相変臨界 17-11・戦闘前
孤独な生息地
ゼルグラード機密区研究所
1102年1月21日 07:21
……申し訳ありませんが、ここから先は部外者立ち入り禁止です。
元帥の指令により、新第六ラボの研究内容は厳重な機密保持を行う必要があります。たとえ研究の進捗を確認するためであっても――
このラボの責任者、アリタ・ワルーエワだな?
……はい。
ならば、元帥が「クシキナ」実験に関する全権を、ご子息であるアナトリー様にお与えになったことも知っているだろう。
その上で、実験の進捗の遅れについて、若将軍の忍耐が限界に至っていることも当然知っているべきだ。
以前にも元帥にご説明いたしましたが、源石鉱脈の危機が発生してから、ここ数ヶ月のエネルギー供給は非常に不安定です。
実験が後半に差し掛かるほど、必要なエネルギーも増加します……水だけではどう足掻いてもバターを作れないように、十分な条件が揃わなければ、頓挫せざるを得ない実験も多いのです。
そして、何者かが密かにエネルギーを転用しているという疑惑については――
ええ、まさにその件についてお話ししようとしていました――
すでに調査報告書をまとめ、元帥に提出いたしました。疑わしい経路は私自ら作業員を率いて封鎖しましたので、このようなミスは二度と起こしません。
どうか若将軍にお伝えください。もしこの件にご関心をお持ちであれば、元帥に提出した報告書の写しを若将軍にもお送りいたしますと。
はっ……アナトリー様はすでに並々ならぬご関心をお持ちだと思うがな。
若将軍と元帥は気性が異なる。お前は、新第六ラボがより効率的で忠誠心に溢れていることを、アナトリー様に証明せねばならん。
お前の夫のラボにいた者たちのように……ほんの些細な情報を外部に漏らしただけでも、第一軍の信頼は永遠に失われるのだ。
同じ轍を踏むことのないように。
……
副官、彼女に手紙を。
はい。
あの、こちらの手紙は……
元帥のある友人が提供した資料だ。若将軍からこれをお前に渡すよう命じられたのだ。今後はこの資料の構想に沿って「クシキナ」を改良しろ。
また、研究施設から実験動物が脱走した件で、一部の市民がパニックに陥っている。若将軍は本件の速やかな解決、ないしは最低でも原因の特定をお求めだ……わかったか?
アリタは深呼吸し、その手紙を指でなぞった。封にはサンクト・グリファーブルクでよく使われるヒッポグリフの封蝋が押されている……彼女は湧き上がる疑問を抑え、躊躇うことなく頷いた。
承知いたしました……私は自らの職責を全うし、早急に目標を達成すると若将軍にお伝えください。
ふっ――
……もう行ったわ、出てきても大丈夫よ。
お手数をおかけいたしました、先生。もし彼らに見つかったら、間違いなく怪しまれていたでしょうから。
手間をかけさせたのは私の方よ、マラート。
軍の科学顧問を務めているあなたが、大きなリスクを冒してまで資料探しを手伝ってくれるなんて。どう感謝したらいいか……
……いえ、頼まれたからお手伝いしているわけではありませんよ。私自身も、彼らがなぜ突然大量の感染者を都市に集めているのか、気になっているので。
それで、手がかりは見つかった?
ええ……
実験の「エネルギー」を供給するため、感染者を必要としているようです。
それって――
はい……文字通りの、「エネルギー」です。
合言葉を。
「鉄の雪は燃えず」。
三分の遅刻だ、次は気をつけろ。中の奴らは俺たちみたいに話のわかる人間ばかりじゃないぞ。
仕方ないだろ。使える人間はどんどん減ってるし、ブツも集めにくくなってきた。上の方針だと、感染してても症状が軽いならもっと働かせた方が効率的だってことだ。
もし集めた数が足りなければ、それはそれで上から責任を問われることになるしな。
俺たちはむしろ自分の心配をしようぜ。万が一感染でもしたら、車の中のブツと同じ末路を辿ることになるんだからな。
何の音だ――
ん? 何も聞こえなかったが。
この車もそろそろガタがきてるな。修理に出した方がよさそうだ。
もたもたするな。急げ。
ゼルグラード中心部 壁際
1102年1月21日 09:03
ふぅ……! ギリギリセーフ。
信号妨害がひどすぎて、これ以上近づくのは無理だよ! ドローン百二十八号も危うく墜落するところだったし……はぁ~。
ドローンは何か記録できたか?
どれどれ……あちゃー、これはノイズだらけでダメだね。
このエリアに入ってから一キロくらいで、ドローンがおかしな状態になっちゃったんだよ。起動も飛行もできるけど、リアルタイムの映像は送れないし、他のプリロード機能も使えない。
この壁……いくらなんでも不気味すぎるよ!
ロドスの面々の前には、延々と続く灰色の巨大な壁が立ちはだかっていた。表面には雨風に侵食された痕が無数に刻まれ、薄暗い空の下で青黒い鉄色の鈍い光を放っている。
クロージャは顔を上げる。空を遮るほど高くそびえ立つ壁まで、それほど近づいてはいないというのに、息苦しいほどの重圧感が彼女に迫ってくる。
衛兵の巡回範囲がそこまで広くなくてよかった。他の地元の人もこの近くに寄ってこないみたいだし。みんな、この壁が見えてないのかな?
でもこの壁、中心部からずっとここまで繋がってるでしょ。見えてないなんてありえる?
軍事レベルのジャミング装置を壁一面に設置するなんて、普通の軍事施設が侵入を防止するためにしてはやりすぎだ。コストをかけすぎている。
本当におかしいよ。
第一軍が議会と袂を分かつと決めたなら……
おかしくはないだろう。
なんとかできないでしょうか。でないと、この設備に対処するだけで滞在時間が終わってしまいそうです。
……いくつかわかったこと、というか、推測があるよ。
夜明け頃に、またアーツを使ってみたの。特定の生体電気信号の周波数帯域だけに絞ってね。そうすれば負担も抑えられるから。
何度か断続的に試しても異常がなかったから、諦めようと思った。でもその時、ある周波数帯が突然消えてはまた現れることに気がついたんだ。
この現象はすごく規則的で、ついさっきまでの時点で合計二回の往復を観測できた。
ドクター、何かあの壁を通り抜けたものを見なかった?
物資の運送車が通った。
だが物資の中身までは見えなかった。
その車は私も印象に残っています。サーチライトがずっとその車を追っていたのに、警報は一切鳴りませんでした。あの時はやり過ごせたのだと思っていましたが、今考えてみればとても不可解です。
もし市内の夜間外出禁止令が、壁の向こう側に何かを秘密裏に輸送するためにあるとしたら――
その可能性は高いな。
紛れて内側に入る唯一の手段かもしれない。
もしその車両を利用して壁の向こう側に入るなら、夜間に必ず通るルートで待ち伏せするのがいいかも。
みんな、まずは戻ってきて。じっくりと行動計画を立てなくちゃ。
今回は、私も一緒に行くよ。
先生!
呼んでるって聞いたから来た。異様な状態の患者がいるって話だけど、その人はまだ――
彼女の問いかけが終わる前に、目の前の医師は首を横に振った。
トーニャ、思っていたよりも早く来てくれたわね。でも……はぁ。
自分の目で確かめて。
医師は一歩下がり、隔離用の防水シートをめくる。そこには白い布で覆われた、患者の体とおぼしきものがあった。
その体は、まるで生気のない大理石の彫刻のようだった。
そして、彼女は布をさらにめくり上げ、折りたたみ……
布の下が露わになるにつれ、トーニャは拳を強く握りしめ、爪を手のひらに食い込ませた。貧しい生まれの彼女にとって、死は見慣れたものではあったが、これほどおぞましい光景は初めてだった――
まず見慣れた顔が視界に入る……トーニャは魂の灯火がとうに消え去ったその顔をじっと見つめたが、そこに苦痛に喘いだ跡を見出すことはできなかった。
眉間には皺一つなく、両瞼は静かに下ろされ、弧を描いた口元が歳月の刻んだ跡をはっきりと浮かび上がらせている。すべてが、どこか「慈愛」に満ちた微笑みのままに凍りついていた。
続いて首、肩、胴体……突如として、トーニャの瞳孔が開いた――
すでに硬直した体。その蒼白くひび割れた肌を、透き通った源石が無造作に突き破っている。それは天井灯の下で、蛍光色を帯びた黄色の光沢を放っていた。
そんな、そんなはずは……先生……
……これは……妹の状態とは、違う……?
ひどく広いように感じる手術室の中で、彼女に答えたのは微かなため息だけだった。
様々な痕跡から推測するに、死因は鉱石病の急性発作でしょうね。
だけど彼がここに運ばれた時の症状は、間違いなくあなたの妹さんと似ていたわ。妹さんがまだ感染の初期段階だとするなら、あの時の彼は末期と言っていい状態ね。
まさかこの症状が、鉱石病と……
でも鉱石病患者が、こんな――こんな穏やかに死ぬはずがない!
ええ、あなたの言う通り、鉱石病患者が死を迎える時には、全身が崩壊して想像を絶する苦痛を経験するケースがほとんどよ。
あなたが来る前に、私は改めて遺体を一通り検査してみたんだけど……
声帯の充血や腫れも、皮膚の引っ掻き傷もない。筋肉も自然に弛緩してて、死ぬ直前に苦しんで痙攣したような痕跡も全くない。遺体が崩壊する兆候すらなかったわ……
だけど、今言ったような疑問点があったとしても、彼が鉱石病で死んだという事実は揺るがないのよ。
トーニャ、これは一つの可能性を示してるわ。彼の症状も、あなたの妹さんの奇妙な症状も、鉱石病がある種の変異をした形だということよ。
医師の言葉はもうトーニャの耳には入っていなかった。彼女は耳元に鳴り響く轟音を聞き、視線を死体の浮かべる微笑みから逸らすことができずにいる。
この表情は、苦痛から解放された安堵でもなければ、終着点への期待でもない……ただの麻痺と心地よさに過ぎないのではないだろうか?
彼の意識も、魂も、この大地に対する一切の感情も、恐怖そのものでさえも、何らかの穏やかで抗いがたい力によって均されてしまったのだ。
そして、奇病の真相を知るための最後の希望にして、唯一の手がかりも、彼の死とともに完全に失われてしまった。
……先生、あの声は何?
何のこと? 声なんて聞こえないわよ。
妹だよ。ニーナの泣き声が聞こえる気がする……あたしを呼んでるの?
トーニャ、私の方を見て。聞きなさい。あなたの妹さんはまだ隔離中よ。私は毎日あの子の面倒を見てるし、眠れるまで歌も歌ってあげてる。あの子は大丈夫よ。
今もまだ眠ってるわ。あれくらい幼い子は回復のためにたくさん眠らなきゃいけないのよ。あなたが聞いたのはあの子の声じゃないわ……ねぇ、トーニャ、深呼吸して。
違う。先生、違うんだ……
あの大雨の夜、あたしはニーナを抱きかかえて、三つも通りを抜けて、やっと先生のところに辿り着いたんだ。あの時のニーナは、まるで空のバスケットみたいに軽くて……
でもあたしの首にずっと触れてたニーナのおでこは……あたしの方が全身震えてしまうくらいに、すごく熱かった……
あんな状態なのに、結局何の病気なのかすらわからないんだよ。ほんのちょっとの希望すらないんだ!
どうしてニーナが、どうしてあたしたちがこんな目に遭わなきゃいけないの――
あたしたちが、何かいけないことでもしたって言うの?
トーニャ!
先生、逃げないと!
ここも衛兵に見つかりました! もう下の階まで来てるので、隠し通路を使うしかありません。
ニーナは?
保育器の中です。あの子を出して連れて行くんですか?
……って、トーニャ、どうしたんだ?
彼女に肩を貸してあげて。今の状態のニーナを保育器から出してはいけないわ。せめて衛兵たちが、子供に対しては慈悲を持ってることを祈るしかないわね。
他のものは置いていきましょう。衛兵たちが帰ったら、また取りに戻ればいいわ。
トーニャ、なんて軽いんだ……
そっちの遺体はどうする?
……ここに置いて行くしかないわね。
私の予想が正しければ、彼の遺体はいくらか時間稼ぎになってくれるはずよ。
行きましょう。
手術室に、他の人に向けた合図を残しておいたわ。
チッ……また逃げられたか。
気にするな。どうせ私たちの最優先任務は奴らを捕まえることじゃない。奴らは地下層の「鼷獣」みたいに、いつも事前に情報を嗅ぎつけるからな。
その子供以外に、何か見つかったか?
いや。
もう一度探してみろ。ちゃんと全部の部屋を見たのか?
俺は――
――見つけたぞ!
手術室に死体が一つあった。だが……
……
そいつも持って帰るぞ。
運ぶ時は気をつけろよ、間違っても体についた源石を落とすな。
この薬ももらって行くとするか。
製造日すら書いてないやつだろ。何かあっても気にしないってんなら持って行け。
ないよりはマシだろうが。
毎日こんな仕事ばっかりだ……あの*ウルサススラング*の「配給券」が配られるのを待って、いそいそ睡眠薬と交換するなんてのはまっぴらごめんだ。
……また例の奴?
ああ。
運動の時間に問題でも起こしたの? 今度はなに、整列の時に跪くのを拒んだとか、それとも――
長官が感染者たちを罰している時に、全員分の罰を代わりに受けると言ったそうだ。
また……*ウルサススラング*、上に運んでおいて。
ねぇ、息してるの?
……
ちっ、このままじゃ遅かれ早かれ死人が出るわよ。
若将軍はこの感染者どもを殺すなと言ってたが……
ふん! ルージンのやつに説明させればいいでしょ。若将軍があいつを私たちの部隊にねじ込んできたんだから。お上品な口からご立派な言い訳をいくらでも出してくれるに決まってるわ。
……口を慎めよ。少なくとも今、ルージンは俺たちの上官だ。お前がそんなことを言えば、第一軍の――
軍紀? 栄光? あの*ウルサススラング*若将軍! 目を開けてよく見なさい、今の第一軍のどこにそんなものがあるのか……*ウルサススラング*……
……ちっ、しばらくあんた一人で見張ってて。こいつが本当に死にそうになったら、衛生兵を呼ぶのを忘れないように――あの忌々しい獣医の奴ら、ヤブ医者のくせに死体の回収だけは早いからね……
まあ、私はこの強情っぱりが今日くたばらない方に賭けるけどね。
ふん……お前は俺たちに盾突くべきじゃなかったんだ、若いの。
まだ耐えられる……少なくとも、他の人たちの苦痛を減らすことはできる。
それなら忠告しなかったって恨むなよ。こんな目に遭うのは自業自得だ。
あなたたちに運ばれている時、あなたの腕に巻かれた包帯と、額の傷が見えた……
それもあなたが上官に逆らった結果なのかい、ラトコフ?
……口が過ぎるぞ。俺はただ、しばらくお前を見張ってるよう命じられただけだ。何度か言葉を交わしたくらいで、若将軍のやり方に意見できると思うな。
すまない……
ただ運動の時間に、偶然あなたたち全員の体にも同じような傷痕があるのが見えて……私とあなたたちは、それほど変わらないんじゃないかと気づいたんだ。
若者はどうにか体を動かそうとした。全身を鞭打たれた痕から来る激痛に耐えながら、血に染まった指先で小物入れから粉末の入った包みを取り出すと、震える手で軍人の前に差し出す。
……何の真似だ?
どうぞ。北原固有の植物を擦り潰して作った粉薬で、外傷によく効くから……
……お前たちが収監された時、この手のものは没収されなかったのか?
ウルサスが教えてくれた「生き抜くための知恵」だよ……持っていくといい。私は残った分で十分だから。
……
この粉薬のことは知っている。
えっ?
……俺はザヴォルスク出身でな。子供の頃、山登り中に太ももの骨が見えるほど大きな傷を作ったことがある。その時に祖父がこの粉薬を傷口に塗ってくれて、翌日にはもうかさぶたができてた。
入隊する時にも、家族は粉薬をたくさん持たせてくれた。第一軍に配属される前、俺は辺境で二年ほど賊どもと戦ってたんだが、この粉薬には……ずいぶん助けられた。
だから、まさかここで目にするとは思わなくてな。
ザヴォルスク……確か、クライニ・セーヴェルのすぐ近くの……
ああ。第四軍が反旗を翻してから、俺は家族と連絡が取れなくなった。
私の仲間は……大半が北原の周辺から来たんだ。
もし仲間の皆と合流できたら、あなたの家族の消息を聞いて――
結構だ。
……帝国の軍人である俺が、お前とここまで言葉を交わすこと自体が異例中の異例だ。
俺はもう行かないといけない。もし何か要求があるなら、上に申請してやろう。
……さっき、お祖父さんがあなたにその粉薬を使ってくれたと言っていたね。
この粉薬を私にくれた人が言っていた。薬の作り方は、一般的に北原の森で長年生活している木こりや狩人しか知らないと。
つまり、あなたのお祖父さんは――
……ああ、祖父は木こりだった。俺の父もそうだ。
それであなたは第一軍に入った。立派なことだね……
私も木こりの子をたくさん知っている。あなたは少なくとも彼らと違って、同じ木こりの子をどう埋葬するか、なんてことを学ばずに済みそうだ。
軍人の肩が、まるで鞭で打たれたかのようにピクリと動いた。
あなたもきっと知っているはず……どれだけの軍人が、貴族の旦那様方の意向を振りかざして、森を我が物にしてきたかを。
軍人たちは森に住む人々を殴りつけ、追い立てた。先祖代々暮らしてきた故郷から追われた人々が、ついには流浪の民となるか、甘んじて奴隷に身を落とすまで。
あなたのお父さんもお祖父さんも、きっと誇りに思っているはずだよ……彼らはどれほど、あなたが健康に育ち、この残酷な「運命」から家族とともに抜け出せることを願っていたことだろう……
一体何が言いたい?
答えてほしい――あなたは一体、誰の子なんだ?
……
ザヴォルスク出身の木こりである、あなたのお祖父さんは……
あなたの脚に薬を塗った時、いつか暴力を振るう者たちに、その脚で跪いてほしいと願っただろうか? それとも真のウルサス人らしく、誇りを胸に立ち続けてほしいと願っただろうか?
上に申請してほしいことはない。ただ思い出してほしい、あなたは木こりの子であり、ウルサス人の子であるということを。あなたは私と同じだ。私たち全員と同じなんだ。
そして私たちは、決して鞭を振るう者に頭を下げたりしない。ただ鞭で打たれるべきではないすべての者のために戦うだけだ。
もしいつか、あなたが家族の消息を知りたくなった時は、私が……ゴホッ、ゴホッ――
やめろ、無駄な体力を使うな……
今日の話は聞かなかったことにする。お前が何を言おうと、ここまでだ。
……
先生、早く目を覚ましてください。
うん……? どうしたんだ……
その傷、なんてことだ……あのクソ野郎どもめ――!
気にすることはないよ……別々に監禁されていたはずなのに、どうやってここに?
どういうわけか、今夜は部屋の鍵が全部開いてたんです。
逃げ出してから真っ先に先生を探しましたよ。来る途中で衛兵の姿を見なかったし、もしかすると連中の防衛体制に何か問題が起きたのかもしれないですね。これはチャンスです!
とはいえ、まだ動けますか? その傷だと――
問題ない。気にしないで大丈夫……
軍に一体何があったにせよ、私たちに与えられた時間はそう多くないはず。今すぐ出発しよう。
わかりました。肩を貸しますよ。
仲間が全員集まっている……一体何が起きているんだ?
――! あなただったんだね。
同僚たちと話し合った。今日の当直の衛兵は、外へと続く道の一つを除いて巡回する。お前たちがここから離れるための時間は、あと十分だ。
本当にありがとう……
ラトコフ、あなたの家族の消息がわかれば、必ず――
それはもういい。望みが薄いことはお互い知ってるはずだ。
でも、あなたたちはどうするんだ? 私たちが離れた後、あの若将軍は絶対にあなたたちを罰するはず。
アナトリーはもう、俺たちの忠誠には値しない。大人しく捕まるつもりもないさ。
軍の内部には、以前から奴の振る舞いに不満を抱く奴が大勢いたんだ。アナトリーは自身の傍若無人の代償を払うことになるだろう。
無駄話はもう十分だ。行け、このチャンスを無駄にするな。
……どうかくれぐれも気をつけて、ラトコフ。
ザヴォルスクの木こりの子、あなたのことは忘れないよ。
ゼルグラード地下層 セーフティハウス
1102年1月21日 17:39
うぅ……
目が覚めた?
ここはどこだ? ニーナ――
また衛兵が診療所に来たの。事態が切迫してたから、あなたを連れ出すことしかできなかったわ。
妹さんの病状だと、保育器なしでは厳しい。だから連れ出せなかったの。ごめんなさい。
うっ――
頭が痛むの? 無理もないわ。頭に血が上りすぎて気を失ったんだから。
ということは、ニーナはまだあそこにいるのか? それとも連れ去られた? あたしは――
あなたが意識を失ってる間に、私は一度診療所へ戻った。
それで……
ニーナはいなかったわ。きっと連れ去られたんでしょう。よかったのは保育器ごと連れ去られたこと。残念なのは……どこへ連れ去られたかわからないことね。
あなたがあの子を探しに行こうとするのは当然のことよ。私も全力で協力するわ、でも――
トーニャ、お願い、約束して。たとえあの子が見つからなくても、そこで心が折れたり、倒れたりしないこと。でないと……あなたの他の家族が、本当の絶望に陥ることになるから。
……
あたし……
自分が今何をすべきか、知りたいか? お前にできることは、実のところ最初からたった一つしかない――
他の証拠を集めろ。
……先生、キリルが最初に運ばれた時、彼はニーナと似た症状で、もっと深刻だった。そうだよね?
ええ、私の話を信じてくれるなら。その後、私は治癒系のアーツを使えるコータスの子に、彼の痛みを和らげてくれるようお願いしたわ。接触したとしたら、その子一人だけよ。
彼の鉱石病の進行はとても速かった。あれが鎮痛行為によって引き起こされたとは、到底考えられないわね。
なら、やっぱり他の証拠を見つけないと……それと、ニーナも。
絶対にニーナを探し出す……
どうするつもりなの?
前からやろうと思ってたことを、決行するんだ。
ゼルグラード中心部 壁際
1102年1月22日 00:25
ターゲット消失。
ターゲットが監視範囲を離脱したよ。ドローンの視界からのロストも確認。
つまりターゲットはもう壁の一キロ圏内に入って、あなたたちの近くまで来たことになるね。
巡回部隊ももう行ったよ。予測通りなら、このルートは十分くらい隙ができるはず。
アーミヤちゃん、すぐそっちに向かうね。
わかりました!
移動する時はサーチライトに十分注意してね。
アーミヤ、そっちで鈍色の車を見かけなかった?
こっちはまだ見ていないぞ!
あっ、私の方は――
待って待って! まだ着いてないよ――
私たちもまだ動いていませんよ。クロージャさん、どうか気をつけてくださいね。
私にも見えた。あの車両は、荒野の感染者用トラクターを改造したもののように見えるな。
普通は軍用のトラクターが払い下げられて感染者用のものになるはずなんだが、どうしてここは逆なんだ?
……近づいてみないとわかりませんね。
これ以上近づくと、通信が途絶えるよ。
ひとまず入ってみましょう。
了解。中に入り次第、また通信を繋ぎ直すね。
Raidian、通信終了。
……チッ。
この近くに来るたびに車載ラジオが切れるせいで、ゲートが開くまで何もできねぇんだよな。
上が新しい通信基地を建てたとか言ってなかったか? なんでまだこんなに接続が悪いんだ――
……
……だめですね。私たちの位置からは、壁の下の扉がどう開くのかすらよく見えませんし、セキュリティチェック用の施設があるかどうかもわかりません。
今は壁の下を巡回している人も少ないですし、やはり何とかしてあのトラクターに乗って、一緒に中へ入るのが確実でしょうか。
私がいるからな。絶対に大丈夫だ!
……あたしもちょっと助けてほしいかも。
もちろんクロージャも一緒に運べるぞ。
それではお願いします、Mon3trさん。
(小声)皆さん、ひとまずお静かに。集中して私の合図を待ってください。
おい兄弟、今日ゲートが開くのが随分遅いな! どうしたんだ?
……誰が兄弟よ、呼ぶなら大祖母様とでも呼びなさい。
入りたければ静かに待ってて。まだ通行証の確認中よ。
昨日ここにいたのはあんたじゃなかった気がするぜ、大祖母様。
あんたに何がわかるの? 郊外の工場の見張りが足りないせいで、人がみんな他所へ回された。今は一日三交代制で寝る時間すら与えられてないわ。
確認完了。もう入っていいわよ――
ゴホッ――ゴホッ、ゴホッ!
何、あれは――
……うおっ!? 石壁を攻撃しようとするイカレ野郎がいるぞ!
石壁A区、支援求む! 石壁A区、支援求む!
爆発事件が発生! ゲートを強行突破しようとする者が――
他にも入ろうとしてる人がいるの? こんな所でたまたまタイミングが重なるなんて、超ラッキーだね!
クロージャさん、こっちに集中してください!
Raidianさんも合流しました。混乱に乗じて、早く車に――
――まずはゲートを閉めろ! 誰一人として通すな!
総員、戦闘態勢――
位置について、矢を構えろ!
待て、待ってくれ! なあ、旦那さん方、俺に武器を向けないでくれよ。中に入って荷物を届けなきゃならねぇんだ!
クソッ、これじゃ次の便にも間に合わなくなるじゃねぇか――
止まれ!
悪いな! 本当に、本当に遅れるわけにはいかねぇんだ!
目視したところ、二十四人の戦術編成だね。後方にはまだ援軍がいるかもしれない。アーミヤ、急ごう。
(小声)ドクター、早く乗ってください!
ドクター、ほら、手を伸ばして!
必死で伸ばしてはいるんだ――
――前方の奴を攻撃しろ! 忍び込もうとしているぞ!
引っ張ってくれ!
入り乱れる物音の中、ほんの一瞬だけ、あなたの叫び声がかき消されたような気がした。
自分の両手が薄暗がりから何かを掴み取るよりも早く、どこか見覚えのある防護服姿の人影が、猛然とあなたに向かって駆け寄ってくる。
しっかり立って。
その人影は突進の勢いのまま、力いっぱいにあなたを押し上げた。そして、あなたがついにMon3trの手を掴み、トラクターの縁に登るまで支え続けた。
しかしあなたが反応する間もなく、支えていた手の感触は消えてしまった。
振り返ると、防護服姿の人影がぎこちない動きでトラクターによじ登ろうとしている。しかしうまく登れず、地面に転げ落ちてしまった。
あなたたちのすぐ後方から応援の衛兵たちが駆けつけ、手に持ったクロスボウを次々に構えていく。取り残されたその人影は、まさに恰好の的だ。
危ない――!
クロージャさん――