ。エンシオディスがイェラグのために心血を注いできたことを、ブラウンテイル家は知っているから。

……まずは式を続けましょう。終わったら、二人とも話したいことがあるでしょうから。


葬式を終えると、人々は散っていき、空の棺はブラウンテイル家の土地へ、彼女を溺愛していた祖父のそばへと埋葬された。

スキウースは唇を噛んだまま、客人たる二人の男を見やった。彼らの顔はどちらにも怒りが宿っている。

マッターホルン

アークトス様、再三申し上げますが、前回の三家会議の結論として――ヴィクトリアを含め、すべての対外交渉はエンシオディス様とシルバーアッシュ家が責任を担うと決まったはずです。

アークトス

お前が厚かましくもヴィクトリアの間者の引き渡しを要求してくるのは、それが理由だと言うのか?

奴らはブラウンテイル家当主を公然と手にかけたんだぞ。この大事に際して、シルバーアッシュ家のみに尋問を任せるなど、承服できん。

スキウース

ブラウンテイル家としても、当主の命を奪われた今、彼らの処遇については全決定権を委ねてほしいと考えているわ。

エンシオディスは、その対応では何か不満があるの?

マッターホルン

問題は不満の有無ではなく、イェラグの慣例として、原則、三家会議の結論は守らねばならないということです。シルバーアッシュ家が間者の件の対処に当たるのが、手続き上も理論上も妥当です。

アークトス

俺たちはシルバーアッシュ家に十分譲歩してきたんだぞ、マッターホルン。

だが、ヴィクトリアとの交渉も、お前たちは言葉を濁すばかりで結果を出さず、あまつさえ、奴らに白昼堂々のテロ行為を許すことになった。

お前らは一体、ヴィクトリア人にどんな態度を取っているのか、そして裏で何を企んでいるのか、エンシオディスの口からスキウースに説明させろ。間者の件はそれからでも遅くないだろう。

マッターホルン

アークトス様……裏などと、無根拠な憶測はお控えください。私はこれでもかなり自制してお伝えしているつもりですよ。

襲撃を受けたのはあなたやラタトス様だけではないのです。エンシアお嬢様も、命の危機に晒されたのですよ。私は、この手で襲撃者を捕らえられなかったことを悔やんでいるくらいです。

アークトス

そうか。お前もそう思うなら話は早いな。

イェラグの民を全員集めて公開裁判を開き、あのヴィクトリア人どもを裁いて、その後ブラウンテイル家の手で処刑するんだ。

そうして、大地に知らしめるとしよう。我々はイェラグの敵に容赦はしないとな。

マッターホルン

……それはあまりに軽率です!

スキウース

……

あたしたちのほうでも彼らの取り調べはしたけど、すごく口の堅い奴らだったの。だから、公開裁判にかけたところで、何の結果も得られないでしょうね。

それどころか、その裁判の途中で、扇動的な発言をするんじゃないかってことが心配だわ。ただでさえ人心が乱れている今のイェラグでは、そんな危険は冒せないでしょ。

アークトス

奴らは口を閉ざしておきながら、大人しくしているつもりもないというのか? ならば奴らの舌を引き抜き、然るべき償いをさせてやろう。

いや、それどころか、先の葬儀の場に奴らを引きずり出して、ラタトスの慰霊のために殺してやればよかったな!

スキウース

アークトス……あたしだって、お姉様の仇を討ちたいと思ってるのよ。でも、奴らから情報を引き出せる可能性がある以上は、軽率に手を下すわけにいかないの。

マッターホルン

スキウース様の仰る通りです。ここはやはり――

ブラウンテイル使用人

失礼いたします、お三方。こちらの、蔓珠院からおいでになった修道士様からお話があるとのことです。

スキウース

……「蔓珠院から来た人間」のせいで、アークトスとエンシアは殺されかけたのよ。

あなたの身元はどう確かめたらいいのかしら、修道士さん?

蔓珠院の使者

ご心配には及びません。アークトス様とは面識がございます。

アークトス

確かに、彼は蔓珠院のフレイ修道士本人だ。

スキウース

だったら伺いましょう。何のご相談かしら?

蔓珠院の使者

私は、ヴィクトリアの間者の件で参りました。

マッターホルン

!?

蔓珠院の使者

事の重大さを受けて、蔓珠院としましては、三大名家のいずれかに彼らの処遇をお任せすれば、民衆を納得させることは難しいと考えております。

ゆえに、当面の間は蔓珠院のほうで間者の身柄を預かり、状況に応じて尋問を行うべきではないかと。その際には、蔓珠院から皆様にご連絡し、共同でご参加いただきますので。

アークトス

俺は反対だな。どのみち殺すことになるものを、引き伸ばしてどうするというんだ?

マッターホルン

修道士様の仰るようには参りません。ヴィクトリアに関する事務はシルバーアッシュ家が責任を担うと、三家会議ですでに決められたはずです。

蔓珠院の使者

ですが、その三家会議ではかつて、権力の奉還が決議されたことも確かでしょう。それを念押しせねばなりませんか?

マッターホルン

しかし、巫女様が聖巡に出ておられる今は、蔓珠院が巫女様に代わり決定を下すことなどできないのですよ!

蔓珠院の使者

エンシオディス様はこれまで我々に面従腹背の姿勢を取り続けておられたにもかかわらず、今にして巫女様のことをお考えになるようになったということですか?

イェラグ人たる者、歴代巫女様と蔓珠院がこれまでの歴史の中で、常に心を一つにしてきたことは理解しているはず。これは昔も今も変わることのない、経典にも記された事実です。

これまでも、巫女様がご不在の際には、蔓珠院がその職務を代行して参りました。

エンシオディス様にお伝えください。如何なる時であれ、権力を独占しようなどとは思わないように、と。

マッターホルン

あなた方は――

スキウース

マッターホルン、落ち着いて。

……

ブラウンテイル家としては、そのお申し出を受け入れるわ。明日、間者を蔓珠院へ連行するので、人手を送ってくださるかしら。

アークトス

スキウース?

スキウース

二人の善意はわかっているけど、今はこれまで以上に三家間の争いを控えるべき時なのよ……蔓珠院が間に入って取り持ってくれるなら、それは願ってもないことだわ。

蔓珠院の使者

寛大なるスキウース様に感謝を。蔓珠院より、ブラウンテイル家のために祈りを捧げましょう。

我らのイェラガンドに。

スキウースは、蔓珠院の使者に向けて一礼した。


葬列が徐々に散っていったのは、正午を過ぎる頃だった。

そこからそう遠くない場所で、街角に停めた車の中から結末を見届けたその人物は、窓のカーテンをそっと下ろした。

エンシオディス

……どうやら、堪え切れずに行動に出る者が現れたようだ。

巫女が離れたあと、蔓珠院内部の動きは活発化している。

デーゲンブレヒャー

それにしても、ラタトスがここまでするとはね。

自分を囮に、ヴィクトリアの間者を誘き寄せるなんて。

エンシオディス

あの壮大な一幕があってこそ、多くの人々がヴィクトリアの所業を目にするに至った。

また他方では、ヴィクトリア人が彼女とその他二家の対立を煽ろうとしていた以上、彼女が一人でその結果を背負うことこそが、ブラウンテイル家への嫌疑を払拭する上で最も効率的な手でもあった。

とはいえ、これでもまだ十分ではない。ラタトスが勝ち取った貴重なチャンスを掴まなければ。

デーゲンブレヒャー

……あなた、どうしてラタトスの葬儀に参加しなかったの?

エンシオディス

他の当主との直接的な衝突は避けるべきだ。特に公の場においてはな。

それで、エンヤのほうは……

デーゲンブレヒャー

軽傷を負ったけど、大したことはないわ。ヴィクトリアの刺客も全員始末したしね。

エンヤからは、秘密裡に新しい計画を実行したいと言われたわ。彼女はそのために、私たちの痕跡を片付けた後、私に戻るように頼んできたの。

エンシオディス

人々は巫女が聖巡に出ていることしか知らず、ヴィクトリア人も暗殺計画の失敗しか把握していない。そうしたすべての手がかりは、雪山に消えたのだからな。

それを思えば、行方をくらますためには、名高き黒騎士を同行させるのは確かに得策とは言えまい。

デーゲンブレヒャー

私も同じ判断よ。

エンシオディス

となれば、それもいいだろう。この先、私のそばには、信頼できる人物が必要になるからな。

本当に厄介なのはここからだ。

エンシオディスは懐からファイルを取り出すと、それをデーゲンブレヒャーに手渡した。その中には分厚い契約書の束と、ヴィクトリア語で書かれた一通の手紙があった。

エンシオディス

読んでみてくれ。

デーゲンブレヒャー

誰から? これは手紙よね?

エンシオディス

ああ……

厳密には、宣戦布告に近いものだがな。


親愛なるカランド貿易会長、我が姪エリザベスの息子――

エンシオディス・シルバーアッシュへ

ごきげんよう。パーティーであなたと顔を合わせてから、十余年が過ぎたわね。

ヴィクトリアでの大事を耳にした時、あなたもあの時の会話を思い出していたかしら。当時、あなたは私が近年経験した紛争を予言して、ヴィクトリアと対等に渡り合う資格をすでに得ていたわね。

けれど、あなたが歩んできた道のすべては、ヴィクトリアがそう望み、あなたのために敷いてきた道でもあることを忘れないでもらいたいものね。

天災が降りかかった後も、ヴィクトリアとしてはこれまで通り、イェラグの発展を歓迎し、その信仰も尊重しましょう。それに、シルバーアッシュとイェラグが、今ほど助けを必要としたことはこれまでになかったと、私は確信しているの。

私がその救いの手を差し伸べるわ。

……

カランド貿易との提携について、新しい提案があるの。双方が共同で出資管理する特別事務所を建て、都市中心部への関連基金運営団体を設立しましょう。そして、それに伴って――

ヴィクトリアは従来の取り決めに上乗せして、設備の提供や無利息融資を行い、その上で今まで以上に多くの工業技術を共有し、イェラグの発展を支援するわ。

その対価としてイェラグに求めるのはただ一つ。将来的にイェラグの地で行われるであろう源石鉱物資源等の鉱区開発に、融資返済プロジェクトとして、ヴィクトリアの参加を認めてもらうことだけよ。

つまり、最初から最後まで、カランド貿易は現金を出す必要はないの。イェラグの現状を鑑みるに、資金が必要な場所はまだたくさんあるでしょうしね。これで、こちらの誠意は十分に示せると私は考えているわ。

契約の詳細については、文書をファイルにまとめてあるから、内容に問題がなければ、そのまま署名してちょうだい。

細部の推敲が必要であれば、直接会って話し合いましょう。

カスター家の血脈が私たちにもたらす結びつきに、私は期待しているの。

それに、ますます気になっているのよ。今のイェラグが、貴方の思い描いていた姿になっているかどうかがね。

……